少女たちの学校生活
少女たちは普通の公立中学校に通う。そこで起こる平凡だけどほっこりする出来事の数々。
今日もまた、少女たちのクラスでは何かが起こっている。
朝練後
叶夜はお腹が減っていた。
(朝ごはんもっと食べてくれば良かった……)
今日の彼女の朝ごはんはミニおにぎり3個とヨーグルト、ソーセージ一本である。いつもはサラダがついているが、今日は食欲がなくて食べていない。
「叶夜ちゃーん…大丈夫?」
叶夜の友達、李凪が話しかけてきた。
「うー……お腹すいた」
「叶夜ちゃん、早くない!?まだ8時台だよ!?」
「お腹すいたものはすいたの」
叶夜と李凪。2人はいつもこんな感じである。どちらかがボケればどちらかがツッコむ。
「ああ〜朝からやることが多い〜!日誌も書かなきゃだし、学級委員長の仕事もしなきゃだし、果てには何かのアンケートに答えなきゃいけないし!」
「日誌はきのう書けば良かったし、アンケートは先週から答えられたよ?」
「うぐっ!」
言葉に詰まる。そう、確かに李凪の言う通りなのだ。やっておかなかった叶夜のせいである。
「い…いや、私は勉強に集中してたから忘れてたの!」
「言い訳は良くないよ?叶夜ちゃん」
今日もいつもどおりの学校生活が始まる。
1限目 体育
今日の授業は跳び箱だ。一人ひとりの好きな技を練習できるのだが、睦季は台上前転を選んだ。理由は簡単。技の中で一番簡単そうだったからだ。
(今日こそできるようになりたいな……)
今まで2回授業があったが、ことごとくできなかった。睦季は淡い期待を抱いて跳び箱の前に立った。
「(小声で)大丈夫かな……?」
「大丈夫大丈夫!ノリで行けるよ!」
周りの子たちが応援してくれている。私は思い切って地面を蹴った。
「………」
結果からいうと、回れていなかった。少し足が浮いただけで、回る体制にもなってないまま戻ってきた。
(やっぱり怖い怖い怖い怖い無理無理無理)
心の中で本音を全部叫んでからもう一回挑戦してみる。足が浮いた。だがそれだけだった。
「もうちょっとだよ!頑張れ!」
周りの声援はどんどん大きくなってきているが、睦季は反比例するように跳べなくなっていった。
(どうしようどうしよう、跳べなくなっちゃった……)
「ちょっと、私がやってみていい?」
横から声が飛んできた。声の主は、叶夜。叶夜も跳べずに2段で燻っていたのだった。
「いいよいいよ、ぜひぜひどうぞ」
ささっとどいて、叶夜に場所を譲る。自分は少し離れたところまで下がる。
「よいしょっと……わわっ!」
叶夜は盛大に失敗した。頭が台につけられず、手の力だけで押しきれずに手前に落ちた。落ちた本人は頭をさすっている。
「だ、大丈夫!?先生呼ぼうか!?」
周囲の子が叶夜を心配して声を上げる。それに対して叶夜は呑気に答えた。
「マジで大丈夫。前に床にダイレクトで落ちたときのほうが痛かった」
睦季はほっと胸を撫で下ろす。その後も叶夜は懲りずに練習し続けていた。
(私もちょっとやってみようかな)
睦季ももう一回挑戦する。今回は横に倒れたものの、足が上まで上がって、回ることができた。
(もう一回、もう一回)
そうして、睦季は終わりの時間がくるまでずっと練習していた。
2時間目 理科
妃唯が最も眠くなる授業がやってきた。今日も眠い。はずだった。
「今日は雨について習ったので、雨に関する漢字のクイズですよ」
漢字。妃唯が最も得意とする分野だ。先程までの寝ぼけ眼をこすり、ぱっちりと開く。
「まずは、この漢字。これは流石に読めるよね?」
出できたのは雨、雪、雲。小学生で読み書きできる漢字だ。即答してやった。
「はい。あめ、ゆき、くも です」
「正解。では次、これも読めて欲しいな」
出てきたのは雷、雫、霜。中学生で習う範囲だ。これも即答した。
「かみなり、しずく、しも です」
少し得意になってきた。
(次の問題はなにかな〜?)
授業始めのだらだらした感じはどこへやら、今の妃唯は授業にこれ以上ないほど集中していた。
「最後は、これ。どう?みんな読める?」
出てきたのは霙、靄、霹靂。
(なにこれ?初めて見た漢字なんだけど?)
真ん中の靄はなんとか読めたが、残りの2つが分からない。
(右側のやつは、2文字目に"歴"がついているから読み方は"れき"かな。1文字目は意味不明)
誰も手を挙げず、教室にしんとした空気が漂う。
(誰か知っている人いませんか?)
妃唯が心の中で呼びかけたとき、1人の手が挙がった。
「どうぞ、叶夜さん」
叶夜だ。もしかすると、と思って彼女の言葉に耳を傾ける。学年1位の知識量は伊達ではないはずだ。
「左からみぞれ、もや、へきれき だと思います」
教室が一瞬静かになった。次に教室に響いたのは先生の声だった。
「…正解です。よく分かりましたね」
叶夜は少し俯いて照れ笑いをしている。クラスの他の生徒は、彼女の知識量に絶句したり、称賛したりと様々な反応を見せている。妃唯もまたそのような感情を抱く1人だった。
(悔しい……!真ん中のやつは読めたのに…!)
あとから言っても負け惜しみなのは分かるが、どうしても思わずにはいられなかった。
(次は絶対勝ってやる……!)
妃唯の復讐心に、果たして叶夜は気付いているだろうか。
3限目 英語
「プリントは終わった〜?……全員終わったぽいから答え合わせするよ〜」
プリントの答え合わせ。自分の回答が是か非か確かめる大切な時間である。だが、このクラスにはもう一つ大きな争いが起こっている。
「まず1問目、分かる人〜ってこのクラスは手挙げてくれる人がたくさんいるから困っちゃうな」
そう、発表の取り合いである。とにかく手を挙げる。わからなくても手を挙げる。
栄えある初めの発表者に選ばれたのは流風だ。
「I'm happy to read the book.」
流暢とは言えないがはっきりとした発音で発表する。
その後も様々な生徒が己の誇りのために手を挙げていった。人によっては自分の答えたい問題がくるまで手を挙げずにいる選択をした。
とにかく1つ覚えていてほしいのは、発表する時間はただの意見交換時間ではなく、生徒同士の本気がぶつかり合う戦争の時間だということだ。
4限目 総合
(両サイドが煩い。集中できない)
紗綾の両隣はクラスでも屈指のうるささを誇る男子だ。今の授業は自習だが、静かなところで勉強したい紗綾にとっては両隣の男子は邪魔でしかない。
(でも強く言えないんですけどね)
2つ前の席を見る。そこには、後ろと隣からちょっかいをかけられつつも自分の勉強に集中する李凪がいた。
「静かにしてよ!私は1人で勉強したいの!」
李凪が怒っているが、少し楽しそうなのは気のせいだろうか。だけれど、口を動かしつつも手も動かすのが彼女の良いところだ。
(さてと、残り10ページ頑張るかな)
気持ちを新たに紗綾は次のページをめくった。
5限目 美術
李凪は面相筆を手に取り、絵の具をつけて紙に滑らせた。
(ふう、これで今日やらなきゃいけない分は終わったかな)
授業終了まであと20分もある。残り時間をどう使うかは各々の自由である。
(少し周りの子を観察しようかな)
まずは手近な叶夜の方をみる。叶夜は丁寧に縁取りしてから彩色筆で一気に塗っていくタイプのようだ。
(叶夜ちゃん、塗り方とか絵の具の混ぜ方がたいぶ良くなったなあ)
小学生のころの叶夜の塗り方はえげつなかった。水が極度に少なく、掠れまくっていたし、絵の具を混ぜるときも絵の具に恨みでもあるのか、というレベルでぐしゃぐしゃとかき混ぜていた。
(小学生から一緒だった私だから言える。よく頑張ったね叶夜ちゃん)
叶夜の方からは目を外し、美術部である流風のほうを見る。流石美術部というべきか、流風の色使いは綺麗で引き込まれるようだった。筆使いも完璧で、はみ出しの1つもない。
(こんな風に絵がかけるようになりたいです)
「授業終了5分前なので、片付けてくださいね〜」
李凪の人間観察はこれで終わり。さあ、あとは帰るだけだ。
帰り道
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ」
叶夜は急いで自転車のペダルをこぐ。
(弟のお迎えいかなきゃいけないの忘れてたー!)
夕日のもと、黄昏の町並みを少女は走り抜けていった。
少女はまた明日もいつもどおりの生活を送る。