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大嫌いな世界の中で、愛してるのは君だけだ  作者: カラーコーン人間
14/16

14、「私に対する温もりが……、感じられない」

「やつはここにいるはずだ、絶対に見つけ出せ!」


鳴り響くアラームと共に大勢の人の足音が聞こえてくる。警察がこの廃工場に足を踏み入れてきた。


「おい、人がいるぞ」


隅に座っている私を見つけた警察が近づく。


「すみません、細海重信という男がこの付近で潜伏してると思われるのですが、何かご存じですか?」


何も声が出なかった。


「この音……、おいこの女! 腕時計が……」


そう、このアラームは私の左腕から、おそらくGPSもここを指しているだろう。


別れる前に、腕時計を交換することを提案した。今私の持っている腕時計は細海さんのもの、そして今必死に逃げている細海さんの持っているのは私の、でもデータは元に戻すらしい。わざわざそんなものを持って行って何をしたいのだろう……、それだけは教えてくれなかった。


「くそっ、急いで探すぞ! ……っ、おい放せ! いでっ!!」

「放さないッ! 絶対に……、細海さんのところに行かせない!!」


指示している男の脚を掴み、さらには噛んでまでして止めている。


あーあ、私は何をしてるんだろう。フラれた相手のためにこんなことまで……。



「七瀬美柑、高校二年生です、よろしくお願いします」

「それじゃあ七瀬さん、わからないことがあったら全部、この男に聞きなさいね」

「丸投げは覚悟してましたけど副店長、もうちょい言い方あるんじゃ……?」

「何か文句でも?」

「いえ、よろしくお願いいたします」


(何この二人……?)


「えーと、細海です」

「よ、よろしくお願いします……」


私と細海さんとの第一印象は悪かった、死んだ魚のような目は接客業として良くないんじゃ……、と本当に不安になったから。


「高校二年生ってことは、経験ない?」


(経験ない……? え、まさか……、いきなりセクハラ!?)


「は、はい……、それがどうかしたんですか?」


(……って、何正直に答えちゃってんの私)


「いや、少しでもあったらやりやすかったんだけど……」


(やりやすい!? 初対面でいきなり何てこと言うのこの人……)


「はあ……、仕方ないか。俺も(人に仕事教えるの)初めてだけど、一生懸命教えるから頑張ろうね」


(ナニを教えるというのですか!?)


「ちょ、ちょっと待ってください……! そういうのは……。も、もう少しお互いのことを知ってからでも……」

「あぁ……、それもそうかな。あんまり見せたくないんだけど、はい」

「はい、って……。あ、好き嫌い公開の……」


細海さんの嫌いなものを見た時は本当にびっくりした。


「え……、女嫌い? てか、歌嫌いって!? ここカラオケ店ですよ!? え、笑顔まで嫌いなんですか……。何なんですかあなた……」

「言い方……、一応先輩なんだけど」


とりあえずあの時は仕事を始めて、退勤時に話を聞いたんだよね。


「俺が聞きたかったのはさあ、アルバイトの『経験』なんだけど……。何がどうなったらそんな誤解生まれるの?」

「すみません、友達に気をつけろと言われたんです。アルバイトの男共はケダモノだから気を付けてって……」

「ひどい偏見だな。そんなやつと友達になるのやめたほうがいいぞ」

「友達は続けますけど注意しますので……、本当にすみませんでした」

「まあ……、どうだっていいけど」


悪い意味で正直な人……、だからあんなに嫌いなものを募らせることができたのかな。


「それで、女と歌と笑顔が嫌いってどういうことですか? 他にも色々気になりますけど」

「別にこれぐらいが普通だよ、君が少なすぎるだけ」

「そうですよねぇ、……ってそんなわけないじゃないですか!?」

「いいだろ別に……、人のプライバシーに触れすぎ」

「そういう訳にはいきません! 個人的にも黙っておけないですし、何よりカラオケ店という仕事上で歌が嫌いって問題があります! ちゃんとした理由を聞かせてくれるまでつきまといますよ!?」

「一気にストーカーと化したな。……女に一度言われたんだ、歌うな笑顔を見せるなって」

「え……、それだけですか?」

「それだけってなぁ……、今お前がさらに俺の心傷つけたぞ。女だから余計に」

「あぁごめんなさい……。理由の説明がそれだけっていうのもそうですけど、一度言われただけで……?」

「何度も言われないと傷ついちゃいけないのかよ?」

「いえ、そうじゃないですけど……」

「もう十分か? それじゃ」


その日の翌日にもアルバイトがあって、別の人に細海さんのことを聞いてみた。


「実は細海さんね、ある女性のお客さんに怒られたのよ。半強制的に追い出して接客スマイル見せられたらムカつくって」

「そ、それってここのルールじゃないですか! 何も悪くないはずですよ!?」

「それだけならねぇ……。でもその後細海さんがやっちゃったのよ、嫌悪感がAIに察知されてそのまま相手の腕時計のアラーム鳴っちゃって。そして女性と一緒にいた男たちに駐車場まで連れてかされてボコボコに殴られて警察沙汰」

「そ……、そうだったんですか」

「あら、細海くんの悪口? 良いわね、私も混ぜてよ」

「副店長……、相変わらず細海さん大嫌いですね。私はどうでもいいですけど」

「当たり前じゃない。いくらそんなことがあったからって、死んだ魚のような目で接客されても迷惑な話よ。というか実質自業自得じゃない。ナヨナヨと男らしくないし器が小さいからそうなるのよ。だいたいそれとは別に歌が嫌いっていうのもどうなの? ねぇ?」

「確かにそうですよね。何で採用されたんでしょうか?」

「知らないわよあの店長甘いから。あーあ、早く辞めてくれないかしら」

「で、でも……、細海さんは、好きでそういうことを嫌いになったんじゃないと思います。細海さんは、『好きなことを好きでい続けることができない』という壁に真剣に向き合っているんです。細海さんを悪く言うのはやめてあげてください」

「あらぁもうあの男の肩持つなんて、七瀬さんもしかして細海くんのこと好きなの?」

「そそそそんなわけないじゃないですか!?」

「ならいいけど、ああいう男と一緒になると不幸になるわ。疫病神よ疫病神」


それでも……、私は細海さんをどこか放っておけなかった。


「仕事が好きな理由? まともな人だって思われるため。好きなものなんて本当はないに等しいんだけど……、好きなものなくて嫌いなもの多すぎたらそれこそ怪しまれて補導行き、だろ? だから嫌々好きになってるんだよ、焼け石に水だろうけどな」


とか言いながら意外と真面目だし丁寧に教えてくれるんだから。素直じゃないな。


「何気持ち悪いことやってるの細海くん」

「げっ、副店長……。気持ち悪いとは失礼な、鏡の前で笑顔練習したらダメなんですかァ?」

「あなたの場合ダメよ、そういうところは人のいないところでしなさい」

「……ったく。はぁ……、まじで笑顔できなくなってきてるなぁ……」


植え付けられたトラウマを克服しようと努力して、気づいたら私は細海さんをどう笑わせようか考えるようになっていた。一発ギャグなんてできないし恥ずかしいから、せめて面白かったテレビ番組の話を持ってきたりSNSの話題を教えたり色々やった。時々心が折れそうな時もあったけど、細海さんは聞き上手だったので私の空回った話ですらちゃんと聞いてくれたのがどこか嬉しかった。そして気づかないうちに私は……。


本当にそれだけだったかなぁ……、そういえば仕事中うっかり歌ってた時あったっけ? その時は良い声だなぁって、やっぱり歌が好きなんだなぁって、どうしたら私の前で歌ってくれるかなぁって考えたっけ……。


あーあ、頑張ったんだけどなぁ。一回目の告白も音沙汰なしだったし。ついメッセージで『大好きです』って送っちゃって、慌てて消したけど既読ついてたから、ついごまかそうとあんな苦しい文送っちゃって……。


つまりダメだったんだね、別に元芸能人に負けたとかじゃないよね。細海さんは初めから私のこと嫌いだったのかなぁ。あんなに仲良くなって、もっと仲良くなりたくて、せっかく細海さんと同じ大学に行けるようになったのに……。


「この新品の腕時計が証明しちゃってるなぁ……。細海さんの、私に対する温もりが……、感じられない――」


その後、泣き叫ぶ声だけがよく響いていた。

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