28話「ドレス選び」
「やっぱり、ノースリーブ、フレンチスリーブ、キャップスリーブのドレスは無理かな。
ごめんねエリオット君」
「俺の方こそすみません。
腕に痣があるのも知らずに、そのようなデザインのドレスを勧めてしまって」
王太子殿下の誕生日パーティーから一カ月が過ぎた。
エリオット君が公爵位を継いでから一カ月になるので、お披露目パーティーをすることになったのだ。
契約結婚とはいえ、私も一応は公爵夫人なので当然そのパーティーに出席する。
今日はお店の人にいくつかドレスを持って着てもらって、試着しているところだ。
公爵のお披露目パーティーに夫人が、既製品のドレスで出席するわけにはいかないので、ドレスはオートクチュールで作って貰う予定だ。
だけどその前にどんなドレスにするか、イメージを掴んでおきたかったのだ。
今王都ではノースリーブ、フレンチスリーブ、キャップスリーブなど肩や二の腕を見せるドレスが流行っている。
私の右腕には花柄の痣があるので、それらのドレスを着ると、痣が見えてしまうのだ。
「腕に痣のある女でごめんね」
「気にしないでください。
痣もアメリー様の個性の一つです。
それにロングスリーブ、七分丈スリーブ、五分丈スリーブ、ベルスリーブのドレスにも素敵なデザインがあります。
袖の長いドレスを作りましょう。
他の男にアメリー様の二の腕を見せるのも癪ですしね……俺だけ見るならいいですけど」
最近エリオット君は、小声でボソボソと話す事がなくなり、ストレートに気持ちを伝えて来るようになった。
彼は一度「好き」って口に出したら気持ちが楽になったのか、毎日のように「好きです」とか「愛してます」って言ってくれるんだよね。
そう言われて悪い気はしないんだけど、なんとなく仔犬や仔猫に懐かれているような感覚で……あっ、これはエリオット君には内緒ね。
そんなこと言ったら、エリオット君が傷ついちゃうから。
でも彼にほっぺにキスされた時は凄く胸がドキドキした。
あの胸のときめきってやっぱり……そういうことなのかな?
「アメリー様はいつも五分丈以上のドレスをお召になられていたのですか?」
「そうだね。
あっでも一度だけノースリーブのワンピースを着たことがあったかな」
「それはいつですか?
デートとかじゃないですよね!」
「違うよ、そんな楽しいものじゃないよ。
十二、三歳の頃だったかな?
父親の付き添いで街に買い物に行くことになったんだけど、妹達に袖の長い服を隠されちゃってさ。
それで仕方なくノースリーブのワンピースの上に、ショールを羽織って出かけたんだよね。
そう言えばあの日、髪につけていた赤いリボンをなくしちゃったんだよね。
お気に入りだったのにさぁ。
父親にはぶたれるし、散々だったよ」
あの日はなんで父親に叩かれたんだっけ?
確か少年を助けようとして……?
駄目だ、思い出せない。
「ハリボーテ伯爵が幼いアメリー様を殴ったんですか?
ちょっとハリボーテ伯爵家に行って、当主を消してきます!」
エリオット君のヤンデレスイッチが入ってしまった。
「やめてよエリオット君!
子供の頃の話しだってば!」
彼は良い子なんだけど、たまにヤンデレ化するんだよね。
「そんなことより、今はお披露目パーティーで着るドレスを決めるのが先でしょう?
私、エリオット君の好みドレスが知りたいなぁ」
「えっ? 本当ですか?
俺の好みはプリンセスラインもしくはベルラインのスカートがふわりとしたドレスで、色は藤色で……」
見事に話題がそれた。
彼の扱い方にもだいぶ慣れてきた。
私が思い出すことも出来ない、遠い昔のある日の出来事が、誰かに取っては忘れられない一日で。
私にとっては記憶にさえ残らない些細な人助けが、誰かに取っては一生を左右するほど強烈なインパクトとして脳みそに焼き付いてしまっていたなんて……その時の私は知るよしもない。




