『魔女に支配される世界』
トーラは過去を支配する。人の営みにおいても、人の生死においても、記憶として繋がっている限り、トーラがすべてにおいて。
リディア神を崇める大国リディアスはそれを悪とし、魔女とした。
ワインスレー地方にある一つの自治国家、ディアトーラではそれを畏れの対象とし、神と崇めた。
互いは相容れないものとして存在していた。されど、果たして本当にそうなのだろうか。
リディアスとワインスレー地方を隔てる大河マナ。ワインスレー側が地方と呼ばれるのは、その国がたくさんの自治国家でできているからだ。その一つ、ディアトーラにはときわの森という魔女の棲む森があった。
ときわの森に棲む魔女は、昔から薬を持って人間の村へやってきて、その薬と必要なものを交換する。魔女たちはいつもその人間が必要とする薬を持ってきて、その家にあるものを欲しがった。例えば、鉄製の鍋、包丁、家畜、ガラス製品……。
魔女が欲しがるものは、常に与えられる。例え、それが我が子であっても。
例えば、死の淵にいる幼い我が子とそれを完治させるための薬との引き換え。
その全てが魔女の企んだことであり、子どもが不治の病になるように呪ったのも魔女だったのかもしれない。ただ本当に差しのべられた手だったのかもしれない。しかし、母は子どもを助けるために子どもを泣く泣く渡さざるを得ない。
ディアトーラに伝えられる『魔女』である。
魔女は人間の欲しがる本当の物を与える代わりに、その者に絶望を与えかねないものだ。
リディアスはそれを悪としてときわの森へと攻め入った。
果たして『悪』とはいかなるものなのか。
魔女の村にいた者推定六十名、魔女狩りに向かった部隊兵八十七名が死亡した。
魔女を匿った罪に問われる者がいた。
果たして『正義』とはいかなるものか。
ときわの森は今も人間の侵入を拒み、魔女の村は時が止まったようにして魔女狩りの爪痕をありありと残している。森は人間を許さない。魔女と共にある森は人間を呑み込む。
トーラはそれを静観するのだ。なぜなら、それが人間の望んだ世界だから。トーラは人間の望み通りの世界を作ったのだから。