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Ephemeral note「過去を変える魔女と『銀の剣』を持つ者」  作者: 瑞月風花
第一章『魔女に支配される世界』
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『ワカバを連れて④』

 

 砂漠の太陽は随分と傾きかけていた。そして、数時間後を考え、脇に抱えていたワカバに視線を飛ばす。

 キラが寝転がる場所よりも、数メートル先でワカバが転がっていた。びくともしない。

 まさか打ち所が悪かったとは思わないが、死んでいるということはないだろうか。

 キラは自分の右半身の痛みを考えながら、結局、死ぬんだったら庇わなければ良かったと思った。


 いや、死体になれば始末はすると言っていたのだから、砂漠の上なら、そのまま放置で構わない。その手間が省けたとも言える。

 そこまで考えて、伸びをするようにキラは身を起こす。


 生きているはずだ。ただ、動かないだけで。砂漠に落ちた衝撃のほとんどは、キラが受けたのだ。ワカバは、ただ、勢いのまま砂の上を転がっただけ。ワカバの体にキラの影が映るくらいの距離に立てば、ワカバの小さな息遣いが見えてくる。目は固く閉じているし、言われた通り布を噛み締めている。

 いや、キラが渡した布切れではなく、おそらくあの時探っていた鞄の中から出した、自分の手巾の方だ。

 しかし、どうして動こうとしないのか。


 魔女と人間。ジャックと人間。キラとワカバ。

 何を取っても変わらない。ワカバが何であろうとも、キラはワカバにとって危険でしかない。


 ということは、これは、死んだふりというものなのだろうか。猛獣に出会った時にすれば効果的だと言われる、まったく効果のない生き延びるための方法。

 放っておいても……という二度目のキラの考えは、マーサのワカバへの感想で遮られた。

『娘が出来たみたい』


 生きたまま放っておくわけにもいくまい。おそらく、キラがワカバのそばにいることも、気付いてはいるのだろう。そう思い、声をかける。

「大丈夫か?」

 わずかに動くが、余計に体を強張らせてしまったようだ。仕方なく、もう一度、声をかけ直した。

「立てるか? もう、大丈夫だから」

 無意識に言葉を変えていたのは、きっと、自分自身への制約も込めてだ。キラはワカバと大丈夫な形で分かれなければならない。ワカバにとって、『キラ』が大丈夫でなければならない。


 きっと、そんな。


 その声にワカバの目がゆっくり開く。そして、自分の体が本当に動くのかどうかを確かめるようにして、ゆっくりと上半身を起こしていった。しかし、ワカバは、ただキラを見上げるだけで、何も言わない。何も言わない代わりに、手巾を手に持ち換えて、辺りを見回したあと、怯えたようにキラを見つめ直した。

 落ち着いた後に恐怖が襲い掛かってくることはある。しかし、ワカバの場合、それも違うように思えた。


 ワカバは、キラを見つめた後に、もう一度辺りを見渡し、次はその肩からたすきに掛けてある小さな鞄の中を覗き込み、また動かなくなってしまったのだ。

「……」

 ワカバの沈黙の後、キラはふと思い当たった。列車の中でのワカバの様子だ。

 ワカバはすぐに出るはずだった布切れではなく、わざわざ自分の手巾を取り出していた。その理由を考えると、しっくりくるのだ。


 キラはあの時、あの布切れを黙っておいてきたのだ。もちろん、ワカバの手の上に載せていったから、キラの中では『やった』ものになっていたのだが、ワカバにとっては違っていたのだろう。

 ワカバの場合、抗議をするという以前に、忘れ物もしくは借り物を返すという、とても律儀で正直で、真面目な回答があったのだ。


 まったく、お前らはいったいどれだけ綺麗な場所で生きてきたっていうんだ?

 もちろん、それはマーサやガーシュ。ラルーに向けた言葉だ。

 魔女のワカバが、そんなに綺麗な場所で生き続けられるわけがないじゃないか。


「もしかして、……あの布切れを失くしたのか?」


 しかし、そう結論付けはしたが、どちらかと言えば、違っていてほしかった。それなのに、今度は不思議なものを見るかのようにして、キラを見つめた。まるで、どうして分かるの?と言いたいような。

 ワカバの瞳は予想以上にお喋りなのに、ワカバ自身はまったく喋らない。キラは仕方なく、あきらめを兼ねて、口を開く。放っておけばずっとこの調子なのだろう。


 それに、その瞳は『キラ』を吞み込もうとする。意識をその新緑色から逸らしたかった。


「いいよ、別に。お前にやったものだし。……それより、動けないくらいにどこか痛いところとかはないか?」

 だから、それでも答えないワカバから、逃げ出すようにして続けた。 

「あと、簡単に人を信用するなよ。特におれみたいなのは……」

 そう言って、ワカバに手を差し伸べる。きょとんとしたワカバが瞬きをすると、キラの手を取る前に首を傾げた。


 あぁ、きっと、意味が分からなかったのかもしれない。


「立てるか?」

 と、問えば肯く。そして、ひとりで立ち上がる。キラはその様子をただ見つめる。立ち上がる様子から、歩くには大丈夫そうだ、ただそう思い、列車の中での言葉を改めて伝え直した。

「この先にある小さな町までは連れて行くから……」


 鍵の予備はとりあえずキラも持っている。ここからだと、ローリエの方が近いかもしれない。ローリエの教会へ。そこでワカバとは別れる。キラは遠くに広がる砂漠を眺めた。線路沿いにずっと歩けば、迷うこともない。

「……まで?」

 その小さな声に視線をワカバに戻す。

「あぁ、そこまでは……いや、信用できないんだったら」

 今、自分で自分を信用するなと言ったところだ。キラは自分の言葉を思い出しながら、急いで繋げた。ワカバがぼんやりとキラを見つめている。


「あの……」


 そして、ワカバが発した言葉に対する急激な警戒音がキラの中で鳴り響いた。このワカバは危険だ。

 キング邸でのワカバも同じように、ぼんやりとキラを眺めていた。だから、ワカバが言葉を発する前に、結論を出そうと急いだのだ。

「ここから線路沿いにずっと歩けばいい。駅が見えたらそのまま、そうだな、今の時間だったら太陽を背に歩けば間違いなく着く。もし、信用できるっていうのなら、付いて来い」


 十中八九、これがいけなかったのだろう。いや、そもそも、初手を間違えたのだ。途中下車をするつもりはなかった。その証拠にキラは軽装であり、ワカバなど、砂漠を歩くに適したとは到底思えない姿で、キラの後から付いてきているのだ。しかし、あの風体でよくキラの速度から離れずに付いて歩けるものだ。


 ワカバは黙ったままキラに付いてくる。

 この状況は嫌な予感しか生まない。

 様々な憶測を脳裏に浮かべ、同じ道を歩んでしまったことに対する反省もあった。


 始めは、とりあえず、ローリエまでのはずだった。それなのに、黄靄の煙る向こうに、嫌な人影を見つけてしまったのだ。あれは、国の衛兵だ。

 もしかしたら、アイルゴットは有能な王なのかもしれない。怖がりも度を超えれば賢王になれるのかもしれない。この調子だとロゼも同じ状況だろう。仕方なく諦めて、オリーブへ向かうことにした。

 オリーブは終着駅にも拘わらず、その土地柄から抜け道が多い。


 ただ、そこへ向かうしかないということは、途中、砂漠の町々を繋ぐ駱駝便の居留地で、一泊する必要はあるだろう。砂漠の夜を歩き回ると言うことは、それだけで死に繋がる。

 気温差と魔獣だけでなく、砂漠に潜む人を喰うようになった夜盗が存在するからだ。

 昼は暑さに喰われ、夜は人獣(ひとけもの)に喰われる場所が砂漠である。

 そして、それらはあまり嬉しい事態ではない。


 そう思い、泣き言ひとつ言わずに、ただただ付いてくるワカバを時折振り返りながら、キラは『ワカバは魔女説』を力強く支持したくなってきていた。

 足を止める。縮まる距離。まるで、親からはぐれないように必死に付いていく獣の仔のよう。

 しかしながら、キラを見上げるワカバの頬は、人間が日に焼けるとそうなるように、真っ赤だった。


「一度飲んでおけ」


 ワカバに突き出したものは、キラの腰に結わえていた水筒だった。こんなところで倒れられては大変だ、と思ったのだ。さらに言えば、砂漠の道を、いかにワカバが軽いとは言え、人ひとりでも背負って歩く気にはなれない。

 同時に何かをすることが苦手なのか、ひとつひとつを不器用に熟す。ワカバは慎重に水筒の蓋を開け、慎重にそれを口に運ぶ。

 歩きながらの水分補給は出来ないようだった。


「それから、……さっきの手巾、貸してみろ」

 キラは飲み終わったらしい水筒をワカバから受け取りながら、次の指示を伝える。やはり、ゆっくりとした動作で自分の手巾をキラに渡す。

 頬被りにでもしておけば、少しましかもしれない。

 そんなことを考えながら、手巾を広げ、三角を作った。信用されているのかいないのか、ワカバはキラにされるがまま、頭に布を巻かれている。


 いや、きっと信用するという意味も、信用しないという意味も分かっていないのだろう。


 キラはワカバの年齢をさらに引き下げて考える。


 きっと、そう。ワカバは三つくらいの女児なのだ。ぎゃあぎゃあ泣かないだけ、ましである。


 そうでも思っていないと、ワカバを連れて歩けなかった。

 幼い子どもであるのなら、それ相応の要求であればいい。しかし、ワカバの要求は幼い子どものそれではない。


 キラの腕の怪我を治した、その応酬。

 キラは何かを求めたわけではない。お前が勝手にやったことだろう?


 黙ったままキラを見つめる、魔女かもしれないその少女に、キラは言葉を呑み込み、すべてを観念していた。

 真っ直ぐに見つめられ、こぼれ落ちた言葉。その言葉自体に意味はない。


「ときわの森……そこへ」


 それがキラにとって聞きたくなかった言葉であっただけで。

 ワカバの新緑色が太陽の光を吸い込んで、真っ直ぐキラに注がれていた。まるで、太陽の下に躍り出てしまった蚯蚓のように、干乾びるのをただ待つかのように、精一杯の抗いをするだけ。


「馬鹿言うなよ、あんなところ」


 冷や汗とともに脳裏に繰り返される言葉がキラを支配した。


『……奴らは悪魔だ』


 キラの右上腕はもう痛まない。


『ワカバを連れて』了

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