オホーツク海海戦!
お待たせしました。お題➂で参加致します。世界観としては、以前書いた双頭鷲の八八艦隊と同じ世界観となります。
露西亜帝国海軍駆逐艦「ラスヴェート」の小さな艦橋内は、灯火管制のもとでの不気味な沈黙に包まれていた。
日本の海軍軍人が、猿の腰掛と揶揄する小さな椅子に腰かける水雷艦隊司令官の坂本中佐も、微動だにせず漆黒の海上を凝視していた。
艦は洋上に停止しており、マストに設置された電探も作動を停止している。
しかし、敵の電探波を探知する逆探は作動しており、さらに見張り員は新装備の赤外線探知装置まで動員し、海上を捜索していた。
それはあたかも、獲物が通るのを待ち、じっと木々の中に身をひそめる狩人のようである。
「こちら電探室。逆探に電探波探知!」
伝声管越しの報告を受けた途端、坂本の目がカッと開く。
「電波発信地点の割り出し急げ!総員戦闘配置!」
「総員戦闘配置!」
艦内に戦闘配置を告げる鐘の音が鳴り、それまで待機していた乗員たちが走り出し、持ち場へと急ぐ。
「電波発信地点!本艦より2時方向!」
「機関始動!最大戦速まで増速せよ!針路2時方向!無線封止解除!」
「最大戦速!」
それまで即時待機していた機関が始動を開始し、スクリュー軸が回転を始める。それとともに、艦が前進を始める。
「後続の「ザカット」「ヴァスコート」「モーラス」も付いて来るな?」
「僚艦、全艦続航しています!」
「よし!今こそ日頃の訓練の成果を、共産主義者どもに見せつけてやれ!」
露西亜帝国の仇敵たるソビエト連邦が、アメリカから旧式戦艦を購入し、太平洋艦隊配属のためにウラジオストクに回航したという情報が、北米大陸の情報網から伝えられて以降、帝国海軍は大日本帝国海軍と連携し、その動きを追っていた。
現在の露西亜帝国は、主権を有する領土が樺太のみという、往時に比べればささやかな領土しか有していないが、世界各地に散った白系ロシア人ネットワークは、不逞なる共産主義者の赤色海軍の動きを、かなり掴むことに成功していた。
とは言え、ソ連海軍が今回米国から購入したのは、情報によれば「オクラホマ」級戦艦とのことであった。
今次大戦が発生して既に3年近く経過しており、同盟国である大日本帝国海軍の「大和」型戦艦をはじめ、各国の新鋭戦艦の活躍が聞こえてくる時代、既に竣工から30年近く経過している「オクラホマ」級は近代化改装を加えたと言っても、さすがに旧式となっている。
しかし、マトモな戦艦どころか巡洋艦すらもたない露西亜帝国にとって、その存在は脅威以外の何ものでもない。だからこそ、合衆国は大日本帝国の同盟国である露西亜帝国への牽制もあって、同艦をソ連に売却したのだろう。
この戦艦がウラジオストクを根城に活動を開始すれば、下手をするとオホーツク海の制海権を奪われかねない。それどころか、今や露西亜帝国の数少ない直接統治地である、北樺太のどこかが艦砲射撃を受けるかもしれない。特に、日本への石油輸出も行い、帝国の貴重な財源となっているオハ油田が攻撃され、そうでなくともタンカーの航行を止められれば、大問題だ。
だからこそ、露西亜帝国海軍は戦艦を沈められる実力を持つ、水雷艦隊に出撃を命じたのだ。
露西亜帝国の駆逐艦の運用基準は至って明快で、接近するソビエト艦艇に一撃を与えること。大型艦艇がいないゆえに、その護衛任務はなく、対空や対潜は空軍や日本海軍でいうところの海防艦に近い対潜艦の仕事なのだ。
そのため「ラスヴェート」にしても、元は日本海軍の特型駆逐艦の中でも特に初期建造の「暁」を購入、改装した艦艇なのだが、日本海軍以上に魚雷戦術に針を振り切ったものとなっている。砲兵装は艦首よりの12,7cm連装砲のみで、後部の2基は撤去して、その代償にさらに1基の61cm三連装魚雷発射管を増設している。
爆雷兵装も最低限まで縮小し、あとは40mm単装機関砲2基と25mm連装機銃2基に単装機銃が数基のみである。
さらに後続する「ザカット」「ヴァスコート」「モーラス」は、いずれも日本から購入した「初春」型駆逐艦の後身だ。
現在日本海軍は旧来からの魚雷戦術を用いる駆逐艦として「陽炎」型「夕雲」型「島風」型を、対空戦に用いる「秋月」型と「満月」型を、そして哨戒や護衛などの汎用任務用に「松」型と「橘」型を続々と量産しており、それ以前の型の駆逐艦は戦闘での消耗も相俟って、急速に2線級任務への転用や、露西亜帝国をはじめとする同盟国への売却が進められていた。
もちろん旧「初春」型各艦も「ラスヴェート」と同様の改装を加えられ、砲兵装を極限まで減らして水雷兵装を強化している。
しかも使用する魚雷も、日本海軍が開発した酸素魚雷をベースに、日露で共同開発した航続力より威力と速力を重視した三式魚雷を採用している。この魚雷は射程こそ1万mだが、雷速は50ノット以上で、炸薬も500kg越えとなっている。さらに言えば、炸薬も共同開発により完成した威力の大きな新型の日本名二式炸薬となっていた。
この三式魚雷は、既に日本海軍が米海軍との戦闘で使用しており、当初続発した信管の不調(早発事故の多発)も修正しており、戦艦と言えども3発命中させれば撃沈に追い込めると試算されていた。
その魚雷を4隻合わせて48本発射して、大型艦すら葬り去るというのが、露西亜帝国海軍水雷戦隊の方針であった。というより、何とか駆逐艦クラスの艦艇を運用するのが限界な露西亜帝国海軍にとって、それ以上の戦術を執りようがないというのが、実際のところである。
「こちら電探室、敵電探波強くなった!探知された模様!」
「電波封止解除!こちらも最大出力で電探を使え!」
敵に探知された以上、電探を止める必要もない。むしろ、敵の詳細な陣形や位置を知る上で、電探を動かすのは必要不可欠だ。
「敵は小型艦6に大型艦2が単縦陣で続いています!」
「小型艦はおそらく米国の旧式駆逐艦だな。うしろの2隻のどちらかが「オクラホマ」と「ペンサコラ」だ」
事前情報で、米国から回航されるのは「オクラホマ」級戦艦と「ペンサコラ」級巡洋艦が各1、そして米国では既に旧式に入る駆逐艦6隻であると知らされていた。
「電探室より。敵小型艦速度を上げた模様!」
「よろしい!まずは小うるさい鯱どもを片付けるぞ!戦術Aで行くぞ!」
「ヨーソロー!」
「主砲!敵艦が有効射程に入り次第撃ち方はじめ!無理に当てようと思うな!牽制になればそれでいい!」
各艦の前部、というより主砲は2門ずつだ。これでは数で勝る敵を砲撃戦で撃破するなど不可能だ。
だから坂本は、主砲での戦闘は牽制と割り切った。
「魚雷戦用意!目標敵駆逐艦!」
「魚雷戦、目標敵駆逐艦!」
さらに坂本は、魚雷の目標を駆逐艦に設定した。まず護衛を削ぎ取り、その後敵主力艦を攻撃するという正攻法に出たわけだ。
しかし、魚雷を発射するまでが緊張の時間だ。何せ、魚雷は巨大な爆発物かつ可燃物だ。万が一魚雷に敵砲弾が直撃して誘爆すれば、轟沈まっしぐらだ。
「魚雷発射距離1万!」
だから坂本は賭けに出た。魚雷の射程ギリギリで発射するのだ。雷速50ノットであっても、1万メートルを走り切るには7分近く掛かる。もちろん、その間に敵は進むし、魚雷の回避行動を取られれば命中はさらに難しくなる。
それでも、坂本は48本と言う多数の魚雷を撃つことで、命中率をカバーする策に出た。
この策は吉と出る。
「敵戦艦ならびに巡洋艦も発砲の模様!」
「!?」
駆逐艦の後方にいる戦艦と巡洋艦も、主砲を撃ち始めた。
「全艦最大戦速そのまま!とにかく魚雷の射程まで持ちこたえられるように祈れ!」
日本海軍では旧式化等の理由で売却された「ラスヴェート」以下の各艦だが、改装と合わせて徹底的な再整備を行っており、各艦は34ノットの速力を確保している。その高速度を活かして、敵弾を交わしつつ射程圏内まで飛び込み、離脱する以外に道はない。
「敵弾いずれも遠弾!」
「助かったぞ!敵さんは下手くそだ」
と、坂本は一同を鼓舞するが、そうは言っても距離を詰めればさすがに敵弾も近づいて来る。特に、駆逐艦の砲弾は。
「右舷近弾!」
「敵との距離は!?」
「間もなく1万!」
「よし!魚雷発射始め!」
「てー!」
4隻から48本の酸素魚雷が一斉に発射された。
「反転離脱!」
4隻は急速回避に移った。
「白軍の駆逐艦、反転しました!」
「魚雷を発射したのか!?この距離で?」
米国から供与された「ポーター」級駆逐艦の1隻、旗艦であるソ連名「ヴェールヌイ」の艦橋では、水雷戦隊の司令官であるレクチャブル中佐が、帝政海軍艦艇の動きに困惑していた。
敵の取った動きはどう見ても、魚雷発射後の機動であるのだが、敵との距離は高速で反航して急接近したとはいえ、まだ1万m近くあった。常識的に考えて、魚雷の射程圏外だ。
残念なことに、彼らはアメリカ海軍から艦艇を受け取り、その操作のための簡単な講習こそ受けていたが、日本海軍や露西亜帝国海軍に対する知識は不足していた。
まさか、射程1万m以上で雷速50ノットを誇る魚雷を日本海軍が開発しており、それを帝政海軍が導入しているなど、想像すらしていなかった。
だからレクチャブルは、魚雷の回避運動を取るべきか、このまま遁走する敵への攻撃を続けるべきか迷った。
そんな彼の背中を押したのは、司令部付の政治士官の一言だった。
「司令官、いかがする気ですか?忌々しい帝国主義者を逃がすのですか?」
ソ連軍にとって、皇帝とその残党による白軍は、もっと忌み嫌う反革命的存在だった。その敵に何ら打撃を与えぬまま逃がせばどうなるか?
政治士官の言葉は、ソ連軍内では大いに重みをもつ問だった。
「そうだな。まだ即応弾も充分あるし。敵が有効射程圏内にあるうちは攻撃を続けよう・・・全艦、逃げる帝国主義者どもへの砲撃を続けよ!」
現実問題として、レクチャブルはあまり砲撃の結果そのものには期待していなかった。高速で逃げる敵に対して、しかも充分な訓練をしたとは言い難いアメリカ製の砲でいくら砲撃したところで、あまり成果は出せないと思っていたからだ。
ましてや、夜間での遠距離砲撃戦と来ているのだ。
しかし戦果はなくとも、最後まで帝国主義者への攻撃を継続したという事実だけでも、ウラジオストク到着時に上層部や共産党の心証を良くするのに利する筈だ。
そうした計算から、レクチャブルは現針路を維持しながら敵艦の追尾を行ったのだが、それが誤りであることを、数分後に身をもって体感することとなった。
「ええい!?まだ命中弾は出せんのか!」
「申し訳ありません同志司令。何分勝手の違うアメリカ製の兵器で、夜戦と来ていますから・・・」
「そこは諸君らの革命的精神と行動で補え!じゃないと、即応弾が尽きるぞ!」
今回レクチャブルの指揮する水雷戦隊では、万が一の戦闘の際に使える砲弾の数が、予め決められていた。何せ、その砲弾すらアメリカから購入した貴重な物資。無制限に使うことを戒められていた。
と、不甲斐ない自軍艦艇の砲撃に憤るレクチャブルであったが、突如床が爆音と衝撃と共に跳ね上がった。
レクチャブルは強かに床に転んだが、それはまだいい方であった。彼に何事か口を開こうとした政治士官は、衝撃によって跳ね飛ばされた挙句、艦橋の壁に全身を打ち付け昏倒してしまったのだから。
「何が起きたというのだ!?」
真っ暗になった艦橋内で、立ち上がりながら、レクチャブルは艦の船足が衰えているのと、急速に傾斜しているのを感じ取った。
「被雷!?」
バカなと思ったが、直後にもたらされた報告が、彼の予測を裏付けていた。
「後部に被雷!2番発射管から後が消滅しています!」
さらに追い打ちをかける報告が。
「僚艦も複数被雷した模様!詳細は不明!!」
この時、レクチャブルは知る由もなかったが、彼が指揮する水雷戦隊は6隻の内5隻が被雷し、内1隻は轟沈。旗艦「ヴェールヌイ」を含む4隻が艦体の一部が切断消滅して大破しており、その戦力を喪失していた。
さらに残る1隻はと言えば、この魚雷攻撃を隠れていた潜水艦のものと誤認し、停止した味方を避けながら、めったやたらに爆雷を投下し始めており、僚艦の救助に応じられる筈もなかった。
「火柱確認!4から5本!」
「こちら電探室、敵影の一つが消失しました。轟沈の模様!」
その報告に「ラスヴェート」の艦橋内が湧き上がるが・・・
「バカ者!前座を倒したくらいでいい気になるな!それよりも、魚雷の再装填を急げ!」
旧日本海軍駆逐艦である4隻には、日本海軍独自の機構である魚雷の再装填装置、すなわち自発装填装置が備わっており、時間は掛かるが再度の水雷戦を仕掛けることが可能であった。
坂本が一番危惧したのが、この予備魚雷に被害を受けることであった。何せ、断片や機銃弾1発が致命傷にさえなり得る。
しかし幸いにも4隻とも直撃弾はなく、至近弾による被害も戦闘と航行に支障をきたすものではなかった。
そして、今厄介な敵水雷戦隊は壊滅した。そうなれば、彼らがやるべきことは一つだけだ。
「再装填完了次第、敵主力艦に向け再突入する!」
「は!」
敵は旧式とは言え、強力な主砲を有する重巡洋艦と戦艦だ。先ほど対峙した駆逐艦などとはお話にならないレベルの戦力を有している。
彼に先ほどと同じく発射距離を1万mに設定しても、その距離は戦艦搭載の主砲どころか、多数装備しているであろう両用砲ですら届く距離だ。
先ほどの水雷戦隊を相手した以上の難敵である。しかし、それでもやらなければならない。
ここで赤軍に、強力な戦艦と巡洋艦を手渡すわけにはいかない。そうなれば、下手をするとオホーツク海の制海権を明け渡すという、最悪の事態さえありえるのだから。
そうでなくとも、ここで追跡を止めれば、敵にいい宣伝材料を与えることになる。
だから敵水雷戦隊の撃破だけで満足し、離脱するという選択肢はない。
「さあ、行くか」
坂本は帽子を被り直す。
見つめる闇の先に、敵戦艦はいる。その敵艦を撃破できるのか・・・いや、そもそも射点に辿り着くことさえ出来るかもわからない。
オホーツクの海に吹き荒れる炎の嵐が去るまでには、今しばらく時間が必要であった。それが、どのような結果で終わろうとも。
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