表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ephemeral note「過去を変える魔女と『銀の剣』を持つ者」  作者: 瑞月風花
第一章『魔女に支配される世界』
16/79

『キャンプにて③(滅びの魔女)」


「何をしているんだい?」


 言葉の色や音はキラよりも優しい。だけど、ワカバは背中を強ばらせて振り返っていた。

 端布屋の店先で右往左往していたワカバの目の前には、『宿屋の主人』とキラが言っていた人間がいた。人間は不審な表情を、その笑顔で隠している。人間は嘘をつくのだ。しかし、キラは嘘をつかない。

 だから信頼している。だけど、人間と喋ったら、また怒られるのかもしれない。でも。


「ここに何か用事なのかな?」


 そんなことを思いながら小首を傾げて、優しく微笑みかけてくれる彼に向かう。

 この人間も、急に捕まえるんじゃなくて、わたしに尋ねてくれるから、きっと大丈夫。

 だって、それはキラと同じだもの。


 ☆


 私が魔女を刺したのは、もう遠く昔。まだ二十代の頃だ。

 六十年以上前のこと。

 その頃、国中を脅かしていた魔女がいた。その魔女は、ずっと昔から存在し、砂漠にある町をひとつずつ砂に変えていき、『滅びの魔女』と呼ばれていた。

 いや、語弊がある。


 魔女が訪れた町は、砂しか遺らない。それくらいの爆発が起きるのだ。なんの前触れもなく。どうして滅ぼされたのかも分からぬくらいに、何も残さない。

 兄は跡形もなく滅び去った町の中心に立って、こう言った。

「こんなの嫌だ」

 と。

 私も同じだった。兄が立っていたのは、ついこの間まで滞在していた町だったのだから。


 フーという女の子に出会ったのは、そんな旅の道中。砂漠地帯にもまだ今よりも町があり、これほどまでに廃れていなかった頃。

 ソラ地域に限らず、キャンプという形を取らずに、町として。

 その頃はまだ砂漠の国として。リディアスがまだ完全に支配域に加えていない地域でもあった。そんな町のひとつで、兄は彼女を連れてきた。


「困ってたみたいだから」


 確かにひとりで、夜の闇の中にいるということは恐ろしく、兄が言うように困っていたのかもしれない。そして、兄は恐ろしいほどのお人好し。今いるメンバーも何かに困っていたところ、兄に声をかけられていた。私にとって、もう、それは日常のことで、特に珍しいことはなかった。

 連れてきたのが初めて子どもだっただけで。


「うん」

 少しそっぽを向きながら答えた私に、彼女が名乗った。

「私はフーと言うの。仲間になるというのではないの。今日だけ話し相手になってくれれば」

 その言葉遣いは、思っていたよりも大人で、他の仲間達とは別物だった。

 きっと、魔女の噂が立ったこの町が怖かったんだわ。そんな風に思った私は、少し肩すかしにあったような気分で、彼女に笑いかけた。

「ふーん。あたしはドンクよ。よろしくね」


 だから、本当は、それ一回きりの出会いだと思っていた。それなのに、その後何度もフーと旅先で出会うことになった。


 私の旅の仲間は皆、私よりも年長だった。だから、彼女と仲良くお喋りするようになるまでに時間はかからなかった。そして、そんなお喋りの中、フーが寂しそうな表情をすることも知っていた。

 だから、ある時無知を装い、尋ねたのだ。


 フーって時々悲しそうな顔するよね、と。


「ごめんなさい。昔、姉がいたの。だから、こうやってお喋りしていると、思い出しちゃって」

 フーは悲しそうに笑った。


 訊いちゃいけないことだったのかな。もしかしたら、幼い頃に魔女に殺されたとか。だから、兄が連れてきたのかな?そんな風に思いながら、一年ほど彼女と過ごしていると、フーが突然いなくなった。

 その日は、私達のいた町で魔女が現れた日だった。


 違ったのは、町が砂にならなかったこと。

 目撃者がいたこと。魔女を追詰めていた魔女狩りの賞金稼ぎらが数名殺されたこと。


 そして、その魔女の風体は、フーのものと一致した。兄は仲間と違いそれを否定した。

『彼女のわけがない』

 彼女の訳がないと言う言葉は、私の代弁でもあったのに、その背を追いかけられなかった。

 仲間の誰もが、その背をやるかたない思いで眺めていたのだから。


 だけど、兄が見つかったのは、魔女が次に砂に変えた町の中央。兄の持っていた剣が焦げて遺っていたのだ。

 綺麗な緑の瞳を持つ魔女から、銀の剣を託されたのは、その後だった。


 ただ、信じたいだけ。

 それが出来ないのだ。出来なかった……。


 それなのに、どうしてあんなことを言ったのだろう。

 砂漠の靄の向こうにあるフーの墓。


「あそこに魔女は眠ってる。あの砂の色の濃い場所だよ。銀色に光るものも見えるだろ。あれで魔女の力は封じられてるんだ。私が止めを刺した滅びの魔女はもう、二度と生まれてこない。だから、信じたいのなら信じ続けてあげなさい。本当は何も難しいことなんかじゃなかったんだ……あんたならまだ間に合う」


 銀の剣はあそこにはない。あそこにあるのは、単なる剣。あれは、兄の剣だ。


 魔女を仕留めるために存在するという、銀の剣は、リディアスが行った叙勲式の後、私の手元から消えていたのだ。


 後悔していたのだ。

 フーを討ったこと。きっと、今でも。


 この辺りで見かけない、蒼い瞳を持つ少年に、私はただ希望を託したかっただけなのだろうか。たとえ、それが兄と同じ運命を辿ったとしても?


 違うのかもしれない。


 彼の傍にいるのが、綺麗な緑の瞳を持つ魔女だと言っていたから。

 いや、……。


 いくら年数を重ねても複雑に絡み合う澱みのような感情に、答えは出せずにいる。

 ただ、以前のようにその感情が熱を持たなくなっているだけで。


 今でも兄が正しかったのか、私が正しかったのか、答えは出ていない。


ここに出てくる魔女、フーの過去はこちらに書いてあります。

「魔女の代償」

https://ncode.syosetu.com/n0209gi/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こんな作品も書いています。よろしければお好みに合いそうなボタンを押してみてくださいね
ヘッダ
総合評価順 レビュー順 ブクマ順 長編 童話 ハイファン 異世界恋愛 ホラー
↓楠結衣さま作成(折原琴子の詩シリーズに飛びます)↓
inu8gzt82qi69538rakm8af8il6_57a_dw_6y_1kc9.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ