58粒目『abhorrence:忌避。嫌悪。嫌悪感』ゆっこ⑨
『abhorrence』
―忌避。嫌悪。嫌悪感。
abhorに名詞のenceをつけたもの。―
そこで水柿さんは小さく笑った。
いたずらが見つかって怒られた子供みたいな、おしゃれ星人でコミュ力強者の水柿さんというのが、あたしが彼女に抱いてた印象だけど、その像がぶれるくらい、よわよわしい笑顔だった。
あたしはどう表情を作れば正解なのか分からず、両手で握るグラスの底に目を落とした。微妙にあたしが傾けているそのグラスに麦茶はほとんど残っておらず、ふちに色のとても薄い水たまりを作っているだけで、この薄さは氷が解けて水を薄めたということなのだけど、つまりあたしとゆっこは、グラスがこんなになっちゃうくらい長く、水柿さんの思い出話を聞いている。
話のテーマは、あ、テーマというのは文章を読む上でとても大切だって、吉橋が言ってた。
テーマがないと文章は単語の羅列、よくて詩のようなものになるらしい。
書く人はテーマを決めて書いていて、テストに出てくるような純文学では、そういうテーマがとてもふわっとした、心にしみやすい形になるように、文章は構成されるし、だから傍若無人に人を振り回しまくって最後は浮気相手と心中しちゃった太宰治だって、文章についてはめちゃくちゃ考えてたし、実際写真では、ほっぺたをおさえて、歯が痛そうな顔をしている、と吉橋は結構前に、熱弁していた。
で、水柿さんが話したいテーマは、結局ダミアンって変わった外人なんだな。
よわよわしい笑顔になっちゃったのは、この後ダミアンと気まずくなるようなことが起こるってことだ。
長いなあ。
グラスにさしたストローの先を、底の水たまりにあてて、あたしはずずっとそれを吸う。
目の端でゆっこは真剣な顔をしている。
水柿さんは話を続ける。
「羊って警戒心が強いから、普通は近づいてこないんだけど、まだ赤ちゃんだったからかな。群れから離れた場所にいて、地面に鼻先をすりつけるみたいに草を食べてて、気が付いたらあたしたちが来ちゃってた、って感じだったと思うのよね。
小さな羊は地面から顔をあげて、あたしをきょとんと見た。まつげは、触ったら痛そうなくらい、長くて鋭い感じで、まつ毛の下の白目に縁取られる形で、黒目があった。マーカーで引っ張ったみたいな横に長い黒目だった。でも黒いのは右の方だけで、左目は全部白かった。真ん中の部分に、横に長い四角はあったんだけど、なんだろう。赤ちゃんから外したおむつのウンチみたいな、そんな汚れた色をしていてね。
あ、この子、病気なんだ、と思ったの。それで、病気だから、群れから離れてるんだって。
あたしはその子に目を合わせたまま、ゆっくりしゃがみ込んで、足元に生えていた草をちぎってあげた。ちゃんと食べてくれたものだから、嬉しくなって、手当たり次第草をちぎって、その子にお供えしたけど、ダミアンが近づいてきてね。逃げちゃった。
その日からかな。あたしが、ちゃんとダミアンを嫌いになったのは。
でも、嫌いだけど必要なの。だって、ダミアンがいないと基地に入れないし、コカ・コーラのLが植木鉢みたいなサイズのマックだって行けないし、沖縄とは全然違うアメリカはテレビの中でしか見れないものだったし、そんな不思議な場所の端の牧草地でしか、片目のあの子には会えないから。
その後も、まあ多分1年位かな。ダミアンとあたしたちの家族は交流した。
教会の行事にもよく誘ってくれたし、バザーとか感謝祭とかクリスマスとかでね。
ダミアンはよく神様の話をした。神は愛にあふれてるんです。愛してるからこそ愛し過ぎて、こんなフーバー、めちゃくちゃな世界を作ったんです。そういって、ダミアンはよく泣いて、何故かお父さんがダミアンの肩を抱いて、分かるよ分かるよ世の中って本当にくそったれだよな、でも俺はダミアンに会えて嬉しいよ、って言うのね。ミナガキサン、アリガトウゴザイマス、って、外人の抑揚で言うんだけど、お父さんに肩を抱かれてうつむきながら、ブチ眼鏡の奥の黒目はくるりと泳いで、あたしにぴたりと止まるの。
そのたびに、思い出してた。ダミアンの言葉を。
『僕は羊だよ。君の痛みを引き受けたんだ』
ああ。うん。別に何かされたわけじゃないし、元はというとあたしが悪いのね。血みどろのダミアンの瞼にさわっちゃった。それが全部の原因だし。
ダミアンがあたしに執着しだしたのも、あの夜からだし。でも、あの頃のあたしからしたら、意味が分からない。お父さんとお母さんはダミアンが大好きだったし、実際尊敬できる人なの。基地の不祥事を告発するのは勇気がいるし、誰もが見ないふりをしてきたのを、ちゃんと告発した。握りつぶされたけど、でも、そういうことをやってる人たちは、警戒するでしょう。告発の前みたいな、やりたい放題はしない。ダミアンは、そういう意味では正義の人。あ、これはお父さんの受け売りね。ダミアンのこと、お父さんはよく、褒めてたから。
でも、あたしは、ダミアンが嫌いだし、嫌いというよりも、嫌悪感を抱いていた。怖いじゃない?
気持ちが悪いし、だから避けたかった。忌避したい気持ちが強すぎてね、恥ずかしいけど、何回もおもらししちゃったのよ。頭を撫でられるとね。体が固まる。怖くて。
ダミアンは教会のバザーで、子供たちに聖書の話をするのが好きで、中東の遊牧民のコスプレをしながら、役に感じ入っちゃうのね。子供を人身御供にする演技をしてた時なんか、もうぼろぼろ泣いちゃってるの。あ、知らない? アブラハムの試練。神様が命令するのよ。アブラハムを生け贄にしろって。
無理難題ってやつ。で、アブラハムって遊牧民は、困って、迷って、結局子供を殺すことにするんだけど、天使が止めに入って、気持ちは分かった、これからは子供の代わりに羊を捧げるといい、ってめでたしめでたしになるんだけど。
そう。羊。そこから、羊が殺される歴史が始まるの。
そして、あたしにつながるの。
クリスマスの後かな。ダミアンの任地が中東に異動することになってね。お別れ会が、基地で開かれた。たくさんの人たちが呼ばれた。みんな泣いてて、あたしはほっとしながら、でも、もう片目の羊さんには会えないな、と思って、探したの。
牧草地は、誰も手入れしないから牧草地になってたけど、本当はバーベキューの広場でね。
皆で野菜を切ったり、火を焚いたりしていた。
皆から離れて、あたしは片目の羊さんを探したの。ちゃんと、いつもの場所にいた。鼻先を地面にすりつけるようにして、やっぱり草を食べていた。
あたしは、本当にもう、最後なんだなあ、と思いながら、羊さんの頭を撫でたのね。
何回も撫でたことがあったから、羊さんも慣れっこになってて、逃げなかった。
だから、あたしはここぞとばかり、羊さんとの時間を楽しんでたのね。え。楽しいよ。羊さんに触るのって。
なんか、羊の毛ってコットンみたいにもこもこしてるイメージがあるでしょ。違うの。もっと湿ってて、ちょっとゴワゴワしてて、でも柔らかいかたまりになってて、温かいの。
草をちぎってあげるとちゃんと食べてくれるし。首をなでると、指が柔らかい羊毛に吸い込まれて、汗とか土の匂いを感じるし。
でも慣れてるから大人しいの。
『こいつは犠牲の羊だよ。君の痛みを引き受けるんだ』
後ろから、耳に息がかかった。熱かった。楽しいというより、狂った愉悦って言うのかな、そんな声が、声というよりも息が、かかってきてね。振り向くとダミアンが目と口を大きく開いて、サーカスのピエロみたいな笑顔を作ってたの。
『じゃないと君が犠牲になる』
ダミアンは静かに言って、片目の羊さんの後ろに回った。
それから、羊さんの後ろ脚をつかんでね、ダミアンの腰の上に引き上げた。
羊さんは前足を踏ん張る形で抵抗したけど、でもダミアンの方が強くて、そのまま屠殺場まで引きずられていったわ。
あたしは何もできなかった。ダミアンは殺した羊さんを、木につるして、皮をはぎ始めた。
するすると。たまに両手を広げて歌いながら。
もう野菜が焼かれていてね。基地のスーパーから直送された牛肉も、鉄板の上で焦げたあぶらっぽい匂いを出していた。パーティは始まっていたのね。
お父さんもお母さんも、お酒を配るのに忙しくて。そもそも人気者のダミアンのお別れ会だから。
そして基地は、世界一安全な場所のはずだったから、それはたまたま、ダミアンがあたしに執着していて、あたしが片目の羊さんを好きなのが分かってたから起こっただけの、悲劇だったの。
羊さんは皮をはがれて、大きな木の枝で、口からお尻まで串刺しにされて、焼かれた。
はがれたのは羊さんだけど、はがされたのはあたしだと思った。
何もない、と思わされた。その日は晴れていて、温かい風が吹いていた。牧草地は明るい緑で、草も木の葉も柔らかいリズムで揺れていて、そして、あたしだけが羊さんの犠牲に、気づかされていた。
乾杯があって、みんながダミアンに感謝していた。
ダミアンはカインとアベルの話をしていたわ。兄に殺されたアベルは羊飼いでした。神様は羊が大好物ですからね。さあ、僕たちも神様のつもりで羊を食べましょう。世界はスナフ!!!! いつも通りめちゃくちゃだぜ!!!! 乾杯!!!!
確かに、本当にめちゃくちゃだと思った。片目の羊さんを、ダミアンは変わり果てた姿にさせて、みんなに振る舞っている。紙皿の上に分けられた肉片には濃い色のソースが添えられていて、肉がすりつけられる。咀嚼を始める。あたしにも紙皿が渡されて、遠くから、そんなあたしを、ダミアンはじっと見ている。そんな光景がね、あの日から、ずっとあたしの瞼の裏に、残っているの」
以下、個人的なメッセージです。
遥さんへ。
大丈夫ですか? 心配です。ご自愛くださいね。
扁桃腺炎は、昔俺もやって、高熱出て寝込んだことがあります。
感想については気になさらず。
来月末にもらえたらいいなあ、ってのは本気です。
そもそも、遥さんが読めないって状態の時に、読んでほしいとは思いません。
こういうのは、体の調子がよくて、何か気を紛らわしたいな、という時に、暇つぶしに読むものです。
優しさではなく、俺の認識をお伝えしております。
で、優しさというか、まあ、恩返し的な意味でですね。誰かが遥さんのために世の中のどこかで小説の更新をしている。こういう事実。これは100%のいたわりです。
もう、ツィッターでも宣言したから、いいかな。
お伝えしますね。俺は昨日を含めた3年間、毎日投稿します。内容は、まあ、うん。
でもとにかく投稿します。いや、でも投稿するってことだけでどや顔もなあ。
と、思うでしょ。俺は思いますよ。しかも押しつけがましい。
けどね。俺が遥さんのためにできるのは、これだけなのですよ。
そして、できることはしたいというのは、俺の意志であり、くれたのは遥さんなのです。ありがとうございます。
まあ、世の中に1人くらい、そんな人がいてもいいでしょう。でも内容は期待しないでくださいね。
字を追えなくても読める文章を書く作家さんはたくさんいるのです。村上春樹、龍、角田光代、川端康成、尾崎紅葉……。
比べるのも不遜ですが、まあ、こういう文章しか書けないのはしゃあないのです。実力不足。でも、更新はできます。そこら辺に着目してください。
で、具合が良くなったら、良さげなのに目を通していただいて、面白かったら、一か月に一度くらいで感想いただければ幸いです。
そんな感じかな。俺もいつもいつも、善意のわだちみたいな、書くと頭がぽやぽやする話を書けませんし、そういうのはじっくり取り組む必要があるし、一か月で一作品が無理のない範囲だと思うのですが、でもそれだと、更新をすることで存在を主張し、喪失感を和らげるという本来の目的が果たせなくなるので、テーマの大きいものはじっくりと温める形で、同時並行的に書いていき、普段は書きやすいものを、内容が薄くても書いていく、というのが最適解ではないかと思う次第であります。
まあ、つまり、更新はたくさんしますが、気にしないでください、ということです。
ではでは。重ね重ねになりますが、ご自愛くださいね。