27話「花売りの少年」
二章スタートです!
十年前、王都にて――
それはある夏の日の出来事。
六歳前後の幼い少年が路上で花を売っていた。
しかし、その日は一本も売れなかった。
少年の養父は酷く彼を殴った。
「花を売ることもできないのか! この間抜けの穀潰しが!」と。
少年は「許して! 必ず全部売りますから……!」と言って謝ることしかできなかった。
「やめてください」
偶然通りかかった身なりの良い少女が、養父に声をかけた。
「花は全部私が買います。
だからその子を殴るのはやめてください」
少女の年齢は十二歳くらい。
栗色の髪と、黒曜石の瞳を持つ、理知的な顔立ちの少女だった。
少女の栗色の髪には真っ赤なリボンが結ばれていた。
ノースリーブの上品なワンピースの上に、ショールを羽織っていた。
少女の凛とした態度と、平民とは思えない高貴さに、養父は少女の身分が貴族だと察した。
「貴族のお嬢様、ありがとうございます」
養父は少年を殴っていたときとは、ガラリと態度を変え、少女に愛想よく接した。
彼は貴族を怒らせると恐ろしい目に合うことを知っていたからだ。
少女はスカートのポケットからハンカチを取り出し、少年の頬についた血を拭った。
このとき、少年は彼女が天使に見えた。
そして少年にハンカチを手渡した。
「あの……ハンカチは」
「よろしければ差し上げます」
少女に渡されたハンカチからは、ふわりと良い香りがした。
少年は少女に何度も頭を下げた。
「ありがとうございます!
ありがとうございます!」と。
少女は振り返り、ニコッと笑って去っていった。
しばらくして少年は、少女がリボンを落としていったことに気づき、彼女を追いかけた。
「この役立たずが!
誰が花を買ってこいと言った!?
わしはインク瓶を買ってこいと言ったのだ!
この間抜けが!」
「ごめんなさいお父様!」
立派な馬車の前に少女がいた。
少女は上等な服を着た男に酷く叱られていた。
男は少女の頬を叩いた。
男に叩かれた弾みでよろめき、彼女が肩にかけていたショールが落ちた。
彼女の右腕には、赤い花の形の痣があった。
少女は急いでショールを拾い、痣を隠した。
「帰るぞアミー!
さっさと馬車に乗れ!」
「はい、お父様」
少年はその光景を呆然と見ていることしかできなかった。
「僕のせいだ……!
僕の為に花を買ったからあの子は……!」
少女が父親に怒られている姿を見た少年は、少女と自分を重ねていた。
身分は違うが、二人の境遇はよく似ていた。
「あの子の名前はアミー。
右腕に痣のある女の子。
僕、ちゃんと覚えたよ。
いつかあの子のことを助けにいこう」
少年はリボンを握りしめ、そう決意した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
十年後、王都の教会――
「お姉ちゃん、もっと遊んで〜〜!」
「ずるーい、私とも遊ぼうよ〜〜!」
「はい、はい。順番ね」
この日、アメリーは教会にボランティアに来ていた。
アメリーは手作りのお菓子を子供たちに配り、子供たちと一緒に庭で遊んでいた。
おおらかな性格のアメリーは、子供たちに大人気だった。
「くらえ〜〜!」
その時、男の子の一人がアメリーに水鉄砲の水をかけた。
「あっ、こら水鉄砲はやめなさい!
待ちなさい!」
アメリーは淑女の嗜みを忘れ、五分丈スリープの袖をまくり、少年を追いかけた。
「赤い痣、栗色の髪、黒真珠の瞳……間違いない彼女だ」
アメリーが少年を捕まえ羽交い締めにした時、背筋がぞわりとした。
「今……誰かに見られていたような……?
気のせいかな?」
視線を感じた彼女は、周りをキョロキョロと見渡したが、そこには誰もいなかった。
「お姉ちゃん、次はかくれんばしよう!」
「駄目〜〜! あやとりがいいよ〜〜!」
「缶蹴りもした〜〜い!」
子供たちがアメリーに抱きついて来たので、彼女は視線の主を探すのをやめた。
その頃王都では、二十歳前後の女性が攫われ、右腕の袖を切られる事件が多発していた。
彼女達の共通点は、貴族令嬢であること、茶色い髪に、黒い目であること、そしてもう一つが、愛称が「アミー」であることなのだが……。
このことをアメリーが知るのは、もう少しあとのことである。
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