表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ephemeral note「過去を変える魔女と『銀の剣』を持つ者」  作者: 瑞月風花
第二章『魔女が望む世界』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/79

『行方』

 マーサの元に手紙が届いた。宛名はあるが差出人はない。しかし、この封筒はキラなのだ。おそらく本人も気付いていないだろう、そんな癖がある。

 とても小さな癖。おそらく、キラから手紙をもらったことのあるマーサやガーシュだから気が付くような、そんな癖。

 封筒の底を机で揃えてしまうのだろう。本当にわずかなへこみが角にいつも出来てしまっているのだ。

 封蝋は駱駝便。ということは、途中下車をして砂漠を歩いたわけだ。不都合が起きている。それだけは分かる。

 そして、足が付くのに……と思いながら、マーサはその封をレターナイフで手早く開いていた。


 手紙は一枚だけペラリと入っていた。しかし、その手紙を胸に抱きしめたマーサは、嬉しさに胸がいっぱいになったのだ。

「マーサさんお元気ですか。わたしは元気です。薬を作っています」

 おそらく内容はキラも確かめたのだろう。そして、出しても構わないと判断したのだろう。

「どうしたんだ?」

 ニマニマしているマーサを見つけたガーシュが、買い物袋を抱えて近づいてきた。酒類とそのつまみの買い出しに行っていたのだ。

「かわいい娘からよ」

「あぁ、だから」

 マーサの表情に納得したガーシュが、人に気付かれない微笑みをその唇に浮かべていた。

「薬作りを続けているみたいよ」

 荷物をカウンターに載せたガーシュもその手紙を覗き込む。


 ワカバを預かった当初、どうしてもワカバが同じ人間に思えなかったマーサだったが、虫の息と言っても良いワカバが必死で命を繋いでいる様子を見ていると、区別すること自体が可笑しくなってきたのだ。

 マーサは分かっていたのだ。

 あの魔女狩りが人間の都合で行われたことも、その背後で暗躍していた人物がいたことも。

 何が目的だったのかは分からない。


 最終職歴、国立科学研究所長官。現在、魔女狩り対象として首を連ねている女、ラルーがどうしてワカバを狩りに行ったのか。

 その掌の上で踊らされたリディアスの目論見は、おそらくリディアのご神木を取り戻すことだったのだろう。その口実にときわの森の魔女が狩られた。


 田舎の小さな国であるディアトーラなど、リディアスの領地侵害などには太刀打ち出来なかったのだろう。

 森に住む魔女だけで済むのなら、そう考えても仕方がない。

 魔女を崇めるとされるだけで、常にリディアスがその動向に目を光らせている国なのだから。


「変わるもんだな」

 ガーシュは口数が少ない。しかし、それがマーサに向けてとキラに向けての言葉だということは、マーサにも伝わっていた。

「えぇ、あの子達は若いもの。本当はもっと揺れに揺れて形を作っていって良かったのにね」

 そんなふうに言いながら、マーサはキラの過去を思い浮かべていた。


 ガーシュがキラを拾ってきた時、マーサはキラのその生気のなさに驚いたのだ。名前も名乗らない。ガーシュがワインスレー側にあるグラクオスのマナ河の畔で返り血を浴び、右上腕に刀傷のある少年だということ以外、何も分からなかった。

 それが、五年前だ。


 十三歳の少年だったキラは、ほんの少しでもバランスを崩せば、その河に飛び込みそうだったという。しかし、血と泥に汚れてはいたが身なりは良く、リディアスの言葉で話しかけたガーシュへの受け答えもスムーズ。

 おそらく、どこかの金持ちの息子だったのではないだろうかと予測だけは付けられていた。

 しかも、ワインスレーだけに留まらずに、リディアスとの交流も視野に入れた教育をされた者。港町であるグラクオスなら商家の息子とも考えられた。


 特徴的な深く蒼い瞳を持つ少年とグラクオスで一夜を過ごしたガーシュは、すぐに両親かもしくはその後見人あたりが見つかると思っていたらしい。

 しかし、そんな特徴を持つ子を探す者はどこにもいなかった。血生ぐさい事件すら、起きていなかった。

 そして、ひとりにすると、ふと窓の外に飛び下りてしまいそうな雰囲気を醸しだす。そんな少年をひとり、置いて帰ることは出来なかったそうだ。

 そう考えれば、今のキラは随分と生きることに執着するようになってきている。


 確か……。


 そう、聞き間違いでなければ、「ルオディック」と一度だけ名乗ったらしい。その一度以降、名前はないと頑なだった少年。

 きっと、二度と名乗りたくない名前なのだろう。

 だから、彼らは調べずに待つことにしたのだ。

 だからこそ、ジャックになると決断する前に、今の状態に持って行けたら、良かったのに……という思いが彼らに影を落としてしまう。

 マーサは寂しそうに手紙に瞳を落とし、心配事をガーシュに尋ねた。


「そっちはどう?」

「あぁ、あいつは魔女を"殺す"仕事を請け負っているらしい、というところまでしか分からなかった。依頼人は、ランネルだ」

「そう……」

 そのくらいのことなら、キラだって気付いているはずだ。

 マーサは表情を暗くした後、笑顔を貼り付けた。

「心配しなくちゃならないような育て方はしていないわ」

「そうだな」


 この日は、キャンプでの魔女騒ぎが起きた日。シガラスが夜闇の窓に現れた赤いインコに怯え、再び姿を眩ました日でもあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こんな作品も書いています。よろしければお好みに合いそうなボタンを押してみてくださいね
ヘッダ
総合評価順 レビュー順 ブクマ順 長編 童話 ハイファン 異世界恋愛 ホラー
↓楠結衣さま作成(折原琴子の詩シリーズに飛びます)↓
inu8gzt82qi69538rakm8af8il6_57a_dw_6y_1kc9.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ