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ジャン・ラフィット

作者: 山神伸二

 十八世紀にフランスでジャン・ラフィットという子供が生まれた。そして彼こそがその後、世界に名を響かせる海賊、ジャン・ラフィットなのである。

 その後、彼は兄のピエールと共にアメリカへと移った。そしてアメリカで兄のピエールは商売をしていた。一方のジャンはニューオーリンズの近くのバラタリアに王国を設立し、ニューオーリンズの戦いで千人以上の兵士をアメリカに出し、イギリス軍と闘った。そして兄と共にラフィット鍛冶屋を開いた。またその傍ら、海賊をしていた。いや、海賊が貿易をしていたと言う方が正しいのかもしれない。

 そして十九世紀初期のカリブ海には色々な海賊がいた。そしてその中でも一際でかい船があった。そしてその船の名がブルーバイユー号であった。そしてブルーバイユー号の船長こそがジャン・ラフィットなのである。

 羽根のある黒い帽子を被った背の低い髭の生えた男であった。だが、男のフェロモンというべきか、男特有の色気が溢れ出ており、女からは好かれることは多かった。

 そしてブルーバイユー号もといジャン・ラフィットは今、スペインの貿易船を狙っていた。

 そしてこの日、空は晴れていた。ブルーバイユー号は日中から蟻のように海賊達が汗かき働いていた。仕事をしている者、宴会をしている者、はたまた喧嘩をしている者もいた。そしてジャンの隣には美しい女が立っていた。そしてその反対側には彼の部下がいた。

「ブルース。スペインの貿易船はもうすぐ私の目の前に現れそうか?」

「そうですね船長。セトラト島にはあと少しで着きそうです」

「そんなことは聞いていない。スペインの貿易船のことを聞いているんだ」

 そう言ってジャンはブルースに銃を構えた。ブルースはすっかり青くなり、今にも倒れそうになっていた。

「で、ですからそのにいればいずれ船に出会えますので」

「そんなやり方は好きじゃない。待て、待つだけだ」

 ジャンはそうは言ったもののやはり周りは巨大な船どころか船一つ見つからなかった。

「ブルース‼︎」

 ジャンは大声で言った。

「なんでしょう船長」

「東へ面舵いっぱい」

「おおい!東へ面舵いっぱい‼︎」

 ブルースはジャンが言ったことを大声で言った、

そのことで部下達の顔は変わり、ブルーバイユー号の行き先も変わった。

「一体船長どこへ行くおつもりなんですか?」

「わからんのか。貿易船の進んでいる先に当たるようにしているんだ」

「そんな事が可能なんですか?」

 ブルースは青い顔で驚き、今に新しい果物のようだった。

「必ずとは言えないが、三日の間には来るだろう」

 ジャンはそう言うと、部下達を見下ろした。

「諸君。三日後には争いがあるだろう。各自、覚悟や準備をしておくように」

 ジャンの言葉に部下達は物凄い声を上げた。

「お前ら今夜は案外だ」

 そして再び部下達は声を上げた。

 ジャンはブルースに近寄り、小さな声でこう言った。

「酒と武器を用意しておけ」

「はい、酒と武器ですね....武器⁉︎武器が一体何故必要なんです?」

 ブルースは慌てていた、

ジャンはぼそっと口にした。

「何も今と言うんじゃない。その時が来ればわかる。俺はバイオレットと共に俺の部屋へ行く。戦いはすぐそこだ。覚悟をしておけ」

「はい、船長」とブルースは言いながら酒と武器を大量に持った。

 ジャンは愛する女と自室へ入っていった。

 ジャンの部屋は貴族のような雰囲気であり、少し寂れたような金色の壁が周りを囲み、厚い本が入っている本棚が天井まで届き、地球儀や望遠鏡が彼の机に置いてあり、まるで研究者のようであった。

 ジャンは椅子を引っ張りそして座った。

「さあおいでスターレット」

「誰よそれ?私はバイオレットよ」

「あ、ああ....そうだったなバイオレット。俺とした事が、髪の美しさに見惚れて名前を間違ってしまったよ」

 ジャンは一つ汗を道に流した。

「どうせ貴方のことだから、他の女の名前を言ったんでしょ?」

「違う違う。違うんだよ。マーガレット」

「バイオレットよ私は!それにさっきとも名前が違うわ。貴方には一体何人の女がいるの?」

「ああ、すまないバイオレット。違うんだよ。俺に他に女なんかいない。本当さ、君だけさ」

「じゃあ、さっきは何故私をスターレットだとかマーガレットって呼んだのよ!」

 ジャンは先程のブルースのように青い顔になっていた。

「その....あれだ。そう、スターレット!まるで星のように美しい女性。そしてマーガレット!そうマーガレットだ....マーガレットはその....あれだ....ええと....」

 バイオレットはジャンを冷ややかな目で見ていた。

「そうだ。そうマーガレット!まあかわいらしい名だろ?まさに君に相応しい名前だ!」

「さっきは私を美しいって言ったじゃない?」

「そう!君は美しくてかわいらしい」

 ジャンは焦りながら言った。バイオレットは恐ろしい剣幕でジャンに近寄った。ジャンは女に恐れていた。そしてバイオレットはこう言った。

「ねえ、知ってるジャン?」

「なんだいバイオレット?」

「あら、今は名前を間違えなかったのね?」

「勿論だよ」

「じゃあ、これだけは覚えておいてね」

 バイオレットはそう言うと、一つ間を空けてこう言った。

「女はね、美しいかかわいいの二つしかないの。美しさとかわいらしさは両立しないのよ」

「わ、わかった。覚えておこう。死ぬまでは」

 ジャンはバイオレットに怯えていると何やら外が騒がしかった。

 ジャンはもしやと思い、部屋を出ようと扉をの方へ走った。

「ついに来たか....」

「来たって何が?」

 バイオレットは訳が分からず驚いているようだった。ジャンはバイオレットのこんな女らしい所に惚れたのだ。

「いいか、バイオレット。絶対部屋にいろ!俺が守るから安心してくれ」

 そう言ってジャンは表へ駆け出した。表は部下共が慌てふためいていた。ジャンはすぐ何かを悟った。

「ブルース‼︎ブルース‼︎」

 彼は部下の中に声を投げた。すると部下の中にから一人背の低い男が現れ、ジャンの元へ走ってきた。

「なんでしょう船長」

「これは一体なんだ?」

「恐らく....恐らくですが、私達が狙っている船ではないでしょうか?」

 ジャンはニヤリと笑った、


「その通りだ。我々が今、狙っている獲物だ。取り逃すんじゃないぞ。おい!諸君‼︎」

 ジャンの言葉に部下達はおかしさを覚えながらもジャンの方を向いた。声はもう一つとなかった。

「獲物が来た。そうスペインの商業船だ。あの船の中にはたんまりと金が入っている。ブルース!西の方角へ面舵いっぱい‼︎」

「はい、船長」

 ブルースは思いっ切り面舵を回した。

「火を消せ!暗闇になって行くぞ!」

 ジャンの言葉と共にブルーバイユー号はどんどんと近づいていった。

「武器を持て!」

 ジャンの言葉通りに部下は武器を持ち始めた。そして船は更に近づいていった。

「ポール、大砲準備‼︎」

「了解キャプテン!」

 このブルーバイユー号には大砲が取り付けられるようになっていない。大砲はただ一つしかない。そしてそれも大砲台に大砲を乗せると言う弱々しいやり方である。だが、ジャンはそれでよかったのだ。

 ポールは狙いを定め、船長の指示を待った。

 ジャンはポールと目が合い、大声を出した。

「撃て‼︎」

 そしてこの言葉が争いの火付けとなった。

 ポールの大砲は商業船に見事に当たっていった。

「かかれ‼︎」

 そして部下達は次々と商業船に飛び乗った。

 商業船の船長を始め、船員達は勿論驚きを隠せなかった。船の中でもう戦いは始まっていた。

 そして相手は急に海賊が襲いに来て驚いているせいか、こちらが優勢だった。ジャンはブルーバイユー号から商業船の船長を見た。顔中に髭の生えた自分よりも歳の行っている男だった。顔付きから見て普段はもっと優しそうなのだろう。そしてそんな雰囲気も醸し出していた。だが今はそんな顔が別人と思えるぬらい変わっていた。目は飛び出そうな程、大きくし、その巨体は一歩たりとも動けず、船員が殺されていくのを悲しめず、ただ見ていることしかできない様子だった。

 そんな哀れな男を見て、ジャンは一歩一歩と歩き出した。

「ブルース!ブルーバイユー号を守っていろ」

「はい船長!」

 ブルースはどこか嬉しそうに返事をした。ジャンは商業船に乗り込んだ。そして自分を殺そうとする船員を一人一人殺し歩いていった。見ると部下の何人かも殺されていた。

 そして商業船の船長の目の前に来ると船長の顔からはじわじわと汗が出ているのがわかった。そしてジャンの姿から目を離すと更に汗を出した。恐らく旗を見てあの船がブルーバイユー号だとわかったのだろう。ジャンは男に一礼をした。

「貴方を殺す気はない。ただこの船が持っている宝と女をくれないか?」

 淡々とした言葉に船長は頷きながら腰を抜かした。

「よし」

 ジャンはそう言うと、船中に大声を上げた。

「野郎共、もう戦うのはよせ!宝と女を奪え!ただ、抵抗する奴はその場で殺せ‼︎」

 ジャンの言葉に相手の船員の殆どが従った。

 一人二人が殺されていく中、商業船の宝は次々と奪われていった。

 船長は汗か涙かわからないほど、顔がぐしゃくしゃになっていた。

 するとどこからか大声が辺りに響いた。

「女がいません!」

「女がいないだと?おい船長。女をどこへ隠した」

 船長はなかなか言葉を言えずにいたが、ビクビクした音にもならない声でこう言った。

「お、女は....いないです。さ、最初から....」

「女がいない。そうか、では船員を1人貰おう」

 その言葉に船長の顔は少し安らぎが見えた。そして船員はびくつきなら恐れている様子に見えた。

 ジャンは船員を一人一人見回した。すると一人の船員が声を上げた。

「俺にしてくれ」

 その声を持った船員は恐らくこの船で一番若いと思われる少年のような青年だった。

「名前は?」

「イアンだ」

 イアンは若者らしく真っ直ぐな瞳を持っていた。

「船長、決めたぞ。このイアン君だ」

「そ、それだけはやめてくれ!」

 船長はそう言っている瞬間、ジャンは船長を剣で突き刺した。

「父さん‼︎」

 イアンの言葉にジャンが少し笑った。

「ほお、そうか。あの方は君の父親か。それはすまないことをした。よし、この小僧を連れて行くぞ!」

 ジャンの言葉と同時に海賊共はブルーバイユー号に戻っていった。イアンは海賊の一人に連れて行かれた。

「父さん!俺、必ず見つけるから。絶対!」

 イアンはそう叫びながらブルーバイユー号の船員となった。

 そしてブルーバイユー号は再び宴会が始まった。

 部下達は酒を飲み、下手くそな歌を歌い、踊りにもならない踊りを踊り、雑音でしかない演奏をした。

 ジャンはその中をイアンを連れて歩いた。

「こっちへ来い」

 イアンはその言葉通りにジャンの後ろについていった。

 左右には酔っぱらっている海賊がごろごろといて、みんなイアンを不思議と好奇が入り混じった目で見ていた。

 イアンは緊張と恐怖が同時に押し寄せてきた。

「大丈夫だイアン。悪い奴らじゃない」

「でも、平気で人を殺すじゃないか?」

 イアンがそう言うとジャンは銃をイアンに突きつけた。

「それは奴らはイカれてるからだ。良いことと悪いことの区別が付いちゃいないのさ。かわいそうなことにな」

 ジャンはそう言うと前を向き、再び歩き出した。

 そして二人は船内へ入った。

「でも区別がついていないってそれはあんたのせいだろ?」

「ああ、そうだ。俺のせいだ。だがな、よく覚えて置くんだ小僧。仲間を大事に思わなくちゃこの先生きていけねえや」

 ジャンの言葉には海賊としての重みがイアンにはあるような気がした。

「だからな。仲間はただの道具だと思え。時に裏切る事に大いに役立つ。今までに何人も俺を裏切った奴らはいた。そいつらは殺してやったり、殺し損ねたりして恐らく今も生きていると思われる連中もいる」

 イアンは海賊の話が新鮮だった。まるで小説の世界に潜り込んだような感じで不思議な気持ちだった。

 とても酷い話だが、何故か楽しみにしていた。ジャン・ラフィットという語り手はなんて話し上手なのだろうとイアンは目を輝かせながら思った。

 そこでジャンは話を止めたイアンの目を見たのだろう。

「こんな所で話している時じゃない。イアン。俺の部屋へご案内しよう」

 そしてジャンの言葉から少し経った後、イアンはジャンの部屋の前にジャンといた。

「さあ、入れ」

 そう言うと、ジャンは豪華で重そうな扉を開いた。

 そしてイアンは部屋の中へと入った。そして驚いたことにイアンの前には一人の美女がいた。

「ジャン!貴方ってやっぱり勇敢なのね。私、やっぱり貴方のこと好きよ」

 バイオレットはジャンの姿を見るとそう言い、彼にキスをした。

「ジャン、この子は?」

 バイオレットはイアンを見るなりすぐさまそう言った。

「先程襲った商業船から持ってきたイアンという青年だ」

 イアンはジャンの言った襲ったという言葉に恐怖を感じた。そしてこいつは海賊という奴らなんだと思い直した。

「そう、かわいい子ね。こんばんは。私はバイオレットって言うの。ジャンの妻よ」

「違う。ただの愛する女性さ」

 ジャンの言葉にバイオレットは不快感を示した。

「妻と愛する女は何が違うんだ?」

「ああ、その話はまた今度だ。では、最後に君の部屋を紹介しよう。他の奴らに部屋なんか無いんだが、君は部下ではなくあくまで人質だ。だから用意するんだ」

 ジャンはそう言うと扉を開けてイアンを外へ出した。部屋の中ではバイオレットがにこにこと笑いながらイアンに手を振っていた。イアンも恥ずかしがりながら手を振った。

 しばらく歩くとジャンがある所に指を差した。

「ここがお前の部屋だ」

 イアンは驚きと共に当然とも思った。なんせジャンの言う部屋とは牢屋だったからだ。

「さあ、入れ!」

 ジャンはそう言ってイアンを牢屋へ入れた。

「お前にはしてもらうことがたくさんある。今日はここで休んでおけ」

 ジャンはそう言って部屋を出て行った。

 イアンは牢屋の中を見回した。牢屋は全部で三つあり、イアンは一番左の牢屋入れられていた。真ん中には痩せな老人が眠っており、このまま目を覚ますことはないように見えた。そして右には誰もおらず、しんとしていた。そして左側と真ん中はまだ人がいるせいか、物音が聞こえた。

 ねずみが何匹かイアンを見て逃げ出した。

「なんでこんな所にねずみなんか....」

 イアンは一匹のねずみをつまみあげた。その時、真ん中の牢屋からあくびをする声が聞こえ、イアンはビクッとその方を向いた。

 老人は目をこすり、何をするでも無く、再び眠りにつこうとしたが、イアンの姿を見て、老人はとても驚いた。

「人がいるぞ。君も人質かい?」

 老人は少し嬉しそうに興奮した様子で言ってきた。

「そうだ」

「そうか、久し振りだ。同じ人質なんて十年以上、隣に人がいたことなんてない。いや、嬉しい」

 老人はそう言って牢屋越しに握手を求めてきた。

「君の名前はなんて言うんだ?」

「イアンだ」

「そうか、私はロジャーだ。人質同士仲良くしよう」

 イアンはロジャーを悲しく思った。ロジャーはここに何年いるのだろうと思った。

           ・

 その頃、ジャンはイアンを部屋へ入れて自室へ戻る途中だった。

 足場が悪い所を歩き、ジャンは自室の前に来ると扉を開けた。

「あら、ジャン」

「ただいま、バイオレット」

 バイオレットはジャンに抱きついた。

「やっぱり私は貴方の女よ」

 バイオレットはそう言い、彼にキスを再びした。

「ありがとう」

 ジャンはそう言って机の前にある椅子に座った。

「どうしたの?貴方にしては随分と冷静ね」

「考え事をしてるんだ」

「あの子のこと?」

 一瞬、間が空き、ジャンは頷いた。

「あの子を貴方はどうしたいの?」

「それはまだわからない。あいつを理解してから決める。イアンはどうなるのかは神しか知らんよ」

 ジャンがそう言うとバイオレットさくすくす笑った。

「海賊の貴方がそう言う事を言うなんてね」

「俺はそこらの汚い奴らとは違う。神を信じることもあれば、キリストも信じる。ジャン・ラフィットをお前はもっと知っておけ」

 ジャンのことばにバイオレットはムッとした表情を浮かべた。

「じゃあ私は出るわね。ラフィットさん」

 ジャンは表情を引き攣らせた。

「まあ、待てどこへ」

「酒を飲みによ」

 ジャンは作り笑いをし、バイオレットを覗き込むように見た。

「そ、そうか。じゃあ俺にも少し持ってきてくれ」

「わかったわよ」

 そう言ってバイオレットは部屋を後にした。

           ・

イアンは牢屋の中である物を見ていた。ロジャーはもうすでに寝息を立てていた。

 月の光で少しだけそれは見え、そして暗くて見てない部分もあった。

 イアンはいつかこの船を脱走することを心に決めていた。イアンのような若者は太陽の下でしたい事をして生きるのがこの時代の若者の生き方だった。太陽が見られないこんな場所では息が詰まるばかりなのである。

 その時、コツコツと歩く音が聞こえた。

 イアンは慌ててある物を後ろに隠した。

 そして月の光に当たり、その足音の人物の顔がくっきりと見えた。

 その人物はバイオレットだった。

「お、お前は....」

「いや、違うの。ほら、警戒心を解いて。私はジャンに何か言われて来たんじゃないの」

 バイオレットは優しく姉のような話し方をしていた。

「私は君とお話しがしたいだけなの」

「話し?」

 イアンは不安を顔に示した。

「そう。例えば貴方は今いくつなの?」

「十八だ」

 イアンは強く答えた。そうすることで男としての威厳を見せようと思ったのだ。だが、バイオレットはにこにことしていた。

「近いわね。私は二十四なの。この船では君と一番歳が近いわ」

「あのキャプテンはいくつなんだ?」

 バイオレットは少し考え事をしてこう言った。

「そうね。この船の男達は少なくとも四十は超えているわね」

「そうか」

 イアンは早くバイオレットがどこかに行って欲しかった。

「そういえば。君の後ろにある物は何?ちゃんとお姉さんに見せなさい」

 バイオレットは言葉を強くして言った。

 イアンはバイオレットを驚いた顔で見た。

「あら、これでも海賊の女よ。これくらいは当然よ」

 バイオレットは一瞬の間だけイアンを安心させ、こう切り出した。

「だから教えなさい。大丈夫。ジャンには何も言わないから。それとも何?この体が目的なの?」

 バイオレットはそう言って肌を少しはだけ出した。

「それは違う!」

「何よ。少しは興味を持ってくれてもいいじゃない。それとも君は女に興味が無いか愛する女が世界中のどこかにいると言うことかな?もしそうなら私、嫉くわよ。だってこんなにかわいい子が他の女に興味があるんですもの。私は必ず....」

「待った!俺に愛する女はいないし、女に興味が無いわけでも無い。ただ」

「ただ?」

 バイオレットはそう言って上目遣いをした。だが、イアンはそれに目もくれなかった。

「俺はそれ以上に興味がある物があるんだ」

「そしてそれは君の後ろにある物と関係がある訳ね」

 イアンは全身が氷に当たったように冷たくなるのを感じた。

「どうやら図星のようね」

 バイオレットは女らしい笑いをしながら言った。そしてバイオレットは笑っているばかりで言葉なしにイアンを威圧した。そしてとうとうイアンはそのある物をバイオレットに見せた。イアンが大切にしていた物。それは地図だった。

「地図?その地図は宝の地図みたいな物なの?」

「宝の地図みたいな物じゃなくて宝の地図だ」

 その時のバイオレットの顔といったら、それはもう気を失いかけた顔だった。そしてバイオレットの顔には笑みが湧いてきた。

「ねえ、それ私に見せたもらえるかしら?」

「それは無理だ。俺はお前に見せる義理などない」

 イアンは狼みたいに吠えるように言った。

「あら、そんな風に見ないで。私は別に宝に興味は無いわ。まあでも嫌いでも無いけれど」

 そしてバイオレットは優しい口調でこう言った。

「ね?だからお願い。協力してあげる。そして誰にもこのことは言わないわ」

「本当か?」

 イアンがそう言うとバイオレットは嬉しそうに頷いた。

 そしてイアンは自分の背後に隠しておいた宝の地図をバイオレットによく見えるように鉄格子の外から広げた。

 宝の地図に書かれているのは島の全景だった。

「何これ?普通、宝の地図ってその辺の島とかも書いてあるはずじゃ無いの?」

 バイオレットは不満を露わにしていた。

「ああ、普通はそうだ。だが、この地図は違う。だからその島がどこにあるのかはわからない。偶然と出会わなければならないんだ」

「そのようね....あっ⁉︎」

 バイオレットは驚いた様子だった。いや、驚くというより何かに気付いた様子だった。

「ごめんね。私、戻らなくちゃいけないから。多分明日の夜に来るわ」

「あ、ああ....」

 イアンは呆然としたままその場から走り去っていくバイオレットを眺めていた。

 バイオレットは船の上から酒を一つ持って行ってジャンの自室へ戻った。

「お待たせジャン」

「遅かったな」

「そうなのよ。あの人達がほとんどお酒を空にしちゃったのよ」

 バイオレットは言い訳をしながら目がチカチカするジャンの自室の置物を見ていた。

「そうか」

 ジャンはそう言うと酒を机に置いてあるグラスに入れた。そしてジャンはグラスに入った酒を手に取り、部屋にある置物をグラス越しに映した。その美しさに酔いしれるようにラム酒を飲み、喉を潤した。

「飲むか?」

 ジャンは酒を犬に見せるように振った。

「頂きますわ」

 バイオレットは自室の壁にある小さな食器棚からダイアモンド状のグラスを取り出してジャンから酒を貰った。

「美女と酒はこれ以上ない程、美しい景色だ」

「あら、嬉しいことを言ってくれるのねジャン」

 ジャンはバイオレットとラム酒を交互に見た。

「俺は今、美しい物で喉の渇きを潤したい。そして先程、このラム酒とお前を見比べた。その結果!」

 一瞬、静かな間が現れた。

「....ラム酒だったらと言う訳さ」

 バイオレットは憤慨な表情を露わにした。ジャンはびっくりする様子も無く落ち着いていた。

「だが、何故か俺は君の唇で喉を潤したい。理由は簡単だ。バイオレットを愛しているからだ」

 ジャンのめちゃくちゃな言い訳にもバイオレットは顔を赤くした。

「おや、バイオレット?君が今、りんごのように顔を赤くしているのはこのラム酒のせいか?」

 バイオレットは呆れながら笑いこう言った。

「もう、わかっているでしょ?貴方がとても魅力的で愛しているからよ」

 バイオレットはジャンにキスをした。ジャンは魅力的と愛しているのが同列なのが少し不満に思ったが、今のキスに集中していると他のことが考えられなくなった。バイオレットは他の女とは味が違うらしかった。

 バイオレットは愛を潜める為にジャンから唇を離した。

「ところで貴方は今、何か目的があるの?」

 ジャンは少し驚いた表情をした。まるでバイオレットの言っていることが急に理解ができなくなったように。

「なんでだ?」

「だってそうじゃない?少し前まで狙っていたスペインの商業船の金を盗った訳だし」

「俺には黄金を数えきれない程、手に入れる夢がある」

 ジャンは自身ありげにそう言ったが、バイオレットは呆れていた。

「男は夢を持つ者とはよく言うけど、実際の話、それは不可能よ」

 バイオレットの言葉にジャンは心に何かが突き刺さったような気がした。

「不可能....じゃないさ。世界中のどこにだって宝の話はある。例えばキッドの宝とかは?」

 ジャンは苦し紛れにそう言った。ただ、バイオレットはラムを飲みながら彼を見ていた。

「貴方は子供ね。イアンの方がずっと大人よ」

「あの青年が何かしたのか?」

 ジャンは急に怒りっぽくなった。相当酔っていた。

「別に....ただ、歳を取ると昔は勇敢だった貴方も情けなくなるのねって思っただけ」

 バイオレットはラム酒を飲み干した。

「じゃあ私は自分の部屋に帰るわ。おやすみ。良い夜を」

 部屋から女が消えた。ジャンは酒を口にしながら手の届く所にあった本を読み始めた。

 そして改めて海賊という事を実感しようとした。

 ジャン・ラフィットは海賊史を代表する海賊である。ただ海賊といえど目的を失うこともある。そして自分に悩むこともある。これが成功者の悩みである。

 次の日の朝、ジャンは朝の光に起こされ外へ出た。

「おはようございます船長」

 ブルースが顔を赤くしながら言った。どうやら酒が少し入っているようである。

「ブルース、俺らは何を目的に海賊をしている?」

「へ?そ、そりゃあ船長がいつも言う宝を見つけることではないでしょうか?」

「お前は本当にそれだけか?」

 ジャンは真剣な目でブルースを見た。その目はブルースの心臓に突き刺すのではないかと思われる程だった。ブルースはいつものような青い顔に戻った。

「そ、それだけかと申されますと、その宝で一生食って遊んでいたいですね。へへへ」

 いかにも海賊らしかった。

 かの黒髭のようだった。ジャンはブルースの残虐性を思い出してみた。紳士ですらないこの男は根っからの海の男である。いわば王道であった。

 ジャンは空を見た。雲は少なく快晴と呼べるような天気だった。そして風も強くなく帆の自由にさせておけた。そしてブルースを睨みこう言った。

「誰かに頼んでイアンを俺の前に連れ出せ」

「は、はい!ただいま‼︎」

 ブルースはおっかなびっくりしながらそう言い、部下二人を牢屋へ行かせた。

 朝を迎えたイアンは牢屋から漏れる太陽の僅かな光と酷い匂いに起こされた。

 横になっているイアンの目の前には宝の地図があった。イアンはそれを慌てて折りズボンのポケットにしまった。

 幸いなことに誰も彼を見た者はいなかった。この牢屋へ来る奴は少ないだろう。すると二人程の足音が聞こえ、イアンは心臓を震えさせた。

 どうかこのままどこかへ行ってくれ....

 イアンはそう願ったが、海賊は音を立て、牢屋のあるこの部屋の扉を開けた。

 イアンは宝の地図が知られたのだと思った。二人の海賊はどんどんとイアンに近づいてくる。一人は痩せ細ったひょろひょろとした男でもう一人が小太りで背の低い男だった。

「小僧、キャプテンがあんたをお呼びだ」

 小太りの男は野太い濁声で言った。そして痩せている男が牢屋の鍵を開けてくれた。

「さあ行くぞ。小僧」

 小太りの男はガハハと笑いながらイアンの肩に腕を組んだ。

「なあ?」

 イアンは恐る恐る小太りの男に話し掛けた。

「なんであの船長は俺を呼んだんだ?」

 小太りの男は汚い濁声で人を罵るようにこう言った。

「さあな、それはわからん。キャプテンは理由も言わずに人に命令をする時がある人だ。まあ、人々から恐れられている海賊なだけあってあまりべらべら喋っちまったらもしかしたら命が危ないかもな」

「まあ、そう言うこった」

 痩せた男はそう言うとイアンの肩を叩いた。

「あ、そうそう。俺はポールってんだ。よろしく!そしてこいつが」

「あ?俺か?ああ、俺の名はジョーンズだ。ジョンジーと呼んでくれ」

 ジョーンズという太った男はイアンに握手を求め、イアンも握手に応じた。そしてその後にこの痩せ細ったポールという男ともイアンは握手をした。

「さあて、我らがジャン・ラフィットキャプテンのお呼びだ。急ぐぜ小僧」

 ジョーンズはイアンを急かした。

 イアンは階段を登ると船の上に立った。そして海賊ジャン・ラフィットは舵を握っていた。そしてその羽の付いた帽子はジャン・ラフィットを美しく優雅に紳士的に思わせた。顔はそこらにいる荒くれ者だが、その綺麗な服装からは彼はその紳士的な雰囲気を醸し出していた。彼にあだ名を付けるとすれば海の紳士という名が相応しいだろう。

 イアンはジャンを見上げた。ジャンが高い位置にいるせいかジャンは孤高の存在に思えた。

 イアンはブルーバイユー号の階段を慌ただしく登ると、ジャン・ラフィットはイアンをじっと少し笑顔で見た。少しばかりの恐怖心がイアンには無いわけではなかった。

「久し振りだイアン。まず腹を空かせたろう。チーズをやろう」

 ジャンは皿に乗せてあるチーズをどこからともなく取り出し、イアンに上げた。イアンはその事を言われると急に腹が減った。そしてチーズを味わいながら美味しそうに食べた。チーズ一つだけだが、それだけでも腹は満足だった。

 イアンはじっとジャンを見た。またジャンもイアンを笑いながら見ていた。恐らく内心楽しんでいるのだとイアンは思った。

 イアンは全身に緊張が走り、汗がじわじわの出た。

「お前は黄金の山を見てみたくないか?」

「黄金の....山?」

 イアンはほんの少しの声を出した。

「そうだ。海賊の目的は宝、もとい黄金の山を見つけ、それを自分の物にすることだ。恐らく誰もが一度はそう考えるだろう。そうだよな諸君?」

 その瞬間、ブルーバイユー号からは怒鳴り声のような声が上がった。

「少なくとも俺らはそう思ってる」

 ジャンはそう言うと豪華な帽子を頭から外し、身を低くした。

「君の本名はなんだ?」

「イアン・ジョンストン....」

 ジャンは咳払いを一つした。

「では、イアン・ジョンストン。君はこのラフィット海賊団へ入る気はないか?」

 ジャンのニヤリとした笑顔にイアンは何か裏があるように感じた。そしてやはりこの男は宝の地図の事を知っているのではないかと思った。そしてそれと同時にイアンはラフィットにつこうかと思った。それというのも一人で小船に乗りながら宝のある島を見つけることはできないだろうと薄々感じていた。その為、仲間が必要だろうと思った。そしてそれは海賊でもよかった。いや、寧ろ冒険好きの海賊の方が都合が良いのだ。

「いいでしょう。キャプテンジャン・ラフィット。私は貴方につきます」

 一瞬の静寂が流れ、そして声はどこまでも大きくなった。

 ジョーンズがイアンの肩を叩き、大きな声を上げた。

「野郎共‼︎朝から俺達の新しい仲間にラムを交わすぞ!」

 辺りは声と声がぶつかり合って自分の声も聞こえない程だった。イアンはふとジャンを見るとジャンも満更でもない様子だった。

 ラムのせいで男達は笑い合っていた。

「船長もどうぞ!」

「ああ」

 ブルースがジャンにラム酒を飲ませていた。イアンは彼の紳士的なイメージが少し変わった。だが、海賊という言葉を思い出すとジャンが紳士的なのも頷けた。彼は酔っ払うことはないのだ。

 イアンはこの雰囲気についていけなかった。その時、ジョーンズとポールがラム酒を手に持ち、イアンの背を軽く叩いた。

「どうした?お前が主役だ。お前が一番盛り上がらねえといけねえんだ。ほら、ラムだ。飲んだことはねえとは言わせねえら、ほれほれ」

 ジョーンズからラム酒を渡され、イアンは困惑気味だった、らそしてその不安から晴れたいと思いジャンの方を見た。

 ジャンはイアンの目が合うと手に合った酒を口に入れる仕草をした。

 イアンはそれを見て覚悟してラムを口に入れた。しかし思った程ではなかった。だが、海賊がラム酒を飲む理由がわかった気がした。イアンはそのままラム酒を飲み干した。

「すごいぞイアン。さすが!」

 ポールはイアンを褒め称えた。

「みんな!イアンは俺らの大事な大事な仲間だ。どんどん酒を持ってこい‼︎」

 ジョーンズの言葉はあまり悪い気がしなかった。そして皆ほとんど朝から酒を飲み交わしていた。酒を飲んでいない海賊といえばブルーバイユー号の帆の柱で望遠鏡を覗いている見張りと思われる海賊だけだった。

 酒はイアンを良い気分にした。その時、キャプテンのジャンがイアンを呼び掛けた。

「なんだ?キャプテン」

「ちょっと来て欲しい」

 そう言ってジャンは先を歩き、その後ろにブルースがついていった。

 歩いて行って着いた場所は倉庫のような場所だった。

「ここはかつて俺達が倒した敵の武器を保管してある所だ。お前もわかっていると思うが、海に出るといつどこで急に敵が俺達を襲ってくるかわからない。だからイアン、君には武器を携帯してもらいたい。好きな武器を選べ」

 倉庫の中は剣が数十本、銃が数百挺程あった。イアンは剣や銃を一つ一つ触れながら選んだ。

 その結果、イアンは剣を一本、銃を一挺、ピストルを一挺選んだ。

「汚くて古い物だが、倒された海賊の命や思いがこもっている大事な物だ。傷がつくことは許すが、傷つけることは絶対に許さないからな」

 その瞬間、イアンの体は一瞬にして氷が全身に行き渡ったように冷たくなった。

「わかった....」

 イアンはすっかりたじろいでしまった。

 そして三人は再び船上へと立った。風は先程よりも強くなり、ブルーバイユー号は進んでいるように感じた。

「あ、そうだ」

 イアンはそう呟くとジャンと目を合わせた。

「キャプテン、俺はこの船で何をすればいいかな?」

 ジャンは無言でイアンの目を見ていた。まるで体の中、そして心まで見透かしているようだった。

 だが、ジャンの言葉は次のような言葉だった。

「今は何も目的はない。船でのお前の行動は自分の好きにしてくれら、目的が欲しかったら自分で作るのも手だ。作るのが無理だったら仕事のある奴と行動をしろ」

 イアンの失望を横目にジャンは舵をブルースから変わって握った。

 イアンは階段を降りて酒を飲みまくっているジョーンズに声を掛けた。

「なあ、ジャンジー。仕事って何かないか?」

「仕事だあ?今は何もねえな。こうやって酒を飲み交わすだけよ今はな」

 ジョーンズはそう言って汚い濁のある声で笑った。

「そっか」

 イアンはそう言うと贅沢にブルーバイユー号からカリブ海を見渡した。

 ブルーバイユー号は今、北西の風に吹かれ、その方へと進んでいた。

 行き先は風が決め、ブルーバイユー号は今、目的も無しに冒険をしていた。

 ブルーバイユー号が進むたびにできる小さな、ほんの小さな波をイアンは見つめているように見ていた。そして自分に見えない小さな不安を覚えていた。自分は今、海賊なのか。あんなことを言っておいてイアンは不安で不安でしょうがなかった。

 イアンはその場所に飽きると別の場所から海を眺めた。だが、不安は全く心に残っていた。ふとブルーバイユー号が悪いような気がした。静かに海を眺めようとしても海賊共がうるさく心に落ち着きを保てなかった。

 イアンは牢屋へ戻りたいさえ思った。その方がかえって落ち着けるように思えたのだ。

 イアンがそう思って船の中へ入ろうと思った時、どこからか声が聞こえた。最初は海賊の言葉で自分に向けられたものではないと思っていたら、だが、何度も読んでいる声がして、呼ばれて返事もしない奴が誰なのか気になり、海賊達を見ても奴らも全く構わずにラム酒を飲んでいる。

 声は上の方からした。イアンは上を向いて見ると、先程から声を上げていたのは宴会に参加していなかった見張りの海賊だった。見張りの海賊はイアンが空を向くと怒ったように罵声を浴びさせた。

「このクソガキ、人の話を聞け!ったく。おいこっちへ来い!」

 イアンは見張り台へ行くのは高さの恐怖とその海賊の恐怖で行きたくなかったが、行かないとどんな罵声を浴びさせられるかはわからないので、帆の横のネットを使い、見張り台へ登った。

 見張り台には望遠鏡を手に持った男がいた。髭は他の海賊と違って全く無く、鋭い目つきでイアンを睨みつけていた。イアンはその目を見た瞬間、全身の毛が飛び立つような感じを覚えた。

 海賊はニヤリと笑って話し出した。

「よく来たな小僧。まあ、座ってくれ。海でも眺めながら楽しい話でもしようじゃねえか。なあ、海は好きか?」

 イアンは嫌いじゃないと答えた。

「それは海が好きってことだな。俺も海が好きだ。海が好きじゃなきゃ海賊なんかじゃなくてただの商人でもやってるさ。まあ、ここには海以外にも冒険や財宝が好きな奴らがいてな。そりゃあもう、汚い奴らだよ。堕ちる所まで堕ちたクズさ」

 男はそう言って豪快に笑うと海を見て急に笑いを止めた。

「綺麗だろ?海と俺はなずっと小せえ頃からの親友だ。財宝よりも綺麗なものがあるとすればそれは俺にとっては海だな。この地球の一番大きい財宝さ」

「あんたは宝より海が好きなんだな」

 イアンは落ち着き払っていた。彼の話を聞いている内に恐怖は無くなった。

「ああ。だが、宝も大好きさ。ただ俺は酒が飲めねえんだ。だから下の奴らが騒いでいても俺はそこには入らねえ」

「下には降りるのか?」

「いや、基本は降りるこたぁねえなあ。あるとすりゃ誰かが俺を呼びつけた時と戦いの時、それと天気がよくない時だな」

 男の腰には剣と銃があった。そして剣は古くて汚かったが、この男の剣に対する情を感じられた。それに比べて銃は何故か新しく綺麗だった。

「海は綺麗だ。下からじゃ眺めに困るだろ?この船はそこんとこをよく考えてねえのさ。だから海を見つめたかったらここに来い。いつでも歓迎するぜ」

 男は握手を求め、イアンはそれに応じた。

「俺はジョー・ヘンリーだ」

「俺は....」

「おっと言わなくていい。イアンだろ?確かイアン・ジョンストン」

「そうだ」

「よし、じゃあお前は今から友だ。一生のな」

 ジョーは大層機嫌が良かった。

 それからイアンはジョーと共に見張り台から海を眺めた。

 日が沈むと海は闇となった。料理番が肉と酒を海賊達に渡していった。イアンは料理を見ると急に腹が減っていたのを思い出した。

 周りを見るとジョーンズやポールはもう自分の食事に手をつけていた。いかにも海賊らしい行為だった。

 イアンは肉を口に入れた。イアンは肉に少々の不安を感じていたが、思った程、肉は不味い物ではなかった。安心して食べられると知ったイアンはあっという間に肉を平らげてしまった。なんの肉かはわからなかったが、味は良かったので恐らく食える物だろうと思った。

 そして酒はちびちびと飲んでいた。そして酒に満足するとそれを近くにいたジョーンズにあげた。

           ・

その頃、ジャンは自室で読書をしていた。海賊としての生き方を見失っている彼はさまざまな冒険小説を貪り読んだ。ただ、どれもこれも夢のような物語でジャンは楽しめなかった。その時、扉を叩く音が聞こえた。

「ジャン?入るわね」

 バイオレットはそう言って自室へ入っていった。

「食事を持ってきたわ」

「ありがとう」

 ジャンはそう言いながらも本ばかり読んで食事に手をつけようとはしなかった。

「食べないとその内飢え死にするわよ」

「今は別にいい」

 ジャンは冷たくそう言った。

「いい訳ないでしょ!ほら、食べなさい」

 バイオレットは女らしくジャンを叱った。

「ほら、食べて。貴方はまだこの船の船長でいてもらうのよ」

「わかった。食べるよ」

 ジャンはそう言うとガツガツと肉を口に入れ始めた。彼は肉の味を味わうと急に食欲が増し始めた。

 バイオレットはジャンのあまりの食べ方に心配をしていたが、どうすることもできなかった。彼女はただ、勢い良く肉を食い、ラム酒を飲んでいるブルーバイユー号の男を見る他なかった。

 ジャンは食事を終えると再び本を手に取った。その姿にバイオレットは疑問を投げ掛けた。

「ジャン、どうして貴方本なんか....」

 彼女はそれ以降は怖気ついてしまい言葉を出せなかった。

「俺は今、生き方を探している」

「生き方?」

 バイオレットはいかにも不思議といった表情をした。

「ああ、そして俺に生き方を考えさせてくれたのはお前なんだ」

 バイオレットは驚いてしまった。何かこの偉大な海賊の人生を変えてしまうことに対して恐怖さえも感じた。

「お前が昨日、俺に海賊としての生き方を考えさせてくれたんだ。そしてイアンやブルースにも海賊というものを学んだ。だから学ぶ為に本を読んでいるんだ」

 バイオレットすっかりおかしく思ってしまった。そして偉大な海賊も海賊としての生き方を忘れることに滑稽さが合わさった。ここまでくるとジャンは海賊に憧れを持っている子供のようだった。

「ジャン。貴方は今のままでいいのよ。だから本を置きなさい」

 だが、ジャンは本を置きはしなかった。

「いや、俺は今のままじゃだめだ。海賊らしさを追求する為に」

「このままじゃ海賊じゃなくて学者になるわよ!」

「うるさい!」

 そして次の瞬間、ジャンは自分の失言を恥じ、そして後悔をした。

「なあバイオレット。俺は昔、できたことが今はもうできなくなってきている。歳のせいか、俺が知らず知らずのうちに変わっている。目的を無くしている」

「無くしているなんて嘘よ」

 バイオレットは力強く言った。ジャンは心が冷たくなる感じがした。

「貴方は目的を無くしたんじゃなくて現実を見たのよ」

「俺は夢を見ていたのか?」

「海賊になる人は皆夢じゃなくて現実を見ているのよ。もちろん貴方もね」

 ジャンはバイオレットの言葉が一瞬だけ暗く何も見えないように感じた。だが、次第に彼は理解をした。

「つまり俺の目的は夢ではないということか」

「そうよ。でなければあんなに仲間は集まらないわよ」

 そういうバイオレットの顔は海賊のような強さがあった。そしてジャンは自分を恥じた。

 ジャンは本を本棚に戻した。

「バイオレット!次の目的を見つけたぞ!最終目的の為の短期目的を」

 ジャンは若者のような喋り方だった。

「まずは酒だ。バイオレット、酒を飲もう。海賊らしくするには酒だ。こいつがいなきゃ海賊なんて悪行はやってられんからな」

「それと、お宝もね」

「そうだそうだ」

 ジャンは笑いそう言った。そして二人は目が出る直前までラム酒を交わしていた。

           ・

 次の日、イアンは朝早くからジョーの元へ行く為、見張り台へ登っていった。

 天気は雲も多いが、晴れたといった所だった。

 ジョーはどこか遠くを望遠鏡で見ていた。彼はイアンの姿に気づくと気前の良い笑顔をイアンに向けた。

「よお、イアン。今日もまあまあ良い天気だ。今の所、船も見当たらんし、今日は人を殺さずに済むかもな」

「ジョーも人を殺すのか?」

 イアンは疑問を感じた。

「ああ、俺も一人の海賊。人を殺すことぐらいはある。お前にも教えてやるよ」

 ジョーはイアンを信頼したからこの言葉が出たのだろうが、イアンは少し困った。

「いや、いいや。俺は人は殺したくないんだ」

「何言ってるんだ?そんなの海賊なんて呼ばねえぞ」

「でもキャプテンは人を殺すことは少ないって聞くぞ」

「あの人はそうやってこの海に名を馳せているからな。手段は選ばないが、無駄なことはしないんだ。それと滅法の女好きさ」

 ジョーはそう言いながら顔をジャンの方に向けていた。

「それでどうだ。牢屋の生活ってのは?」

 イアンは少し嬉しそうに答えた。

「ああ、それなら昨日から海賊の....ジャン・ラフィットの部下になったから俺はまともな所で寝かせてもらったよ。でも、船の中の暗い所だけどな」

 イアンの若々しい顔はジョーの気を良くした。そしてその様子をジャンは下から見て、イアンに安心していた。

 それから二日間は何事もなく過ぎた。

 酒も量を少し増やし、ジョーと共に見張り台で見張りをしながら、海を眺めたり風を感じたりとのんびりと過ごしていた。

 だが、海賊っていうのは突然ガラリと変わってしまうものだった。

 イアンがこの船に来てから六日目のこと、ブルーバイユー号内は僅かな騒めきで溢れかえっていた。

 東には海賊船が確認されたのだ。イアンは体が震え始めた。

「大丈夫だイアン。お前にはあの時の辛い事が思い出すだろうが、何も心配ない。お前はここにいろ!「

 ジョーはそう言うと紐を使って一瞬の内に下へ降りていった。

 相手の海賊船をイアンは望遠鏡で覗いた。そこには船長と思われる男と眼帯をした部下らしき男が写っていた。

 その頃、ジャンは敵の船を確認すると部下全員に戦う準備をするように大声で言った。

「一体奴らはなんだって俺の船を狙っているんだ?」

 ジャンは呟いた。そしてジョーが降りてくる姿を確認するとジョーを部下達の一番前に行かせた。

「ポール!大砲準備‼︎」

「了解船長!」

 ポールはいつでも大砲を打てるようにしておいた。

 そして船は段々とブルーバイユー号に近づいたら。

 そしてジャンは叫んだ。

「撃て‼︎」

 大砲のでかい音が辺りを鳴り響き、戦いが始まった。

 その瞬間、銃が一斉に撃たれた。そしてブルーバイユー号も相手の船に近づいていた。

 ジャンも戦いに参加するようであり、船の先頭にジョーといた。そしてある程度、近づくとジャンとジョーを初め、ラフィット一味は敵の船へ入っていった。

 ジャンは襲い掛かってきた三人を一瞬で倒し、ジョーはその倍の人数を一瞬に倒していた。

 これから見てもブルーバイユー号の海賊が優勢なのは明らかだった。

 ラフィット側も少なからず血を流したが、それ以上に相手は血を流していた。

 ジャンは自分に迫りかかってくる敵を倒しながらどんどんと敵の船長の方へ進んでいった。

 敵の船長は顔を苦しめて、覚悟を決めたらしくジャンが目の前に来ると剣を持ち、ジャンに襲い掛かった。

 すぐさま二人は戦いになった。剣の音が金切り音を出している。

「待て、まず聞きたい事がある」

 ジャンが剣を使いながらそう言うと、敵の船長は嫌な、不快な笑いをした。

「ほお、身に覚えがないのか?」

「ない」

「貴様、隠すな!宝の地図を持っているんだろう」

 敵の船長は怒りで髪の毛が逆立つようだった。

「宝の地図?誰が持ってるんだ?」

「お前だ」

「名前は?」

「ジャン・ラフィットだ」

「ジャン・ラフィットってのは俺のことじゃないか?」

「そうだお前だ。お前がスペインの商船を襲って宝の地図を奪ったってことをもうこの海で知らん者はおらんぞ!」

 ジャンはその言葉を聞いて咄嗟にイアンが浮かんだ。そうか、イアンは....。ジャンは少し考え事をしていた。

 そして次の瞬間、敵はジャンに掛かった。ジャンはそれをギリギリの所で交わした。

「ラフィット、地図をこの船に置いてけ!さもないとお前の命はない」

「俺の命が欲しけりゃやる。だが、これ以上争っても無駄だ。俺はお前を殺したいわけじゃない」

「もしかして怖気付いたのか?」

 敵は不快に挑発をした。ジャンはそれを子供の戯言と思い、黙っていた。

 海賊はジャンに掛かった。ジャンはそれより先に剣で足を狙い、見事に敵は足を失った。

 敵は痛みの叫びを上げた。海賊のようでもあり、またそうでもないようなその下品な声は彼らを自分達よりも下の存在だと思わせた。

 船長の苦しむ姿を見て、ジャンは剣を閉まった。

「お前ら帰るぞ。ここにもう用はない」

 部下達の野太い声と共に男達は歩き出した。敵は一歩も動かなく、動かないと言うよりは動かない様子だった。

「あ、そうだ」

 ジャンはそう言うと近くにいた敵に酒を貰っていくと言った。

「命はいらん。自分に危険がないとか以外は殺めたりはしない」

 ジャンはそう言うと再び大声で酒を貰うように命令した。

 そして大量のラム酒。それと食料がブルーバイユー号の中に持ち込まれた。

 これでしばらくは食糧難にはなることはなさそうだった。

 ジャンはブルーバイユー号に戻る時にある考え事をしていた。それは自分の大きな夢を叶えられるかもしれないことであった。

「イアン、少しこっちへ来い!」

 ジャンは見張り台に向かって叫んだ。ブルーバイユー号は再び風の吹くままに進んだ。

 イアンはのろのろと慣れないせいか船の上に降りるのに時間が掛かった。

「聞きたいことがある」

 イアンがジャンの目の前に来るとジャンはそう言った。

「なんでしょうか?」

 イアンは礼儀正しく、紳士のように言った。その声の重みと緊張には覚悟があった。

「単刀直入に言う。宝の地図を持っているであろう」

「はい」

 イアンも淡々と答えた。

「黙っていて申し訳ないと思います。ですが、俺もあんたに宝の地図のことを言おうと思っていました。もし、宝を本気で見つける気があるなら俺一人の力では絶対に無理です。そこであんた達の力が欲しいと前々から思っていました」

「そうか」

 ジャンもまた紳士らしく振る舞った。

「イアン、一つ俺達と力を合わせてみないか?」

「いいでしょう。そしてもし宝を見つけた時の分け前はどうしたらいいでしょう?」

 ジャンは部下達の方を見た。

「宝はどれくらいあるのだろう?」

「俺は見たことも無いし、地図にもそんなことは書いてないが、父は街が一つ買える程と言ってました」

 海賊達が下品な声を上げた。ジャンは部下に叱咤をすると静かにこう言った。

「俺らは半分でいい。もう半分はお前のだ。それでいいか?」

 その言葉に不満の声を上げる男もいた。だが、ジャンはただ無視をしていた。

「はい、いいでしょう」

 二人は握手をした。

「夢が叶いそうだ。ありがとうイアン」

 ジャンは心の底からイアンに感謝を口にした。

 そしてジャンは敵の船長の言葉を思い出し、考えた。

「すると、あの男もまさか....」

 ジャンはいささか心に不安を覚えた。

 それと同時に、気分が高まっていくのもジャン自身は知っていた。

 イアンが手に持っている宝の地図はこれからの冒険を左右するのだった。

「ところでその宝の地図を見せてくれないか?」

「いいよ」

 イアンはポケットから小さい紙切れを取り出し、それを広げた。そしてそれは宝の地図だったのだ。

 地図には一つの島が描かれていた。真ん中には大きな木があるようで、この島の中に宝が隠されているようだ。そしてこの宝を隠したのはなんと、かのキャプテンキッドなのだ。伝説の財宝を我が物にできると知れば世界中の海賊がジャンの所にやってくるのも頷けた。

 そして西側に一つの入江があり、どうやらそこが宝がある場所の入口らしいのだ。そしてもう一つ入口は様のどこかの穴にあると書いてあった。

「ふうむ。なるほどな」

 ジャンは地図を見てそう呟いた。

「場所はわからないのか?」

「ああ、それはわからない。だからこの島を見つけたと言う話は一度も聞いた事がない」

 イアンは顔を難しくしていた。

 ジャンは地図を目が飛び出そうな程、じっと睨んでいた。そしてその顔が一瞬、滑稽に見えたと同時にジャンは空を見上げた。

「わからん」

「あんたでもわかんないのか?」

 ジャンはその言葉には答えなかった。時間というのは彼にはなかった。

 ジャンはすっと立ち上がるとイアンに地図の所持の許しを得て、船内へ入っていった。

 自室へ戻るとバイオレットを呼びつけた。

 バイオレットら赤いドレスを着て、胸の谷間を露出させていてなんともエロティックだった。

「バイオレット。君はこれが何かわかるか?」

「簡単よ。宝の地図よ」

「正解だ。お前、まるでそれを知っているみたいだな」

 ジャンが驚きの様子を見せると彼女は鼻を少し高くした。

「貴方にしては嬉しい事言ってくれるじゃない。普段からそんな御世辞が言えれば貴方ももっと愛人が増えたのにね」

「やめてくれ。そんな皮肉は」

 ジャンは顔をしかめた。彼の紳士的な雰囲気は今は微塵も感じられなかった。

「俺が愛する女はお前だけだ。バイオレット!何度も言っているじゃないか」

「だって貴方は浮気をするじゃない」

 バイオレットの気迫はジャンをも震えさせた。ジャンはしばらく動かずバイオレットの胸元を凝視していた。

「あ、ああそうだ。それで宝の地図の事なんだが....」

 ジャンは話を逸らした。バイオレットはむっと不快な表情を浮かべたものの話は元々宝の地図のことだったのだと思い出し、特にジャンには何も言わず、ジャンはほっとした。

「バイオレットはこれを見て何かわかることは無いか?」

 バイオレットはじっと地図を凝視していた。まるでその地図の中に宝があるかのように。

「これはなんて書いてあるのかしら?」

 バイオレットはある文字を指した。

「これは中国の文字さ。例えばこの一番大きな『宝島』と書かれている字。これはTreasure Islandと書かれているんだ」

「貴方は中国の文字が読めるの?」

「これでも世界中の女を愛したんだ」

 バイオレットの表情を見てジャンははっとして今は君だけを愛してると付け加えた。

「どうやらこの大きな木が目印なようで、他にこの場所がわかることは何もない」

 ジャンは諦めたように言った。だが実際はやる気にジャンは満ち溢れていた。

「そしてこの入江が入口なんだ。そしてもう一つこの島のどこかにあるらしいんだが、そんなのを見つけるよりこの入江から入った方が楽だろう」

 その時のジャンの笑った顔はどんな悪党よりも悪党であった。バイオレットはジャンにいささか変な感情を覚えた。

 ジャン・ラフィットは紳士である前に一人の海賊である。バイオレットはその事を思い、ジャン自身もそんな事を思っていた。

 一口ラム酒で喉を潤すとバイオレットは優雅でなくなった部屋を出ていった。

 バイオレットが部屋からいなくなるとジャンは再び宝の地図を見てみた。そして船長帽を取り、服を一枚脱ぐとベッドに横になった。狭っ苦しく感じる部屋でジャンは閉じ込められる苦しみを味わいながら宝の地図の島を頭の中で思い描いて自由に浸っていた。そして彼は眠りについた。

           ・

次の日の朝、ジャンはまず起き上がると服を着て、船長帽を被り、剣と銃を二挺とある物を持ち、昨日の夜から狭っ苦しく感じていた海賊の匂いがする部屋を飛び出し、船の上に立った。

 見張り台を見上げ、綱を使って登り、見張り台まで来た。

 ジョーの姿を見るとジャンは軽く挨拶をした。そしてジョーの隣で眠っているイアンの姿が目に入った。

「これはどう言う事だジョー?」

 ジャンは自分なりの船長らしさで言った。

「何って、イアンが俺の隣で寝ているだけだよキャプテン」

 ジョーはあぐらをかいて座ったままジャンを見上げていた。

「まあいい、それより伝えたいことがある。そのイアンが持っていた宝の地図に書かれている島のことなんだが、なにぶん場所が書かれてないもんでな。そこでお前にはその島の形を覚えてもらって見つけ出してほしい」

 ジャンはそう言ってジョーに宝の地図を渡した。

「なあ、一ついいかキャプテン?」

「なんだ?」

「イアンに戦い方を教えさせてほしい」

 ジョーはそれだけ言うとジャンの目を外した。

「俺がか?」

「違う俺だ。これからは恐らく今以上に色んな敵がやってくるはずだ。だからイアンにも自分を守らせる為に教えてやりたいんだ」

 ジャンはジョーの見窄らしい姿に同情的な目をやった。

「俺は構わない。だが、これはイアンの意志に従え。イアンが承諾したら、あとはお前達に任せる」

「ああ」

 ジョーがそう言うとジャンはそこから姿を消した。

「イアン、起きろ」

 ジョーは仰向けに気持ち良さそうに眠りに付いているイアンを起こそうと声を掛けた。イアンは少しだけ体を動かし、再び眠りに付こうとしたが、起こそうとする声がジョーの声だとわかると飛び起きた。

「おはよう。良い朝だろ?良い夢は見たか?」

 ジョーは薄気味悪く笑いながら言った。

「良い夢じゃなかった。覚えていないけどら嫌な夢だった」

 イアンの言葉にジョーはあまり関心を示さないようだった。

 ジョーは起きたばかりのイアンの顔をじっと見据えてこう言った。

「いいかイアン、よく聞くんだ。お前も知っていると思うが、敵は今、俺達を狙っている。何故かわかるか?そう、地図のせいだ。それと復讐の心も持っている奴もいる。だから俺らは戦いをしなければならない。俺の言っている事わかるな?イアンにも戦いに参加してほしいんだ。やってくれるか?」

 イアンはそんな気はしていたが、言葉は出さずにいた。恐怖が心を支配していた。そしてこう言った。

「無理だ....」

「そうか」

 ジョーは落ち着き払ってそう言った。

「別に無理強いをさせるつもりはない。確かに戦いは怖い物だ。怖くないと思うのは余程の馬鹿か、酒でどうかしてる奴だ。だから俺はイアンを責めたりしない。自分の意志で海賊を志した訳じゃないしな。それなのに戦いをしてくれとは俺はおかしくなっちまったんだと思う。悪いなイアン」

 ジョーの顔は所々に悲しさがあった。イアンは心が痛くなり、ジョーに悲しい思いをさせたくないのだが、どうしても自分の方が大事であったのだ。そしてそんな自分にどうしようもなく腹が立った。

 その日、イアンは名の知らない海賊に戦いを拒否した事を揶揄われた。イアンを揶揄い酔っ払う海賊とジョーンズとポールは怒り、イアンに謝罪をするように求めた。だが、海賊はただ笑っているばかりで、その内、二人の別の海賊までイアンを馬鹿にしにきた。ジョーンズとポールは今にも殴りかかろうとしてブルーバイユー号は喧嘩が始まろうとしていた。

 怒号が上がり、ブルースがこちらへ駆け寄ってきた。

「何事だ?やめなさい」

 ポールは裏返りそうな高い声で事情を言った。海賊達はジョーンズとポールさえも笑って馬鹿にした。

「お前達、いい加減にしろ!イアンだって大事な仲間だ」

「何が大事な仲間だ?こんな奴、ただの人質に過ぎね....」

 その時、そう言っていた海賊は殴り飛ばされていた。そして殴ったのはジョーだった。

「野郎‼︎」

 殴られた男はジョーに飛び掛かったが、全く敵う事はなかった。

 もう二人はジョーに睨まれると駆け足で逃げていった。

 事態はそれで収まったが、イアンはブルーバイユー号と自分に大きな溝がある事を頭から足の先、体全体に感じた。

 ジョーはイアンを疑問的に見て、そして彼は見張り台へ戻っていった。ジョーは一言も発さなかった。

 ジョーンズとポールとブルースはイアンを気に掛け、一言か二言、何か言ったが、イアンは放心状態にあった。イアンはそのままその場を後にした。

 イアンが歩いて行った先はロジャーのいる牢屋であった。牢屋に来るとロジャーは横になっていたが、眠りについてはいなかった。

「ロジャー、起きているんだろ?」

「ああ」

 ロジャーはすごく重く聞きにくい声を出した。

「どうした、小僧」

「疎外感を味わったんだ」

 イアンがそう言うと、ロジャーはでかい声で気でも変わったかのように男性的に笑った。

「そりゃそうだおめえ。海賊じゃないお前が差別されない訳がなかろうよ。ましてや奴らに道徳はなんて物はない。なんとかしたかったらお前が変わる事だな」

「じいさんは俺が変われば周りも変わると思うんだな?」

 イアンは期待の目を輝かせながら言った。

「そんな言葉を信じるからダメなんだ。海は嘘と騙しの世界だ。簡単に言葉を信じるでない」

 ロジャーの声には気迫で溢れていた。イアンは押されていた。だが、心を軽くすると、するりと重みは紙一重で避けられた。

「それも嘘なんだろ?」

「どうかな」

「俺、自分自身を変えることにするよ。でもそれは、じいさんの言葉を信じる訳じゃない。俺が確信したんだ。俺は俺しか信じないことにした。浮かれたこの世界、誰も信じられる者がいない。父も死んだ。母もとっくの昔に死んだ。友人もいない。俺は決めたからな」

「若いなお前は。昔のあいつを見ているようだ」

「あいつって誰だ?」

 イアンは緊張を抑えながら言った。

「名は忘れた」

「じゃあ、どんな人物だ?」

「あいつは見張り台にいることが多いと言っていたから見張りだろう」

 イアンは何か心が踊るものがあった」

「もしかして、背が高くてここにいる奴らに比べれば比較的若くないか?」

 ロジャーは重々しい口調で軽く言葉を言った。

「背は高かったし、若いことは若かったが、何せ、この船にいてかなり経つが、あまりこの船の海賊を知らんのでな。比較はできんのだよ」

 ロジャーは確信的には言わなかったが、イアンはもう確信を持っていた。

「ありがとうロジャー。わかったことがあるんだ。俺、行く所があるから今日はこれで姿を見せることはないと思う」

 イアンの若々しい行動力にはロジャーもただ感激するばかりだった。

 イアンは気づいた時にはもう暗闇に姿を消していた。ロジャーはただ一人牢屋で呻きに似た声を出して横になった。汚らしい姿と共に貫禄があった。

 イアンは船の上に出た。太陽は一日の仕事を終わりにしようとしていた。イアンは急いで網を使い、見張り台へと登った。

 ジョーは夕陽を一人で静かに見ていた。そして夕陽は芸術的だった。絵画のようでもあり、建造物のようでもあった。

 イアンはジョーが自分の存在に気づいてるかわからなかったので、ジョーの姿を見上げる形で座った。

 ジョーはその姿が紳士そのものだった。夕陽の光が彼の頭をオレンジ色に変えてしまい、普段の彼とは違う気がした。性格も変わっているかもしれないと思う程だった。

 彼は一体何を考えているのだろう。イアンはジョーの表情を読み取ろうとした。

「イアンか⁉︎」

 ジョーはそう言い、振り返ったが、その姿は明らかに元々気づいていた風であった。彼は見張り台に置いてあった煙草に火を付けて口に咥えた。

 煙が一つ出る度、その煙が空に浮かんでいる雲と同化していくように見える。その光景がなんともロマンティックであり、錯覚のようでもあった。

「なんで来た?」

 ジョーの言葉に疑問はなく確信の色が隠そうとしているのがわかった。

 煙が一つ出されるタイミングを見計らってイアンは言った。

「海賊として生きようと思う」

「無理をするんじゃないぞ」

 イアンはその場を動こうとは思わなかった。ジョーの話はこれで終わりではないような気がしたのだ。

 あくまで主観だが、この船においてイアンの主観は客観であることが多い。イアンはただそれを信じていた。本能的な主観が海賊では運命を決めるのだ。

「今から少し、してみようか」

「ああ」

 夕陽が消え掛けの頃であった。オレンジ色の空は一刻と暗くなっていて不安にもなっていた。

 このような場を押し抜けようとイアンは剣を手に取った。船が少し揺れている感覚が体中を感じさせ、イアンは少し恐怖に苛まれていた。

 一方、ジョーは余裕をも見せない真剣降りだった。イアンにはジョーの強さが気迫だけで伝わった。

 小さい見張り台では自由には動かなかった。それを承知した上で、イアンはどう戦うかを考えていた。

 ジョーはイアンを待っているようだった。イアンをじっと見ている。汗一つ流れている事に気がついていない。彼の顔の皺が引き締まり、顔が強張っていた。イアンは覚悟を決め、ジョーに剣を向け、ジョーを斬ろうとした。

 だが、ジョーはイアンを倒した。当然の事だった。

 イアンの剣よりも早く、ジョーはイアンの剣をイアンの手から離した。剣は見張り台から落ちた。イアンは心臓が嫌な音を上げたが、幸い下には人がいなかったりそしてその反動でイアンは足元に倒れた。

「まだまだだな。悔しいか?ならば立て、ここで立たなきゃ俺はお前を殺すかもしれない」

 イアンはそう言われ立ち上がった。そしてジョーを睨んだ。

「殺されるのが怖かったのか」

「違うさ。ただあんたにもだと教えて貰いたいだけだ」

「さっきまでとは大違いに変わったな。何があったかは知らんがなイアン。そうそうと強くなれると思うな」

 ジョーは厳しくイアンには指導を行った。今のイアンにはジョーの顔、声、匂いなどが恐怖に変わっていった。

 そして夜の真っ只中に指導は終わった。

「お疲れさん。よく眠りな」

 ジョーはそれだけ言うと座って目を閉じた。するとすぐ寝息が聞こえてきて、ジョーは眠ったのだと思った。

 イアンはそのまま夜の海を見つめた。波の音と波の風が同時に肌と耳に伝わってきてイアンの体をくすぐったような感じがした。鳥の声が聞こえてはいるが、姿は夜のせいで見えなかった。

 孤独はな気がした。昔の仲間とはとう会えないだろう。

 イアンは少し涙ぐんだ。

「この海は無限大だ。そのどこかに宝の島があるはずなんだ....」

 その次の日もイアンとジョーの剣のやりとりは続いた。イアンには実感はなかったが、ジョーによればイアンは少しずつ剣の扱いが良くなっているらしかった。

 それから毎日、イアンはジョーと剣を重ね合った。そして時にはジャンや他の海賊も交えて修行することもあった。そんな時、イアンは感謝の気持ちと共にプレッシャーが体中に響き渡った。

 数日が経ったある日のこと、この日はジャンを入れた三人で修行をしていた。そして修行が終わり、汗だくで横になっていたイアンにはジョンが近寄った。

「強くなったなお前も」

「当然だ。俺は誰よりも努力してんだよ」

 ジャンが差し出した手をイアンは握った。だが、握っただけで立ち上がりはしなかった。

 その夜の事、イアンは見張り台でジョーの寝息を聞きながら海の音を聞いていた。

 ここ最近、ジョーと感を手に持つようになってからは雨の日でも見張り台にいること増えてきた。そしていつも寝静まっている時に夜の海を眺めるのだ。それが今のイアンの唯一の癒しだった。

 青色の中に白色が広がる。

 イアンは暗い海に映る月の光を楽しんでいると、月とは違うものが一瞬だけ光り、怒号が鳴った。

 それは大砲の音であり、海賊船がブルーバイユー号を襲うということだった。

 先程の音でブルーバイユー号の海賊が船の上に出てきた。ジョーも目を覚ましたが、状況が飲み込めていないようだった。

「襲撃だ!」

 イアンが力強く叫んだ。

 イアンの声で海賊達の目は変わった。帆が張られ、ジャンは舵を握っていた。

「行くぞイアン」

 ジョーは当然のことのように言った。

「ああ」

 イアンは待ち焦がれたように言った。実際、待ち焦がれている所がイアンの心にはあった。

 二人は見張り台から船の上に降りた。ブルーバイユー号には先程までの静けさはもうなかった。

「生きてこよう。イアン」

 ジョーは敵の船を見つめながら言った。

 イアンはジョーの言葉に応じながらジャンの指示を待った。

 ジャンは青い顔をしていた。海賊達はそれを見て、この戦いはいつもとは違うのだと思った。

「船長!どうかしたんですかい?」

 ブルースはジャンを心配し、自分までも顔を赤くした。

「いいか、お前達!これから始まる戦いは今までのとは違うはずだ!何せ敵はロバートスターキーなんだからな」

 その瞬間、周りは見事に氷付いた。

 それもそのはず、ああ、ロバートスターキー。その名を聞くだけで恐ろしい。彼の名をこの海で知らない者はまずいない。黒髭が復活したような男。ある噂によると黒髭の生まれ変わり、また黒髭本人と言う奴までいる程。だが、実際はロバートスターキーは黒髭以上に残酷で道徳が無い男である。

 ジャンとは昔っからのライバルで何度も殺し掛けたり殺され掛けたりした仲である。

 ジャンの血は頭まで登り、舵をブルースに任せて、船の前に来た。

「野郎共。もしかしたら今日を最後にラフィット一味は終わるかもしれない。だが、俺らは死ぬ時まで海賊らしく、また美しく死のうじゃねえか」

 怒号に似た声が船から発せられた。

 イアンも死を覚悟して、ジャンの背を見つめていた。

「すまんなイアン。いきなりあいつなんて」

「構わないさ。いや、寧ろ俺は今、死が楽しみでしょうがねえ。おかしくなっちまった」

「本当だな」

 ジャンはそうは言ったが、イアンをおかしいとは思わずにいた。

 船と船は段々と近づいていった。ポールは既に大砲をいつでも撃てるようにしていた。

 ジャンは左手で待てと言い、誰よりも前に出て、目の前にあるどでかい船を見ていた。

 そしてある程度の距離まで来ると、船は止まった。

「まずは話し合いをする。俺が良いと言うまで何もするな」

 ジャンはそれだけ言い、大声で敵にこう言った。

「ロバートスターキーはいるか?いや、いるだろう。出てこい!怖気付くやつな奴ではないはずだ」

 ブルーバイユー号の海賊はヒヤリとしてジャンを見ていた。

 そして船の先頭に一人の髭の生えた大男が出てきた。目には眼帯をつけすぐ近くには同じく眼帯をつけバンダナを巻いた犬がいた。

「よお、ジャン・ラフィット!聞いたぞ。お前が宝の地図を持っている話をな。だから奪いに来た。中々苦労したんだ。お前の船を見つけるのに。ここでお前が素直に宝の地図をくれりゃあ。戦わずに済む。どうだ?」

「勿論だ」

 ジャンもロバートもニヤリとした。

「そうかそうか。ではできればお前とは戦いたくはなかったが、無理矢理奪うとするしかねえな」

「俺だってお前みたいな恐ろしい奴とは戦いたく無いさ。だが、この地図は誰にもやらん」

 ジャンは友好的に言葉を交わした。

「ポール!大砲を下げろ」

「え⁉︎だけど船長....」

「いいから」

「わ、わかりやした」

 ポールはしぶしぶとした表情をしながら大砲を下げた。辺りはジャンを不可解な目で見ていた。

 ジャンはロバートに叫んだ。

「これで戦わないことを証明した。話し合いで終わらせようじゃないか」

「....面白い。お前達!大砲に手をつけるな」

 ロバートがそう言うと部下達は大砲から手を離した。

「いいじゃないか!俺達が争ったら海が終わるかもしれないからな」

「ラフィット!地図を買い取るってのはどうだ?いくらで譲る」

 ロバートは手を広げて返答を待っていた。その姿が道化のように見えた。

「実に滑稽な話だ。いいかスターキー!俺はいくら貰うとしても絶対にやらん。わかったらさっさと消えろ!」

 ジャンの言葉にロバートは大笑いをした。ジャンには何がおかしいのかわからなかった。

「ラフィット。十日後にトルトゥーガ島のラムという酒場に行け。それまでに決めろ。譲る気がないなら海が荒れるだろうな」

「いいじゃないか荒らしてやろうぜ!そしてそこに待っているのは死だ」

「ああ、死。死とは美しい響きだ」

「お似合いさ」

 ジャンはそういうと下がり、舵を握った。

「ではスターキー一味に告ぐ。また会おう。十日後にな」

「良い知らせを待っているさ」

 ジャンはブルーバイユー号を風の導くようにした。そして部下を見つめ、こう言った。

「十日後までに覚悟という覚悟をしておけ!これが我々の最期になるかもしれん」

 この言葉には死が含まれていた。海賊達はいつもと違うジャンを不審に思った。

 すると一人の海賊がジャンにこう言った。

「なあ、船長。今度の戦いには負けるかもしれねえんだろ?」

「絶対に負けるとは限らない。だが、勝てるとも限らない」

 ジャンのその言葉に確信は無かった。

「俺、死ぬのは怖いんだ船長」

「そんな意気地無しだったのかお前は」

 その言葉に海賊は苦しい顔をした。

「そうかもしれねえ....」

「出て行け!仮にも海賊が死を恐れてどうする?」

「悪いが世の中あんたみてえな考えばかりじゃないんだ」

 ジャンは怒りが表へ出た。

「なんだとお前!殺してやる」

「やめてください船長‼︎」

 ブルースが必死にジャンを取り押さえた。

「それにお前もなんてことを言うんだ!今まで一緒に過ごした仲間じゃないか」

「悪いな副船長。それにこの考えは俺だけじゃないんだ」

 彼がそう言うとこの海賊を背に十人程の男がぞろぞろと集まってきた。

「この海賊団にこんな考えを持つ奴らがいることを知って欲しい。船長が出て行けと言うなら出て行くさ。どうせ地図を渡さないんだろ?死ぬのはごめんだ。俺はキリスト信者なんでね」

 ジャンは男達に出て行けと怒鳴った。

 イアンはこんなに怒り狂うジャンを見たのは初めてだった。

 そして男達は小さなボートを使ってブルーバイユー号を後にした。ラフィット海賊団は十一人の仲間をこうして失った。

 そして夜明けが来た。ジャンを始め、ほとんどの海賊は眠ることを忘れていたので再び眠りに入った。だが、見張り台にいるジョーとイアンは眠らずに海を眺めていた。

「キャプテンだってな本当は死を恐れているはずなんだ。そうじゃなきゃあんなに真摯に振る舞えないからな」

 ジョーの声には重みと静けさが感じられた。

「わかってる。キャプテンがおかしくなったのを俺はこの船に入った時から見たことない。だからおかしい人ではない。死を恐れているに違いないんだ」

 のどかな時だった。空は青く風は冷たいが気持ち良かった。風から爽やかな匂いが感じ取れた。

「俺だって死は怖いさ」

「なんとなくそんな気はしていた」

「怖すぎて、落ち着いたら死ぬのが面白くなった時があってな。あの時、俺はきっとおかしかったんだと思う」

 静けさはうるさく流れた。

「ささ、修行をしようイアン。敵はいつやってくるかわかりゃあしないんだ」

「ああ」

 この時に身につけた物はいつ使うのだろうかと思っていた。だが、次の日、ラフィット海賊団を狙って来た敵がやってきた。

 イアンにはそれが初めての戦いだった。人は一人しか殺さなかったが、自分の身は守り抜いた。

 その日の夜に一人、海を眺めていると下で誰か動いているのが見えた。イアンは不審に思って下へ降りた。

 暗い中、その人影を近づいて行くとその姿はブルースだった。

「なんだ副船長か」

 イアンは小声でそう言い、ブルースに近づいた。

「何してんだ?」

「ああ、イアンか驚かさないでくれ」

 ブルースは驚いたせいか落ち着きがなかった。

「ところでどうした?」

「いや、下から人影が見えたんでな。副船長は何してんだ?」

「これだよ」

 ブルースはそう言って手に持っていたラム酒を見せた。

「イアンも頂くか?」

「ああ」

 イアンとブルースはラム酒を飲み、海を見た。

「本当の事を言うとな。私もあの時、船長に死にたくないと言った奴らと同じ気持ちだったんだ」

 ブルースは悲しい声を使って言った。

「それがどうしてまた....」

「命が惜しいなんて言えんだろ。だからあいつらはすごい奴なんだ。船長でさえ命を落とすのは怖いはずだ」

「ジョーもそんな事言ってたよ」

「そうか」

 二人は軽く笑い、すぐに真剣な顔つきになった。

「俺は一度死に掛けてるからさ。すごく怖くて早く楽になりたかった。恐れているのは死じゃなくて死の直前なんだって思った」

「すまない」

「いいよ」

 イアンは笑った。悪意のない純粋な笑いだった。

 ブルースは立ち上がった。

「そろそろ寝るかな。イアンも寝ておけ、若いからってずっと起きているのは体に毒だ」

 ブルースは暗闇の中に消えていった。

 イアンはすぐには帰らずしばらくそこにいた。手元にはラム酒があった。

 そして修行ばかりの日々の中に二回程、襲撃をイアンは味わった。何もなくどこかに大切なものがいったような日々だった。時々家の地図を見てもその違和感はわからなかった。

 あの日から九日が経った。次の日は戦いの日だった。ブルーバイユー号はトルトゥーガ島へ船を進めていた。

 船は宴会があり、海賊達は酔い潰れていた。

 寝静まった夜。イアンはいつものように見えた海を見ていると再び下に人影が見えた。またブルースかとイアンは思いながら下へ行った。

 その人影に近づくと段々とその人が誰なのか見えてきて、その人影がブルースではないことがわかった。

 ピンク色のドレスを着ていた。その人はバイオレットだった。

 バイオレットは泣き腫らしたような顔をしており、イアンの足音を不審がった。

 そしてそれがイアンと分かると安心したような顔付きになった。

「どうしたんだバイオレット」

「ああ、イアン....」

 彼女はそう言ってイアンに抱きついた。イアンは顔を赤くした。

「貴方だけでも死なないで。ジャンはきっと死ぬの。死ぬなんて嫌。自分が死ぬよりも嫌」

 バイオレットは手をイアンの頭にやり、彼の頭を撫でた。

「私、イアンが好きよ。愛しているのとは違うけれど。弟みたいなの。大好き」

 バイオレットはそう言うとまた泣いた。イアンは言葉を出せなかった。

 バイオレットは涙を終えると、優しい顔でイアンにはキスをした。そして両手をイアンの頬に当てながらこう言った。

「死なないでね。貴方のそのかわいい顔。私はいつでも見ていたいわ」

 そしてバイオレットは慌ただしく立ち上がり、上品に帰っていった。

 イアンはバイオレットに心臓に音を鳴らせていた。彼女の大きな胸を思い出し、顔を赤くした。

 そして彼女を姉以上に思わせた。その母性は一人の青年の感情までをも変えてしまうものだった。

 夜が明ける前、ブルーバイユー号はトルトゥーガ島に着いた。

 海賊達は島へ足を踏み入れていった。イアンは久し振りに土の上に足を置いた。木とは違い土は足が埋もれるような気がした。

 ジャンはバイオレットと共に島に降りた。

 バイオレットは顔を赤らめていた。

 ラムという酒場にイアンはジャンと共に入った。ラムは入江からはさほど遠くなかった。

 ラムは名前の通りラム酒が大半を陣取っており、酒場の中は女と酒の天国だった。

 ラム酒を飲むジャンの周りには様々な女がいた。ジャンは一人一人に社交的な笑顔を浮かべ、その姿は紳士そのものだった。

 バイオレットはジャンから離れてイアンと同じテーブルにいた。

「キャプテンの所には行かないのか?」

「行かないわ。あの人はここみたいな所ではいつもああなの。だからいいわ」

 バイオレットは何故かいつもより色っぽく見えた。イアンはバイオレットの赤い顔を見てそう思った。彼女は今、彼女の髪の色と同じくらいに赤かった。

「ねえイアン....」

 バイオレットはそう言ってイアンの顔を左手で触れた。手は妙に温かくバイオレットの温かみが感じ取れた。

「なんだ?」

 イアンはバイオレットを不審な目で見た。

「違うわ。そういうことじゃないの。さっきも言ったけど、貴方は生き抜くのよ」

「それってどういう意味なんだよ」

 バイオレットはイアンの顔を猫を撫でるようにすりすりと触れていた。

「ジャンは恐らくこの後の戦いで死ぬ気でいるわ」

 イアンはそれが本当のことのような気がした。女の勘ほど世の中には鋭い物はないのだ。

「なあ、バイオレット」

 彼女は左手をイアンの顔から離した。

「俺はきっと生き抜くよ。例え負けてしまっても、そして勝った時はキャプテンもそこにいるさ」

「そうね。私もそうであると良いと思っているわ。でも、ジャンは今は最後の楽しい時を味わっているように見えるわ」

 バイオレットは女に囲まれるジャンを見て少し悲しそうな表情をした。イアンはそれを見て寂しい思いを覚えた。

 そしてふとある事を思い出してイアンは立ち上がりジャンの元へ行った。

「どうした?」

 ジャンからは女の匂いがした。不快ではなかった。

「牢屋の鍵って持っているか?」

 イアンは女の視線を無視してそう言った。

 ブルーバイユー号の牢屋にはロジャーという一人の老人がいた。知恵は高く見た目は老いぼれだが、ただの年寄りではないことは確かである。

           ・

 ロジャーは物音と光で目が覚めた。牢屋の先に見える光にはイアンがいた。

「ロジャー。鍵を持ってきた。それと食べ物もある」

 ロジャーはひどく狼狽している様子だった。

「なんだって鍵だと⁉︎」

「そう、だから出られるんだよ」

 ロジャーは顔には出さなかったが歓喜を感じさせた。

「今は島にいるのか?」

 ロジャーはイアンに光の目を向けた。イアンは不思議とこの老人には恩があった。

「ああ、トルトゥーガ島にいる」

「なんとな⁉︎トルトゥーガ島だと」

 イアンはロジャーをまじまじと見た。

「なあ、ロジャーは海賊なのか?」

「ああ、そうだよ」

 当然のように言った。

「やっぱりか。キャプテンに聞いたんだ。キャプテンも忘れるくらい前からいるんだな。キャプテンの許しは出たよ」

「ありがたい事だ」

 イアンは鍵を開けてロジャーを何年もいた牢屋から出した。ロジャーは食べ物を持って光へ出て行った。

「お別れだロジャー」

「ああ。また....」

「またはないのかもしれない」

「....死ぬのか?」

 ロジャーはどこか冷たかった。

「戦いでね」

「お前は生きるだろう」

 ロジャーは軽く笑いながら言って逃げるようにその場を去った。

 風は強かった。奴らが来ているのかもしれなかった。

 そしてその予想は当たった。

 遠くの方から一つの大きな船が見えた。イアンは見張り台に登った。見張り台にはジョーが望遠鏡でその船を見ていた。

「ジョー。敵の船か?そうなのか?」

「ああ、そうだ。来やがった。イアン!キャプテンに報告して来い」

「わかった!」

 イアンは急いでブルーバイユー号からラムまで走って行った。

「キャプテン‼︎」

 イアンはラムに入るとまず大声を上げた。

 ジャンは女とダンスを踊っていた。彼はこんな時にも海賊紳士だった。

 ジャンはイアンの声に気づき、ダンスを中断し、イアンの元へ駆け寄った。

「なんだイアン?」

「来たぞ」

 ジャンは一秒程、考える仕草をした。

「そうか。よし、仲間を呼ぶぞ!」

 そしてイアンはジャンと一緒に仲間にスターキー一味が来たことを告げた。仲間がラムを出て行ってブルーバイユー号に戻り、ジャンとイアンがラムを出ようとした時だった。

「ジャン、イアン!」

 振り向くとバイオレットが泣きそうな顔をしてそこに立っていた。

「生きててね」

 弱々しい声色だった。体と共に声も震えていた。

 二人はブルーバイユー号に乗り込むと船を海へ出した。

 ジャンは船頭に立って大声でこう叫んだ。

「よう、ロバート。調子はどうだい?」

「まあまあってところだジャン。ところでよく逃げ出さなかったな」

「逃げたってどうせいつかはお前に見つかるからな」

 ロバートはニヤリと馬鹿にしているように笑っていた。

 二つの海賊船は島から離れた場所へと向かった。

 島には今、野次馬がたくさんいるのだろうか。イアンは戦いの恐ろしさを忘れるようにそんな事を思っていた。

 周りを見るとこの二つの海賊船以外には何もなくなった。

 空は曇っており、今にも雨が降りそうだった。

 辺りは静かになった。戦いは今、始まろうとしているのだ。

 波の音がイアンの耳を響かせた。ジャンは全く動かないと思った時に....。

「ポール‼︎」

 大砲が響き、歴史に残る戦いは始まった。

 ラフィット側は真っ先にスターキーの船へと入ろうと船を突っ込むように進ませた。

 そしてスターキーの船に近づくとジャンを始めとして彼の部下達はどんどんとスターキーの船へ入っていった。そしてスターキー側の海賊にもブルーバイユー号に足を踏み入られながらも一旦、ブルーバイユー号は船をスターキーの船から離した。

 ポールは大砲を撃ちまくった。ブルースは船を手にしながらスターキーの海賊を倒していった。だが、一瞬の油断をついてブルースは殺されてしまった。

 一方、イアンはスターキーの船に乗り込み、傷つきながらも敵を倒していった。

 ジョーは同時に二人以上倒してほぼ無傷の状態だった。

 ジャンはロバートの元まで勢いよく走って行った。彼の通った後は敵が倒れていた。

 ロバートはジャンをじっと見ていた。ジャンが彼の近くまでくるとこう言った。

「かつての旧友よ。お前は神をも恐れる程の存在であろう」

「黒髭をも恐れるであろうお前が俺の旧友とは馬鹿げてる」

 ジャンはロバートの前まで歩み寄った。この二人の空間だけ戦いとは違う別の空間だった。

 この二人の恐ろしさと地位の高さに誰も近づけなかった。

「剣はできるだけ出したくないがな」

「それは俺も同じだ。スターキー。だがな....」

 そう言うとジャンは剣を手に持った。

「海賊というのはこうじゃないといけないんだ」

 ロバートは彼のトレードマークでもある深みのあるニヤリとした笑いを浮かべた。

 二人は互いに殺し合った。剣と剣の重なり合う音が周りの海をも揺らしているようだった。

 海賊の何人かはイアンを含め、ジャンとロバートの戦いに目が行ってしまった。

 二人は全く死ぬばかりか傷一つなかった。

「待てロバート!」

 ジャンが一旦、ロバートに提案を持ち掛けた。

「ここじゃ気が散っちゃってダメだ。俺らには俺ららしい場所で戦おうじゃないか」

「その場所とは?」

「あそこだ」

 ジャンは上を指した。それは帆だった。

「それはいい」

 ロバートは例の笑いをして右から登っていった。そしてジャンは反対に左側から登っていった。

 帆まで登ると二人は徐々に近づいていった。風は強く、船が少しでも揺れると落ちてしまいそうな程であった。

 そして二人が剣を重ね合えるくらいに近づくと二人は戦い始めた。

 風にも負けず、ジャンとロバートは殺し合っていた。

「これが俺の最後の戦いになるかもしれない。そこでお前に言っておきたい事がある」

「なんだ?」

「勝つのは俺だ」

「ふざけおって....」

 風はどんどんと強くなるばかりだった。強い風が吹くと帆が反応して、二人が下に落ちそうになる程だった。

 二人は死というものに取り憑かれ緊張しながら戦っていた。

 ジャンが倒せると思うとロバートはするりと剣をかわし、またロバートがジャンを下に落とせると思うと、ジャンは帆の紐を掴み、なんとか下に落ちずには済んだ。だが、今の状態はジャンにとってはとても不利で、帆にぶら下がっているジャンは一つ手を離せば下に真っ逆さまである。

「これまでなようだ。ラフィット。貴様の悪行の数々はここで終わり、そしてそれを終わらせるのはこの俺か。なんとも相応しい最期のようだな」

 その瞬間、雷が落ち、ロバートは雷の光によって恐ろしく見えた。

 雨が降ってきた。

「雷どころか雨までもがお前の最期を見に来たようだ。素晴らしき海賊、ジャン・ラフィットはここに眠る....はははは....ははは....はっ...あっ...あっ...」

ある銃声と共にロバートはおかしくなったように笑いながら恨みを込めた視線を船全体に見渡し、ジャンのすぐ横を落ちていった。

 ジャンは訳が分からずにいると帆の上を一人の男が近寄って来た。

「キャプテン。腕を掴むぞ」

 ジャンはその声の持ち主を聞いてこの男が誰であるかを知った。若々しい高みのある声で、まだ未熟で世界を知らないことを思わせる。そして世界を変えようという中にありふれた喋り方。その男はイアンであった。

「イアン....」

「黙っていてくれ。今、引き上げる」

 イアンは力一杯にジャンを引き上げた。重かったが、それ以上の物がイアンを支配してジャンの重みを苦しく感じさせなかった。

「お前、どうして」

「わかってる。男の男の勝負に入り込んだのは悪かった。だがな、キャプテンが死ぬのは嫌なんだ。わかってくれ。それに敵も同じ事を使用していた」

 イアンはそう言うとジャンに銃を見せて、ジャンは察した。

「お前はまだまだだ」

 ジャンはイアンに言った。

「まだまだ半人前だ。海賊の名も名乗れない」

 ジャンはふと下を見た。ロバートの死体がぐしゃぐしゃになっており、ラフィット側もスターキー側も騒然となっていた。

 降りしきっていたはずの雨がいつの間にか弱まっていた。

「終わったな。戦いは....」

「これからはまた宝探しか」

 二人の言葉で戦いはもう終わっていたことを確信した。

 ジャンは船の中にある食料を持っていった。

「女はいいのか?」

「ああ、この船には女は一人もいないからな」

 ジャンはロバートの死体に近づいた。

「これまでお前程の敵はいなかった。だが、時代は変わるんだ。年寄りは若い奴に負け、新しい時代が幕を開けるんだ。ロバート。しっかりと眠れ。幕は用意してやらないがな」

 戦いが終わった後は静かであった。生き残った敵は放心状態になっていた。

「俺らもかなりの仲間を失ったな」

 ジャンはそう言ってブルーバイユー号で眠っている仲間を見つめていた。

 ブルースをはじめとしてかなりの数のラフィット側の海賊も殺されていた。

「イアン。島へ戻るか。こいつらの墓を作ってやろう」

「ああ」

 戦いは先程まで行われていたとは思えない程、海は静まり帰っていた。

 こうして歴史に残るジャン・ラフィットとロバート・スターキーの戦いは終わりを告げた。

 トルトゥーガ島に戻るとバイオレットをはじめとした女達は真っ先にジャンの元へと駆け寄った。イアンはその様子を遠くから眺めらように見ていた。

 バイオレットはイアンに気づくと彼の元へ寄ってきた。

「お帰りなさい。イアン」

 バイオレットはイアンの唇に甘いキスを送った。

 イアンは愛のキスではないと知っていたが、体が熱くなり何か信じられない気持ちにさせられた。

「ジャンから聞いたわ。ここにはいない人もいるんだってね。全員がブルーバイユーで眠ったって事も」

「ここにはいるよ」

「どういう事?」

 彼女は不思議がった。

「ブルーバイユーに仲間の死体を乗せてきたんだ。この島で墓を作ってやろうよ」

「そうね。良い考えだと思うわ」

 そしてブルーバイユー号な海賊は仲間を一人一人墓に埋めていった。一人一人の亡き顔を見るたび、男達は大声で泣いた。そして最後にブルースの顔を見るとジャンはこう言った。

「何故だか、俺にはこいつが幸せに見えて仕方がない。そんなはずはないのにさ」

 ブルースを墓に埋めると、海賊はしばらく黙ったままそこにいた。

 その夜、彼らは宴会を開いた。ブルーバイユーの海賊以外の人達はラフィット一味の勝利を祝っていたが、肝心のラフィット一味は仲間を失った事の悲しみの方が大きかった。

 酒の中に暗い顔が浮かんでいた。ラムの中にいる奴らはどうやら賭けをしてちたらしく金がラムの酒場の中で動き回っていた。

 ジャンはラムを見つめながらブルースの事を思っていた。ブルースのは一番古い仲間であり一種の友のようなものでもあった。

 時間が十二時を過ぎた頃、ジャンはたった一杯のラムを飲み干し、立ち上がった。

「野郎共、立ち上がれ!もう我々に敵などいない。再び宝を探す航海へ出掛けるぞ!」

 ジャンの声に海賊共は先程までの暗い気持ちを忘れでかい声を上げた。

 イアンもバイオレットもジャンをただ見つめていた。喜びが二重、三重となって海賊共はブルーバイユー号へと乗り込んだ。

 ジャンは女性一人一人に別れの言葉を捧げていた。

 ブルーバイユー号が海へ旅立つ時にはトルトゥーガ島にはたくさんの人が見物しに来ていた。

 ジャンはかつての仲間の墓が見えなくなるまでずっと島の方に顔を向けていた。

 イアンは地図を持って見張り台へ登った。

 夜の海を見るのはなんだか久し振りな気がした。

 それからジャン・ラフィットとロバート・スターキーの戦いの話が広がっているのか。ブルーバイユー号に戦いを求めてくる船はなかった。そればかりかこの船の旗を見ると逃げてしまう船もあった。ジャン・ラフィットは今、この海で一番強く恐れられている海賊となってしまった。

 彼らの目的はただ一つ、キャプテンキッドの埋めた宝がある宝島を探す事だけだった。

 だが、そう簡単に宝は見つかる訳でもなくブルーバイユーはカリブ海を何周も渡った。

 そして日々、海賊達は宝島は伝説だと言い諦めていった。

 季節は段々と暑くなっていった。毎回、滝のように汗が出て海賊達は嘆いていた。

 イアンは髭が伸び、男らしく成長していた。力もだいぶつき、戦いではかなりの戦力になっていった。そして彼は毎日、今も見張り台で日々を過ごしていた。

 その理由はただ一つ、キャプテンキッドが隠した宝がある島を見つける為だった。そしてその事はもうジャンでさえも頭に入っていないだろうとイアンは思っていた。

 ある日、ブルーバイユー号はある商船を襲い食料だけを盗んだ。もう今のイアンにしてはこんな事は軽いくらいの物だった。

 そして酒も飲むようになった。ラムがうまくて堪らないのだ。その時ばかりは芸術家の作品に酔いしれているようだ。

「ラムはうめえ。何がどうなってこんな味になっているんだ?ガリレオよフィガロよ。美味しいのはこの為にあるのか?」

 イアンは時々こう口にしていた。

 商船を襲った日の夜、イアンはジョーンズやポールと共にラム酒を交わし合っていた。

 ジョークを言い、笑って、急に真面目な事を言い、笑って、ラムを飲む度、何故か何もかもがおかしくなって笑っていた。

 そして誰もが寝静まった頃、イアンはこの頃になっても海を見るのが習慣になっていた。

 いつの時代も海は静かに流れていた。人間に荒らされようと、彼には音は波の音だけが静かに無音のようになっていた。

 海を見ていると徐々に霧が出ている事に気がついた。そしてあっという間に目の前が何も見えなくなっていった。

 イアンは火だけを掲げて眠りに入った。海は明日に見ようと思った。

 夢は特に見なかったとイアンは思っていたが実際にはどうだかは分からなかった。

 見たと言えばそのような気もするし、そうでないとすればそうでない気もした。

 だが、あの音のせいでそんな事はどこかへ放り出したように忘れていった。

 突然怒号のような音が響き渡った。

 イアンは起き上がると未だ霧が切れてない事を知った。だが、少しずつ霧の中に暗い物が見えてきた。

 下を見るとジャン達も起きていてその暗い物を見ていた。

 何かイアンには見覚えがあった。イアンは見張り台に男を残して下へ降りた。

「キャプテン!あれはなんだ?」

「わからん。まだはっきりと見えないんだ。恐らく船か....島だな」

「島?」

 イアンは何か思いついたようで例の地図を広げてみた。

「似てる....あまりにも似過ぎている!」

 イアンの言葉につられてジャンも地図を覗き込んだ。

「本当だ。おい、航海士!今、俺らはどこにいる⁉︎」

「わかりません!」

「なんだと?」

 ジャンの顔に深い皺ができた。

「わからないんです!この霧じゃ何も。進んだ距離もこの霧のせいで見当がつかねえんでさあ」

「くそ、そうか....」

 ジャンはもう一度地図を見た。

 真ん中に大きな木。すぐ近くには入江がある。

「ここだ。ここだぞ。諸君!我々はついにキャプテンキッドの隠したと言われる宝の島らしき所へと着いた!」

 海賊達は喜びの声を上げた。

 そして今、ブルーバイユー号は宝島へと着いた。ジャンは部下を全員集めて、会議を行った。

「諸君、聞いて欲しい!左に見える入江が恐らくキッドの宝の入り口だと思われる。ただ、見ればわかるが、あの入江は波が物凄く強い。だから小舟で入江に入るのは危険だ。だが、島の中心にあるあのでかい木の近くにある宝の入り口は恐らく見つける事はとても骨が折れるだろう。だから聞いて欲しい。入江から入りたい奴は声を荒げてくれ」

 囃し立てるような声がジャンの耳に重く響いた。

「とても野生的な声だ」

 ジャンは笑って答えた。

「では島から宝の入口を探すのはどうだ?」

 これにはまばらな拍手と少々の声が上がった。イアンは小さな拍手をした。

「そうか。よくやった。やはり海賊だ。危険な道をあるいてこそだ!」

 ジャンの言葉に海賊は大きな声を立てた。

「そこでだ。小舟には三人まで乗れる。誰か乗る奴はいるか?」

 これには誰も手を上げなかった。イアンは尚更のことである。

「なんだ。お前らはそんな腰抜けな奴らだったのか!がっかりだ....」

 ジャンがそう言った時、一人の男が手を上げた。

「ふむ。あんたか」

「ああ」

 イアンはそして立ち上がった。

「だが、お前はこの案には賛成はしなかっただろう?」

「そうだ。だが、こんな弱虫と一緒にされるのはごめんだ」

 イアンは強い調子で言った。それには海賊達は目を丸くしてイアンを見ていた。そして何人かの上げる手が見られた。

「手が上がったな強虫め。では、ジョージ。そしてキース。お前らだ」

 選ばれたのはこの船で一番髭の生えた酒飲みのジョージとこの船で一番背の高い、のっぽのキースだった。彼らは今、素晴らしい歓声を出しながら鼠につつまれたような顔をしていた。

「あの船長!小舟には三人でしたよね?これじゃ二人だよ」

 キースがおどけたような顔でジャンに聞いた。

「俺が行くから三人だ」

 考えてみれば当然だった。イアンを始めとした部下達はジャンは船に残っているものと勝手に思っていた。

「ジョージ、キース覚悟をしておけ」

「いいや、もう覚悟はここの海賊になった時からできてるよ」

 キースは声の調子からして常におどけていた。ジョージは彼に比べたらいくつか真剣だった。

「覚悟はもうできてます。キャプテン!行きましょう。じゃあな、みんな」

 ジョージはそう言ってその場を離れた。

 そして小舟が海に降ろされた。

「では行ってくる!この入江は難しいかもしれないが、必ず入っていくと約束する。さらば諸君」

 ジャンは二人の部下達に小舟で入江に向かった。イアンはあまりにもあっけない事に呆然としてしまった。

「あの人はあんな人だ」

 ジョーンズがイアンの横に立ってそう言った。

「自分の命の価値をわかってないんだろうな。死んでしまえばどれだけの歴史が変わるか」

「価値をわかっていたら今日みたいな名声は得られないだろうよ」

 ジョーンズはそう言うと、ニカッと笑った。

「なあ、俺達でも探しに行こうぜ」

「宝をか?」

「そうだ。島の木の近くにある宝の入口を見つけるんだよ」

「でも....」

 イアンがそう言った時だった。ジャンを乗せた小舟は波を操るかのように波の力を使って入江の中にあっという間に入ってしまった。

「なあ、そうしようぜ」

 ジョーンズは先程の光景を見て子供のようにはしゃぎながら言った。

「でも、キャプテンにバレたらまずいし」

「何言っているんだイアン。お前は若いんだ、何をしようと自由だ。俺らは若さに着いていくことしかできない。今やっていることも若さの真似だ。イアン、俺はお前無しじゃ勇気が出ねえ。だから決めてくれ。できれば良い結果に」

 イアンは考えた。若さというのは一分一秒と過ぎている。こんなことをできるのも今だけだ。だから今だけが自由なのだ。

「ジョンジー、島へ行こう。ポールも!」

 イアンがそう言うとジョーンズは顔をこれまでもかという程、喜ばせた。そしてふとイアンはバイオレットの姿が目に入った。

「なあ、バイオレット。君も来ないか?」

「無理よ。私は女よ。女にこんなことをさせるつもりなの?」

「女なんて関係ない」

「でも....」

 バイオレットは声を小さくした。次の時、一瞬でイアンはバイオレットを抱いた。

「バイオレット。君が好きなんだ。君を連れて行きたいんだ!」

 海賊達は揶揄うことなく若い恋を見守っていた。

「無理よ。私にはジャンがいるもの。例えジャンが死んでも私はずっとジャンの女なの」

 バイオレットは青年の恋を大人らしくあしらった。それは女特有の上品な野蛮さだった。

「でも、貴方の思いは伝わった。貴方に着いて行くわ。その時だけは貴方の愛する女になってあげる」

 そう言ってバイオレットはイアンを抱きしめた。

 そして冒険は始まった。この宝島は何があるかわからない。ジャンの運命もわからない中、彼らは宝を見つけることを決めたのだ。

 まずイアン達は島へ降りた。地面の砂はざらざらとしていて歩きにくかった。

 イアンを合わせて十人程が島へ降りた。

 イアンやバイオレット、ジョーンズの他にはポールやイアンに酒を飲ませた者。小柄なかまら力の強い者。イアンの師匠であり普段は見張り台にいる海賊なとがいた。

 イアン達が今いる所は砂浜であり、その先には森がある。

「イアン地図は持っているから」

「ああ、この通りな」

 イアンはそう言って地図をジョーンズに見せるとジョーンズは口笛を鳴らした。

「気をつけろ。この先には何があるかわかんねえんだ。ゆっくりと行こう」

 ジョーンズはそう言って先頭に立った。

 そして彼らは森の中へ足を踏み入れた。

 地面には木の棒がたくさんあり、踏むたびにぎしぎしと音が鳴るのがイアンには少し恐怖に思えた。

 イアンは心の中では怖気付いていた。だが、顔には出さずにただ黙って歩いた。

 動物の鳴き声はどこからともなくいつでも聞こえてくる。

「ここは本当にカリブ海に浮かぶ島なのかよ?」

 ポールがおどおどしながら言った。

「何言ってるんだ?」

「だ、だってよ....」

 ジョーンズの言葉にポールはびくびくとしていて。

「まあ確かはここはカリブ海の島じゃないかもしれないな。動物の声がここらでは聞いた事のないものばっかだ」

 確かにとイアンは思った。イアンは好奇心が湧いてきた。

「カリブ海の島じゃないときたらここは一体どこなんだ⁉︎」

 イアンは言った。

「さっぱりだ。とりあえず少しの食料を探そう」

 ジョーンズはそう言った。食料はチーズがもっぱらである。

 イアン達は所々に生えている木の実などを食料とした。フルーツや見たことのないものもあるが、食欲があり、この際はそんな事は気にしない事にした。

 島はどれくらい大きいのかはわからなかった。道はないのであまり歩けない状態で2マイル程歩いたが、島の真ん中にある木までまだ距離がありそうだった。

 そしてとりあえず、日も暗くなったのめこの日はここで夜が明けるのを待つ事にした。

「疲れたか?」

「全然、なんて事ない」

 イアンはそうは言ったが、内心、疲れ果てていた。だが、それは他の海賊も同じようであった。

 バイオレットなイアンに話し掛けた。

「ねえイアン。もし宝を見つけたら貴方はどうするつもりなの?」

「どうするつもりか....考えてないな」

 イアンはそう答えてふと考え込んだ。

「いいのよ。別に無理に答えなくたって。ただ気になったの。宝はどうするんだろうって」

 周りは騒がしい程ではないがそれぞれ仲間と話をしていた。

「キャプテンは宝を酒や女には変えない気がするな。俺は」

「それは私も同じね」

 バイオレットは少しだけ笑い、イアンもそれにつられた。

「でも宝を持っていることは海賊の目標のはずだろ?ならそれを維持するんじゃないか?そしていつまでも頂点にいたいんだろ」

 バイオレットは悲しげにこう言った。

「目標や夢って超えたらそこで終わりじゃない?」

「まあ、気持ちはわかる。でもそうじゃないんだ。そこから新しい目標を見つけたりするものなんだ。そうじゃなきゃラムの味は不味くなるから」

「男って複雑なのね」

「女も充分なくらい複雑だよ」

 イアンはそう言うと横になった。

「俺は寝るよ。バイオレット」

「そう、じゃあ私も寝るわね」

 そう言ってバイオレットはイアンの隣で横になった。

「星が綺麗だわ」

 イアンは空を見た。星は点々と光り輝いていた。

「そうだね」

「君みたいに、とか言わないのね」

「俺をキャプテンか何かと思っているのか?」

「別にそうじゃないけれど」

 バイオレットはそう言って顔を背けてしまった。

 イアンはバイオレットの耳元に口を近づけた。

「星は君みたいに綺麗だよ」

 バイオレットはイアンに顔を向けてキスをした。

「その言葉を待っていたのよ」

「そういうのはやめてほしいな」

 イアンは顔を赤くして、先程のバイオレットのように顔を背けてしまった。

「ごめんなさいね」

 バイオレットはそう言ってイアンの頭を優しく撫でた。

「もう寝ようか」

「ああ」

 二人は他の海賊達より先に眠りに入った。

 ジャンが今どうなっているのかはまだわからなかった。生きているのか、はたまた死んでいるのか。ここではまだ書くことはできないのだ。

           ・

次の日の朝。イアン達は起き上がると食事を手早く済まし、中心の木を目指して歩いて行った。そしてその日もかなりの距離を歩いた。イアン達の疲労は凄まじいものだった。彼らはもう歩ける気がしない程だった。

 イアンを含め、何人かは恐ろしいことを考えていた。だがらそれをできるだけ頭の中には入れず忘れようとした。

 しかし、それは起こってしまった。それは島を歩き始め、三日目のことだった。その日も島の中を歩いているとイアン達のすぐ後ろから銃声が聞こえてきた。

 イアンが後ろを振り返ると列の一番後ろにいた仲間を銃で前にいた仲間を殺していた。

「へへへ、もうこんなのはごめんだ。俺はお前らを殺す」

「何言ってるんだ!やめろ」

 ジョーンズが叫んだ。

「うるせえ。お前を殺すぞ」

「やめなさい‼︎」

 そう言ったのはバイオレットだった。彼女の気迫は凄まじかった。

「女が何を言ってやがる。そうさな。まずは女でも殺しとくか」

 男はそう言って銃をバイオレットに向けた。

「やめろ!」

 イアンはバイオレットの前に立った。手には銃を持っていた。

「お前が撃つなら俺も撃つ。死んだってここでは得にならないんだ」

 イアンはバイオレットの暖かい手が自分の背に当たっているのを感じた。そして命の危機を感じていた。だが、ここで死ぬことができるのは正直に言うとバイオレットに愛されるのではないかと思っているイアンにとってはこの上ない喜びだった。

「殺す。殺すぞ、お前を」

 その時、またも銃声が響いた。撃ったのはあの男ではない。かと言ってイアンでもない。

 撃ったのはポールだった。ポールは顔を脅えさせ、手を震えさせながら手に持っていた銃を男に向けていた。

 男はどさっと倒れた。そしてポールは近寄った。

「ごめん。救ってやらなくて、許してくれ。そして静かに眠ってくれ」

 ポールの涙声はイアン達の心を痺れさした。

 涙が一つ一つ男の顔に落ちる。ポールは立ち上がると素手で穴を掘り始めた。

「手伝うよ」

 濁声と涙が混じったジョーンズの声は言葉が聞き取れない程濁っていた。

 イアンやバイオレットも立ち上がり男の墓を作った。

 海賊達は墓を静かに見ていた。

「さっさと宝を見つけちまおう。この先があるかわかったもんじゃないからな」

 ジョーンズの言葉に皆は頷いた。

 イアンは疲れ切っている足をさらに使った。足が言うことを聞かなくなりそうでも足に鞭を打って無理にでも歩かせた。

 だが、そんな事をしているうちにまたも発狂してしまう者。集団との意思に反する者。そしてついに訪れてしまった食料難により仲間を五人も失ってしまった。

 そして今、バイオレットは食料難により三人目の犠牲者になろうとしていた。

「待ってくれ。俺が何か探してくるから」

 イアンはバイオレットにそう言い、食料を探していった。

 そして本当に何も無い時は自分の肉を差し出す覚悟さえもあった。

 島も中心の方だと木の実もなく、イアンは彷徨っているような風体で歩いていた。

 日も暗くなりイアンは歩くのをやめた。そしてこの島で初めて一人の夜を明かす事になった。

 そしてそれは恐怖であった。既に仲間を半分失っている上に、何がいるのかわからないこの島で一人であるのは危険だと思った。

 イアンは用心深く周りをじろじろと夜の闇を見ていた。

 だがそれでも1日歩いた疲れなどで睡魔はやってきてイアンは眠ってしまった。

 目が覚めるともう日は登り、朝になっていた。イアンは起き上がると再び食料を探し歩いた。

 だが、イアンも丸一日何も食べていないのだ。イアンは歩きながら少しずつ気が失いそうになっているのを感じ、歩く速さを強めた。

 そして最後に見たのはこの島で見たことのない木を見た時だった。イアンはふと魂が抜けたように倒れた。ただそこには鳥の声があるだけだった。

 イアンはしばらく気を失っていた事に気がついた。頭がぼんやりとしていて夢心地だった。

「バイオレットが....」

 彼はこの言葉でぼんやりとした頭を目覚めさせた。

 するとイアンの目の前には不思議な光景があった。

 見たこともないものが木についているのだ。果たしてこれは木の実の呼べるのだろうか?だが今はそんなことはどうでもよかった。イアンはそれを持てるだけ手に持った。だが、イアンは帰り道がわからない事に気がついた。

 彼は一瞬で汗が滝のように出た。

 帰りの事を考えていなかったのだ。イアンはバイオレットのことだけを考えてここに来てしまったのだ。

 イアンは焦りながら叫んだ。

「ジャンジー‼︎ポール‼︎」

 そしてバイオレットの名前も叫んだ。だが、風の音や鳥の声はするが人の声はしなかった。

 イアンは座り込み自分を責めた。躍起になり目の前の食べ物を口に入れた。イアンも丸一日何も口にしていない。彼の空腹も凄まじかった。

 地面に水が落ちた。イアンは泣いていた。この海賊に入って初めて泣いた。それはこの食べ物の美味しさだけではない。喜びや悲しみ、悔しさなどが今、一気に涙となって出てきたのだ。

 イアンは食べ物を食べるのをやめて心を落ち着かせる事にした。

 イアンはその時、バイオレットの声を聞き取った。

「誰だ」

 イアンは立ち上がった。彼女はここにはいないなはずなので、違うものの声だと思われた。そしてまた彼女の声を聞き取った。

 この上品で風上になったような声。イアンはバイオレットの顔を思い浮かべた。

「バイオレット、そうだろ。バイオレット!」

 幻聴なのかもしれない。もしかするとバイオレットはもう息絶えてしまい霊となってイアンに声をかけたのかもしれない。

 だが、そうなったとしてもバイオレットはイアンが来るのを信じていた。イアンは食料を持てるだけ持ち、声のする方へ走った。

 イアンを呼ぶ声は消えることはなく段々と声が近くなっていく。イアンは森の中を風のように走った。

 そして一時間程走った頃。人の声が聞こえた。イアンは最後の力を使って走った。

 そしてイアンは思いっきり走ったまま止まることができずにある男の胸にぶつかった。

 イアンが見上げるとそれはジョーンズだった。

「イアン、戻ってきたのか!バイオレット。イアンが戻ってきたぞ!」

 ジョーンズがそう言っている時にポールはイアンが落とした食べ物をバイオレットの口に入れていた。

「よかった。これでバイオレットが助かるかもしれない」

 ポールは声が上ずりながら言った。

 イアンは安堵の表情を浮かべた。ジョーンズはイアンを暖かく見ていたが、イアンと呼ぶと声を少し荒げてこう言った。

「お前は馬鹿野郎だ。キャプテンもいない今、勝手なことをしちゃダメだ。バイオレットは死ぬかもしれなかったが、イアン。お前も死ぬかもしれなかったんだぞ」

 イアンは悲しげな表情を浮かべた。

「ごめんなさい」

「だが、バイオレットは恐らくだが、イアンの気持ちは伝わっているだろうよ。明日には良くなっているさ。バイオレットが元気になったらまた、宝を探そう」

 ジョーンズの汚れた濁声はイアンに安心をくれた。

「ああ」

 そしてその夜、イアンはあの時、聞いたバイオレットの声はなんだったのかと考えていた。

 バイオレットは今、生きている。もしかして息をしていないのではないかと思ったが、バイオレットの寝息はしっかりと聞こえていた。

 ジョーンズの言葉を信じてイアンは安心する事にした。

 だが、心のどこかにバイオレットを思う寂しさはあった。

 今夜は月がよく光る。明るいせいかバイオレットの寝顔がよく見える。それは少女のようであった。

           ・

次の日、イアンは寝坊をした。起きた時はもう昼過ぎであった。

「イアン。起きるの遅いわよ」

 知っている声だった。イアンが今、一番聞きたい声だった。そこにはバイオレットがいた。

 イアンはすぐに起き上がり、バイオレットを抱きしめた。

「何が起きるのが遅いだ。誰のせいで起きるのが遅くなっていると思っているんだ」

 イアンの目からは涙が出ていた。

「ごめんね。ありがとうイアン」

 またバイオレットの目からも涙が出ていた。

 日が出ていた時だった。イアンは自分が拾った食べ物を五人で食べた。

「さて、これからの事だが」

 ジョーンズは陽気のある声で言った。

「恐らく島の中心にある木まではもうさほど遠くはない。このまま歩いていけば明日には木の目の前までいけるだろう。だからこの後は歩けるだけ歩いて、明日、最後の所まで行こう。船長はどうしているかは知らねえが、俺達は俺達のやれることをやろう」

 ジョーンズの声は段々と真剣な様子に変わっていった。

 食事を終えると五人は二日ぶりに歩き出した。イアン以外は体力もある程度回復していた。

 イアンは空を見た。青い空を背景にして見えるあの木は島に足を入れた時と比べると大きく見えていた。

「ねえイアン」

「なんだ?」

 二人は三人よりも後ろにいた。バイオレットは手を出してきた。

「なんだよ」

 イアンがそう言うとバイオレットは不貞腐れたような表情をした。

「子供かお前は....わかったよ」

 イアンはバイオレットの手を握ったら、

 その日は日が暮れるまで歩き、五人は夕食を食べ、明日の為に眠りに入った。

 イアンは目を瞑ったまま意識を起こしていた。

「バイオレット....」

 イアンは小声でバイオレットに話し掛けバイオレットの顔を見た。彼女は眠っていた。

 ふと自分の着ている服装を見た。それはどこから見ても海賊のようにしか見えなかった。

 満足感のようなものを感じながらイアンは眠ろうと思った。

 次の日、五人は朝早くから木を目指して歩いていた。

 太陽は五人を照らし、青空の中、イアンは冒険を感じた。この心の高鳴りを面白く思っていた。

 そして昼頃に中心の木の下に着いた。

「やっと着いた....」

 イアンはそれだけ言えた。他に表す言葉が見つからなかった。

「でけえ....」

 ポールはそう言って座り込んでしまった。

「参ったなあ。俺、木を一本見ただけで腰が抜けちまったぜ」

 笑いながらそう言うポールを横目にジョーンズがこう言った。

「じゃあ、飯にしよう!」

           ・

 昼食後、五人は宝のある場所の入り口を探していた。

 とても大きい木で一周するのに一分も掛かった。

 だが、一周している途中で地面に穴が開いているのを見つけた。そしてその穴を見るや否や、ジョーンズが慎重に穴の中に体を入れた。

 穴は一人入れる程の穴で、外から見る限りでは明かりが全く見えない暗闇であった。

 ジョーンズの体は段々と見えなくなり、辺りは静かになった。その時、ジョーンズの驚く声を上げた。

「どうした⁉︎」

 イアン達は慌てて穴の中へ入った。そしてジョーンズの先にあったものを見て、イアン達も驚く声を上げた。

 なんとそこには金色に光る洞窟があったのだ。そして洞窟の中にはブルーバイユーが探し求めていたお宝があったのだ。

 洞窟は太陽の光が入ることによって宝の反射で洞窟全体が光るのだ。

 イアン達は宝の山の上に骨になった人間が宝の山に座っているのを見ると先程よりも驚きの声を上げた。バイオレットに関しては悲鳴のような声を上げていた。

 イアンは宝の山の上に座っている骨の人物をまじまじと見つめた。

「こいつが、あの有名なキャプテンキッドなのか?」

「さあ、それは俺にもわかんねえけど、この宝はキッドの宝のはずだ。だから恐らくキッドなんじゃねえかと思う。それにキッドはどこで死んだのかわかんねえんだ」

 ジョーンズの言葉を聞きながらイアンは宝の山に足を入れてキッドらしき人物を眺めた。船長帽はかなりボロ臭いが、かつてはとても豪華だったことが窺えた。そして服装は汚らしかった。右手には剣を持っていて、左手には宝の山の一部を手に持ち眺めている様子だった。

「呪いがあったとしか考えられないな」

 イアンがそう言った時、宝の山の奥に人らしきものが倒れていることに気がついた。

「なんだあれ?」

 イアンは近づき、それを見た時にあまりの驚きに倒れ込んでしまった。

「ジョ、ジャンジー....キャプテンだ。キャプテンジャン・ラフィットが死んでいる」

「なんだって⁉︎」

 イアンを除く四人はイアンの元へ行き、そこで死んでいるジャンの姿を見た。

「こりゃ、ご臨終だ」

 ジョーンズはジャンの死体を見るなら悲しげな顔でこう言った。

「他の二人はどうしたんだ?」

「わからん。だが、あの二人も生きてはいないだろう」

 今、ここには二人の死体がある。キャプテンキッドとキャプテンラフィット。偉大な二人の海賊の死体があるこの場所、なんと豪華な墓場だろう。

「宝が墓にある花のようだ。この二人には相応しいのかもしれんな」

 ジョーンズはそう言ったが、ジャンの墓は木の前に作ることにした。

 ジャンを外へ連れ出して、イアンとジョーンズとポールは穴を掘り、その穴にジャンを入れた。

 そして作られた質素な墓を人々はかの有名な海賊ジャン・ラフィットとは思わないだろう。

 イアンはジャンの墓を作った後、呟くようにこう言った。

「安らかに」

 五人は帰りのことを話し合った。

「さて、これからどうするか?歩いて帰るとなると、あの道をまた歩くことになる。だから船を作って入江から出た方が良いと思う。危険ではあるが、島から出る方が流れに乗っていてすぐに出られるはずだ。どうだみんな?」

 ジョーンズの意見に反対はなかった。五人はそれから木を使って数日掛かって五人が乗れる船を作った。

 そしてそれを宝のある場所へ持っていき、その場所へ流れている小川に船を浮かべた。

「宝はどれくらい持って行ったほうがいい?」

 イアンが聞いた。

「そうだな。持てるだけ持って行った方が....」

「ちょっと待ってくれ。この宝は呪われているんだ。それを持っていくというのか?」

 ポールがジョーンズの言葉を切り、そう言った。

「何言っているんだポール。俺らはもうとっくに呪われている。こんな宝を少し持っていったってどうにもなりゃしない。死ぬことになんかビビってられるか」

「あ、ああ....そ、そうだな」

 ポールの声は震えていた。

「さあ、出発よ。野郎共!宝は持った?」

 バイオレットの急な叫びに四人は少し笑った。だが、気にすることなくバイオレットは宝が少々ある宝を進ませた。

 船は段々早くなり、入江の近くでは誰もが船から落ちそうにもなった。だが、五人は力強く、生きることを思っていた。

 入江を出て、海に出ると先程までの流れの早さはなくなり、船はそこにただ、浮かんでいた。

 イアンは海の周りを眺めた。そして一つの海賊船が目に入った。

「ブルーバイユー号だ!」

 そう、あの勇ましく堂々とした姿。あれは間違いなくブルーバイユー号である。

 ブルーバイユー号を目指し、五人は船を進めた。

 ブルーバイユー号の近くまで来ると、大声を上げ、誰かに気づいてもらおうとした。見張り台に誰もいない今、こうするしか術はないのだ。

 そして仲間の一人が五人に気づき、嬉しそうに手を振った。イアンもそれに応えて手を振った。

 その後、五人はブルーバイユー号に戻り、仲間からの暖かい歓迎を受けた。そして島での冒険談、失った仲間の事。宝の場所を見つけ、少々の金貨を持ち帰った事、そして宝のある場所にキャプテンキッドが骨になって宝の山に座っていた事。そしてそこにジャンが死んでおり、島の真ん中の大木の前に墓を作った事。そして宝の場所から入江までの死を感じた冒険など、彼らの冒険談はまだまだあった。

「イアンがいなかったらこの冒険は生きて帰れなかっただろう」

 見張り台の男がそう言うとジョーンズ、ポール、バイオレットの三人も同意をした。

「ジョー....みんな」

 バイオレットは赤面しているイアンに近づき、唇と唇を交わした。

 バイオレットとキスをしたイアンは恥ずかしさを隠すようにあの入江を指差した。

「みんなあれを見ろ‼︎」

 仲間は入江を見た。

 それは海が青く透明に光り、そして太陽の光で入江が青く光っている。

 まさにブルーバイユーであった。

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