白百合の君へ【草案】
僕がそれを見つけたのは数年前の日曜日。昼間の公園に子どもは一人もいないものだと初めて知った日でもある。いや、結果的にいたのだが。
それは随分と幼かった。少年ともとれるあどけない中性的な美しさに見惚れてしまい、思わず声をかけてしまった。しかし、それは声を発さなかった。ああ、これは違うと直感が言う。日差しも強く、そこに長くいたくないと感じた僕はそこを離れた。車に乗り込み、エンジンキーに手をかけると、ドアが開く音がした。控えめに、しかし確実にそれは僕の車に乗り込もうとしていた。その時、僕はそれを見つけたときよりも気が高ぶった。それの不安定さ、未熟さ故のこの行動かと推測しながらも、それが僕の手中にあるというときめきが心臓のポンプを激しく動かした。それは車に乗り込んだ後、しっかりとシートベルトをしてしばらく動かなかった。ルームミラーで除き見たそれは、不安と後悔と期待を入り混ぜた目をしていた。期待の色が消えないうちに、と車のエンジンをふかした。エンジンの音に反応したようにそれの瞳は期待の色を浮かべた。早く家に着かないものか、と焦れながら車はいつもの道へと戻っていった。
数時間とも感じたその時間は終わり、やっとのことで家に着いた。少し黒ずんだ金属の鍵をドアに差し込む。カチャ、とドアが声をあげた。ドアを引き、僕が先に家に入る。しかし、それは入ってこようとしない。支えていなかったドアは、ゆっくり僕とそれを引き裂こうとした。しかし、それは一瞬の杞憂だった。それは、ドアをこじ開け、僕の領土へと足を踏み入れた。計り知れない幸福感。足元から骨髄、果ては脳髄まで。じっくりゆっくり這うように訪れたその感覚はとても甘かった。
それが家に入ってきた。手に余る可愛げを惜しげも無く振る舞うその姿は天使を想起させる。それの眼には期待の色の中と、少しの戸惑いを浮かべながら、僕を見つめていた。そういえば、それは砂で遊んでいたな。ならば風呂か。足元には可愛い容貌に不釣り合いな赤と黒のラインが入った運動靴が見えた。苛立ちを押さえながら靴を脱がせ、家の中へとそれの手を引いた。もちろん靴は玄関先のゴミ袋に捨てた。さて、風呂だ。はやる気持ちが表に出ていたらしい。それの軽い足音がタタン早鐘を打つようにと廊下に響いていた。
バスタブにはもう湯を貯めてある。それの手を離し「早く綺麗になさい」と湯浴みを勧めた。それはまたもや声を発さず、服に手をかけた。グッと内臓がせり上がり、吐き気が僕を襲った。
「ああ、やめてくれ。僕が出て行ったあとにしておくれ」
なんとも情けないことだが、僕はそれにそう請うた。声がよく響いて、それは驚きを隠せず小さな体を大きく揺らした。それを驚かした申し訳なさとこらえきれない吐き気を隠すため、そそくさと脱衣所を出た。脱衣所のドアを閉めれば、向こう側で安い綿が床に落ちる音がした。それは断続的に続き、ふと止んだと思えば少し遠くから湯に浸る音が聞こえた。そろりとドアを開け脱衣所に入り、吐き気を抑えながら先程までそれが来ていた布を手近な刃物で裂いた。せり上がる吐き気は収まり、空気が軽くなったように感じた。タオルと服を用意しなくてはと、それの身長では届かないであろう高い棚のなかからいっとう白いものを引き出した。タオルの下にそれを忍ばせ、脱衣所を後にした。
それの湯浴みが終わるまで、僕は待った。それは永遠にも紛う時間であったが、今はその時間さえ愛おしい。今か今かと待つのが惜しい反面、永遠にこれが続けばいいと感じていた。幾分と控えめにドアが軋んだ。そこから顔を覗かせたのはもはやそれではない。「彼女」だ。
短めの黒髪は湯によって先程よりも長く見え、黒髪とマッチする白い薄手のワンピースがよく似合っており、戸惑いを隠せない白い生足はおずおずと歩みを進めた。
まさしくこれだ。これこそが、いや、「彼女」こそが僕の、僕だけの一番のお気に入りだ。戸惑いを隠せずいじらしくうごめくその体に宿った眼光は、焦りと軽蔑と、それを勝るほどの期待でまぶしく輝いていた。たまらない。これまで何人もの「彼女」を育ててきたが、この「彼女」は歴代最高だ。これからもっと美しく、可憐で、妖艶になるだろう。僕は彼女を包むように抱きしめた。彼女は震えていたが、その肌は熱く、僕はその温かさと柔らかさに心酔しながら暫くの時を過ごした。
5年ほど前に閉鎖的なコミュニティで作成した作品です。
こちらは現在もまだ構想中のため、取り急ぎ草案として形になったものだけ投稿しました。
時間に余裕があれば、向き合って執筆したいと思っています。