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第5話


まゆりの突然の大声にその場の人達が驚嘆しているが、今、まゆりはそれを気に掛ける余裕がまったくない状態。


「わ、私のお気に入りのバッグチャームが~~~!!! ハンドメイドで高かったのに~~~っ!! 8563円~~~~~!!!」


豊田が振り下ろした手は、まゆりがバッグに付けていたカボチャの馬車ケーキのバッグチャームにしっかりと命中していたようで、バッグから外れかけつつ、皹が入ってしまっており、壊れてしまっていた。

ハンドメイドは人の手で製作される物なので、普通の商品よりも1個の値段は高い。

節約をやりくりしつつ、購入したまゆりのお気に入りだったのだ。

まゆりの丸々金額付きの悲鳴は勿論開け放されたドアから丸聞こえだったらしく、間を置かずに数人の男性従業員が部屋の中に入ってきて、再び喚き始めた豊田をどこかに連れて行かれた。

まゆりは既に豊田には何の興味も湧かず、壊れたバッグチャームを萎れた様子で手に取って眺めていた。


「申し訳ありません!! 弁償させていただきますので!!」


支配人が勢いよく頭を下げるのを、泣きたい気持ちで見ながらも、まゆりは首を横に振る。


「・・・いえ、物が壊れたり失くなったりすることは、云わば自分に降りかかる悪いことへの身代わりになってくれているんだ、と亡くなった父が言っていましたから。また自分で買います」


まゆりの父親はとてつもなくシビアで現実主義者であったが、時折とても不思議なことを口にする人で、母親は、


『甘い物は幸せの元!』


と公言して憚らない、無類のスイーツ好きなノリの良い人だった。

そんなことを思い出しつつ、壊れたバッグチャームをちょうど持ち合わせていた大きなハンカチで丁寧に包んで、まゆりがバッグの中に仕舞おうとしたとき。


「・・・・・・苅部まゆり・・・?」


「はい?」


自分の名前を呼ばれ、振り返ると、とんでもないスイーツの量が並べられた大きなテーブルに1つだけ其処に鎮座している豪奢な椅子に座っている、とんでもない美貌の男性がゆっくりと頭を傾げる仕草をしていた。

まゆりにはとんと縁のない世界の人間であるはずの、葦笨が座っていたのだ。






・・・・・・・・・何故?


まゆりは本当に理解出来ないことに、今現在、葦笨の隣に用意された椅子に座って、持て成しを受けている。

支配人は色々な処理のために退室し、垣根と黒川が、それぞれまゆりと葦笨の斜め後ろに待機している。



・・・・・・・・・これは、此処で改めてスイーツバイキングを堪能しろと、そういうこと? 

いやいやいやいや!!!! 無理無理無理無理ッ!!!!! 

何故超絶美形の隣で食事が出来ると思うんだッッ!!!



そんなまゆりの内心の葛藤とは裏腹に、垣根が温かい紅茶を淹れて、差し出してくれる。

緊張を和らげるために、垣根にお礼を述べつつ、まゆりは紅茶を飲む。


「ブホッ!」


飲んだ瞬間にまゆりは思わず吹き出してしまいそうになり、咽こんで咳が止まらなくなってしまった。

黒川が慌てて背中を擦り、タオルを差し出してくれる。


何なんだッ!? この罰ゲームのような甘過ぎる紅茶は?!? 砂糖の入れ間違いか?!


「あっ、申し訳ありません! 葦笨様にいつもお出しする紅茶の目分量で砂糖を入れてしまいました!!」


垣根が平謝りしてくるのを、まゆりは何とか手で制しながら、タオルで口元を抑えた。


「・・・・・・何かおかしいか?」


いや、おかしいでしょうよ?! 

目の前に燦然と並べられているスイーツの量にも引いてしまうが、こんな甘過ぎる紅茶と一緒に食べるなんて!!!


まゆりの目には、葦笨が今までとは違った存在に早変わりし、若干身体を引かせてしまう。


「わ、私に、はッ。ハーブティーを、お願、い、します・・・」


「承りました!」


垣根が急いで用意をしている中で、まゆりもようやく落ち着き、背中を擦ってくれていた黒川に、大丈夫だ、と手で合図をおくる。




まゆり用のハーブティーが淹れられ、それを飲んで一先ず落ち着くと、黒川が、


「どのスイーツをお取りして来ましょうか?」


と訊いてくる。

まゆりは視線を彷徨わせつつ、無難にキルシュトルテをお願いした。


「・・・えっと、改めまして、ありがとうございます。・・・葦笨部長」


挨拶を忘れないことは、社会人としての基本である。


「・・・・・・葦笨でいい」


「いえ、そういうわけには・・・」


「・・・どうせ、4ヶ月後には会社を辞める」


葦笨の言葉に、社内で流れていると言われている噂が本当なのだ、とまゆりは思った。

葦笨は元々、海外に大規模に展開しているホテル企業の御曹司で、葦笨の祖父と会長が知古の仲であるために、修業の一貫として今の会社で働いていたらしい。

その修業期間ももう時期で終わり、葦笨は会社を辞すことになっている。

そのため、フローレンズの商會は葦笨と何としてでも特別な関係を築くために必死なんだとか。


まゆりは副主任達が井戸端会議で話していたことを思い出しながら、黒川が持ってきてくれたキルシュトルテのケーキに舌鼓を打ちつつ、隣を見て、また吹き出しそうになるのを寸でで堪えた。

葦笨は平然とした(いつもの無表情)で、ホールケーキを半分ほど平らげている。


「あ、葦笨、さんは、甘い物がお好きなんですか?」


現在の状況を見れば丸わかりなのだが、どうしても訊かずにはいられないことというのも、世の中にはたくさんある。


「・・・ああ」


「そ、そうなんですか・・・。まるでトルコ人男性のようですね~・・・」


いや、トルコ人男性もここまでではないかな?、とまゆりは考えてしまう。


「・・・どういう意味だ?」


まゆり側に顔を向けて、葦笨が問うてくる。


と言うか、その無表情をやめて~~! 

一般庶民にはキツイ状況で、更にプレッシャーになるんですよ~~~!! 


まゆりはそんなことを考えているなど億尾にも出さずに、何とか言葉をつっかえずに喋り出す。


「ト、トルコでは男性も甘い物を食べることは普通の光景なんですよ。トルコのケーキはショートケーキの20倍の甘さらしいのに、皆さん、平気で食べるらしいです」


「苅部様は物知りなんですねぇ」


黒川が感心したように呟く。

そこまで物を知っているわけではないので、『物知り』のカテゴライズに自分が入ることは烏滸がましいような気が、まゆりはする。


「・・・・・・来週、トルコに行ってみるか」


おおいっ?!?! 貴方、甘い物のためだけにトルコまで行くつもりか?! 


黒川も、流石に驚いたような表情をしているが、垣根は葦笨の言動に慣れているのか苦笑している。

そう云えば。


「あの・・・、普段は女性はこの部屋には入れない、と聞きましたが、私が此処にいても大丈夫なんでしょうか?」


「・・・・・・苅部は社長達が仕事ぶりを買っている人間だから、さして問題はない」


「は、はあ・・・・・・」


「・・・さっきの女のような人間に楽しみを邪魔されたくないから、女は入室禁止にしているだけだ」


葦笨の眉根が自然と寄る。

よっぽど豊田は不快な存在だったらしい。








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