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中編

 婚約を破棄されたことを両親に告げると、何故かぶっ倒れてしまった。

 イノック殿下に十分な慰謝料を用意してもらえると言ったけど、全然効果はなかった。

 その日の晩、うちにブラックリー家が押しかけて来た。


「ルーシャちゃん、マイルズが婚約破棄なんかして、ごめんなさいね!!」


 おばさまが何故か謝ってくれる。マイルズはちゃんと事情を説明していないのかな。


「いえ、おばさま、うちは元々ブラックリー家にふさわしくない家系ですから。これでよかったんです」


 私に伯爵夫人なんかが務まるわけもないんだから、この決断は間違ってないはず。

 そう思っていると、今度はマイルズがやってきて、「ちょっといいか?」と外に連れ出された。

 庭に出ると、もう星が瞬いている。少し寒いかも、と震えたら、マイルズが上着を貸してくれた。


「……ごめんな」


 マイルズの言葉に、私は肩にかけられた上着を握りしめながらマイルズを見上げる。


「なに謝ってるの、らしくない。破棄は妥当だよ。他にいい人はたくさんいるんだしさ」


 あははと自嘲気味に笑ってみせると、マイルズはギロっと私を睨んできた。え、なんで。怖い。


「誰だよ」

「誰って……」

「パン屋のレイニールか? それとも洋服店のカインか?」


 二人とも、私の行きつけの店員さんだ。でもどうしてその二人の名前が出てくるのか意味がわからない。


「私は別に……」

「俺はあの後、イノック殿下にヒルダ嬢を紹介された」

「ああ、あのお綺麗な方が、有名なヒルダ・ウォリナース様? さすが殿下、良い方を紹介してくれるわね。マイルズとすっごくお似合いだったもん」


 ヒルダ様は私たちよりいくつか年上だったと思うけど、侯爵家の令嬢でそれはそれは才色兼備と名高い方だ。

 きっとマイルズの隣に立つなら、身分も頭脳も見目も申し分ない人が良いに決まってる。私なんか出る幕もなかった。殿下が婚約破棄しろと言ったのも頷ける。


「よかったね。いい人が見つかって」


 心臓がちくちくするけど、私はなるべく笑って言った。


「どうなるかは、わからないけどな……」

「マイルズなら大丈夫だよ! がんばりなさいよ、未来の伯爵なんだから!」

「……ルーシャは、どうするんだ?」

「私はほら、爵位はお父さまだけの一代限りだし、普通に一般人と結婚でもするでしょ。世界の半分は男なんだし、マイルズは気にしなくても大丈夫だから!」


 マイルズはなんだかんだで責任感のある子だから、私のことなんかで気を遣わせちゃいけない。

 私とマイルズの婚約なんて、私の軽はずみな発言と親のノリで交わしただけのものなんだから。


「そうか……相手は誰かは知らないが、うまくいくといいな」

「あはは、ありがと」


 そう言って笑った私の顔は、ひきつっていたかもしれない。

 分別のつく年になってからずっと、私はマイルズと結婚することに疑問を感じてた。

 私は由緒正しい貴族の娘じゃない。言ってしまえば、ブラックリー家にとって私はただの近所の子にすぎなかった。

 なのに、ひょんなことから婚約者になっちゃって、それが今日まで続いてしまったってだけ。

 私に本物の貴族なんて無理ってわかってるし。マイルズの横に立つのはヒルダ様がふさわしい。

 なんだか胸がちくちく刺されるように痛むのは、きっと気のせい。


「今まで、わがままばっかり言っててごめんね。困らせたよね」


 イノック殿下の、『いつも婚約者のわがままに振り回されて困っていたんだろう』って言葉が頭から離れなくて、私はそう謝った。


「あ、あれは……」

「ヒルダ様ならあれイヤだこれイヤだなんて言わないだろうから、マイルズのストレスもなくなるし、よかったよかった!」


 笑ってみせると、マイルズはごくんとなにかを飲み込むようにして口を閉ざしている。


「じゃあね、マイルズ。わざわざ来てくれてありがとう」

「ああ」


 マイルズは低くなった声を一段と下げてそう言うと、私に背を向けて門を出ていこうとする。

 これでもう、本当の他人になっちゃうんだ。私がマイルズと結婚するという未来は、消えてなくなるんだ。

 どうしてだろう、胸が苦しい。

 私は貴族には向いてない。マナーだってなってないし、社交の場は苦手だし、貴族社会でマイルズを支えていけるとは思えない。

 だから、これでいいはずなのに……どうして泣きそうになってるの。


「ルーシャ」


 数歩離れたマイルズが、私を振り返った。


「今まで、嫌なことばかり押し付けてきて悪かった。これからはルーシャの自由に生きてくれ」

「マイルズ……」

「殿下の言葉は気にするな。俺はルーシャにわがままを言われて嬉しかったから……あれは、俺の惚気(のろけ)だったんだよ」

「……え?」

「じゃあな」


 夜の風が、マイルズの上着をバサリと揺らした。

 私がぎゅっと上着を握りしめると、マイルズの匂いがした。


 ああ、私……思った以上にマイルズのことが好きだったみたいだ。


 マイルズの後ろ姿が見えなくなると、右目から涙がするりと落ちていった。




 私とマイルズは、婚約者同士ではなくなった。

 近所なのですれ違うこともあるけど、私は会釈をしたらすぐに走り抜ける。

 マイルズの顔を見るのがつらい。ほぼ毎日、飽きるくらい見てきた端正な顔立ちを、もう真っ直ぐ見られない。


 バカだな、私。努力すればよかった。

 由緒正しい貴族じゃないからとか、私は所詮一般庶民だとか、勉強が嫌いだとかダンスが苦手だとか……全部、全部言い訳だ。

 私は、私なりにやったつもりではいた。イヤだったけど、文句もわがままも言ったけど、マイルズのためにって社交も全部出席していたし、最低限のマナーだって身につけていたと思う。

 そう、どれも最低限。全然足りなかったんだ。

 由緒正しくないからこそ、ヒルダ様のように才色兼備を目指さなくちゃいけなかった。

 伯爵になるマイルズの隣に立つにふさわしい、女性に。


 ねぇ、マイルズ。もう遅いかな。

 今から努力したところで、もう婚約者にはなれないよね。

 でも──


 私は一縷の望みをかけて、全てを一から勉強し直すことにした。



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