表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/117

80粒目『ablution:沐浴、宗教的洗浄、入浴、入浴施設』爆パイ桜沢先生②

『ablution』


―沐浴。沐浴、宗教的洗浄、入浴、入浴施設。


古フランス語のablutionすすぐ、禊、から。

また、ラテン語のablūtiōも関係がある。

ablūtiōはabluereが変化したもの。

abluereは、ab離す+lavāre洗う、の意味。

洗って汚れを分離する、清める、となった。ラテンなのにインダス川っぽい意味の言葉。―


会長殿下(かいちょうでんか)がお呼びだ。砌博文(みぎりはくぶん)

「拒否する。僕は忙しい」

 実際忙しかった。作業には集中が必要で、しかも佳境(かきょう)に達しつつあった。

 ここを間違えると全体の修正が必要となる。

 システィーナ礼拝堂の天井に筆を当てたミケランジェロも、こういう気持ちだったのだろうか。

 いや、違うな。今、この瞬間、僕はミケランジェロだ。


 黒板いっぱいに広がる桜沢先生。ルネサンス的な黄金比率を無視して、あえて魚眼レンズ的な縮尺の歪みを採用することで、強調されるおっぱい。もちろん手ブラだ。

 秘めるこそ(はな)なりの極致が手ブラだと、僕は信じている。でも、信仰に近いこの想いは、桜沢先生の横顔や、ひそめられた眉、結ばれながらも微妙に歪んだ口元を3分で描いた手際を鈍らせる。

 ミケランジェロも、強すぎる情熱に筆が先走ったことがあったんだろう。

 でも彼は勝ったし、勝ち続けた。そしてヨーロッパの芸術を復興させ、システィーナ礼拝堂の礼拝堂に天国を現出させた。


 時も場所も隔絶した現在、日本はN学園中等部2年A組の放課後の黒板に、僕は桜沢先生のおっぱいを顕現(けんげん)させつつある。

 魚眼レンズ的に歪む背景には落ち葉。落ち葉から隆起する木の根はもちろん隠喩(いんゆ)だが、しかし何の隠喩なのかはさすがに言えない。あえてぼかすなら、情熱。

 僕は、桜沢先生の表情(かお)が一番はやく描けたことを誇りに思う。恥じらいの苦悶、まあこれは僕が彼女を困らせてばかりいるからだけど、目に焼き付けているからだな。観察力の勝利ともいう。

 そして、この指の先を、丸みを描けば完成なのだけど、手というのは難しいと題材だと思う。

 人間の表情や画風を完璧にトレースするAIが、手だかどろどろに溶かしたり、7本や8本指にしてしまうのは、結局手が難しいからだろうな。

 でも難しいからこそ、描き甲斐(がい)があるし、手ブラなら尚更……。


「ぐふ」

「ふざけるのは人格だけにしろ。砌博文(みぎりはくぶん)

 人格否定。駄目。絶対。いや、暴力も反対。

 と言いたかったけれど、でも僕は無言だった。

 黒板に腕を上げていたせいで、がら空きだった脇腹に拳は容赦なく突き刺さり、体はくの字にちょっとだけ曲がったけど、チョークをつまむ指をぶれさせることはなかった。

 根性。集中。そして、愛。

 たかだか生徒会は書記風情の御園清香(みそのせいか)には、分からんのだろうな。この愛を。


 そうして、僕は手ブラを描ききった。

 権力にも暴力にも屈することなく、完成させた桜沢先生。題材は、そうだな。

 

『転生したらエデンの園でアダムに押し倒されていた桜沢先生』

 

 うん。完璧だ。エデンの園なら花が咲いててもいいし、鳥や蝶も飛んでてもいいけれど、桜沢先生の手ブラはそこいら辺を(おぎな)って余りあるほど神々しい。

 見上げているだけで、心が洗われる。宗教的洗浄、洗礼を受ける人がこんな気持ちなのかどうかは知らないけど、でもとにかく僕は誇らしい気持ちでいっぱいだ。


「うぐふっ」

「気持ち悪いっ!!! 気持ち悪い落書きで鼻の下を伸ばす貴様は気持ち悪いぞ!!! 砌博文!!!! 貴様という男はどこまで下衆(げす)なのだ……!!!!!」

 一説によると、御園清香の実家スポーツジムで、空手教室も経営しているらしい。

 だからなのか、繰り出してくる拳もシャープで、迷いがなくしかも正確に急所を打ちぬいてくる。

 今回はみぞおちにフックパンチ。

 耐えきれずに膝から倒れて悶絶する僕を、御園清香の上靴の白い踵が、がしがしと踏みつけてくる。

 (はず)みでスカートはひるがえり続ける。でもスパッツが黒いだけでパンツは見えない。

 当たり前か。ラノベの世界なら見えるんだけどな。あれは甘く美しい幻想の世界なんだな。

 ま、生徒会書記風情のパンツなんかには、僕はそもそも興味はないから、問題ないけど。

 僕が愛するのは桜沢先生のおっぱいである。

 今度は、銭湯の風呂椅子に座って、両手で風呂桶を肩の上に掲げる桜沢先生でも描こうかな。

 構図は正面じゃなくて斜め後ろからが良いな。横乳もまた浪漫。


「気持ち悪いぞ砌博文!!! にやけて鼻血を流す貴様は、限りなく気持ち悪いぞ砌博文……!!!!」

 御園清香の暴力は止まらない。でも僕はこの愚物(ぐぶつ)を許している。

 僕の心は、桜沢先生・My・Loveでそれどころではない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは! てっしーさん。 てっしーさん、前回も奇想天外なお話や阿黒君に笑い、そして今回もとても楽しませていただきました。 ほんとうにおもしろいです^^ 沐浴や入浴といいますと、ローマが…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ