57粒目『abhor:いみ嫌う』ゆっこ⑧
『abhor』
―いみ嫌う。
語源は離れるのab+ぞっとするのhorr。ぞっとする恐怖から離れる、でabhorとなった。
ホラーやスプラッタの映画が苦手な人は、確かにパッケージも見ない。ゾーニングって大切。―
「ダミアンのことはみんな大好きだったの。
ハリウッド系のイケメンってより、眼鏡が黒ぶちなんだけどね。近眼だったのかな。
目が大きくて、人懐っこい感じでくるくるよく動いてた。
背がひょろ長くて、黒髪をきっちり刈り込んでて色が白くて、耳の上の生え際によく汗をかいてた。沖縄、暑いから。いつもニコニコしてて、よくわからない歌を口ずさんでた。英語じゃなくて、独特の抑揚なの。教会のバザーでは讃美歌を歌ってた。両手を広げてね。
でもさりげなくフーバーとはタルフとかスナフとか歌詞に混ぜるのね。全部海兵隊のスラングなんだけど……。なんていうかなあ。スラングで神様を馬鹿にしてる感じ。
讃美歌でね、英語で、いと高き神ところに栄光あれ、こっちはフーバー!!!
ってさらっと混ぜるのね。フーバーは、もうめちゃくちゃだよ、って感じ。
で、神父さんの前でも堂々と歌っちゃうし、でも憎めないって思わせるのが上手な性格だからかな。
出入り禁止とかにはならなくて、オフの日はいつも教会にきて、祈ってた。あ、芝刈りもしてた。
うちの家って酒屋なんだけど、海兵隊御用達の飲み屋街もあるのね。
え? あたしは行ったことないよ。子供は近くに行っちゃだめ。昼間でも駄目。昔、ぞっとする事件があってね。それからすごく厳しくなったみたい。
で、ダミアンは、オフの日は必ず教会でお祈りして、夜は飲み屋街の酒場で讃美歌を歌うんだって。
お父さんは何回も見てるの。海兵さんたちがね、あいつはホテル・サイゴンに泊まってんだな。毎晩、夢の中でって、呆れるのを、よく見てたんだって。
あ、ホテル・サイゴンってね。ベトナム戦争の時に捕虜の拷問所がサイゴンにあって、で、そこをホテルっていう、ブラックユーモアなのかな。
アメリカ人って大体讃美歌好きだけどね、知ってる? あっちの国歌も讃美歌なんだよ。
で、黒人教会ではミュージカルっぽく踊りながら大合唱だしね。
でも、ダミアンは、タルフ、状況は最悪だ、とかスナフ、いつも通りめちゃくちゃだ、とか混ぜちゃうから。嫌な人は嫌なの。倫理的に終わってるけど神様のこと大好きな海兵隊って結構いるから。
で、そういうガンニー、あ、ガンニーは一等軍曹ね。海兵隊の。
ガンニーたちの腕はあたしたちの太ももくらいに太くてね、力任せに殴るわけ。ダミアンを。
いつからだったかな。多分、あたしが小学校に上がる前。
お父さんは、ダミアンを酒場の裏で助けた。
ダミアンは本当に危ない不祥事に告発の形で足を突っ込んでいて、酔ってたのかな。いつも通りに讃美歌を歌って、フーバーとか叫んで、えっと。何だったかな。
お偉いさんの前でね、叫んじゃったの。こんな不祥事やってるフーバーな海兵隊は神様もいみ嫌うぜ!!! 沈め第7艦隊!!!! ってね。
最悪でしょ。次の日に監査が入るのよ。話は全部ついてる。お偉いさんももみ消しの根回しは済んでる。でも叫んじゃった。え? ああ。うん。被害者がいる系の不祥事。日米ハーフが関係してた。被害者も加害者も、微妙な立場だったみたい。
知ってる? 沖縄の海兵隊ってね。日本人よりも偉いの。犯罪やっても取り調べも甘い。
でも別に、ほとんどは良い人なんだよ。ダミアンもお父さんやお母さんから見たら、いい人だったし。
で、ええと。ダミアンがお偉いさんの前でやらかしちゃったでしょ。海兵隊の人たち怒るでしょ。手加減ない感じでめちゃくちゃ殴るでしょ。で、ダミアンはぼろ雑巾みたいになったわけ。
猫とネズミのアニメあるじゃない。あの猫みたいなボロボロ加減でね。
お父さん、手当してあげたくなっちゃったわけ。お人よしなんだ。うちの家系。そこら辺は、とも兄と似てる。あ、ゆっこちゃんとあずちゃんからしたら、吉橋先生か。お父さん、とも兄の義理の兄で、血はつながってないのに、何故かとも兄をイケメンにした感じでね。昔はバンドもやってたからなあ。お腹さえ出てなければ、イギリスのロックバンドにいましたとか言っても信じちゃいそう。
そんなイケメンなお父さんがね。血だらけのダミアンをうちに運んできたの。
で、お母さんはあわてるし、お父さんはお医者さん探しにいくでしょ。夜間救急とかない街だったから。で、あたしはダミアンが寝たベッドにね。近づいていった。
ダミアンはおでこから血を流しててね。瞼の上が青く黒く茶色く赤く腫れあがっていた。
うん。怖いとか、気持ち悪いとか、思えない年齢ってあるでしょ。
蜘蛛とか素手で触っちゃう、忌み嫌うって感覚のない頃。先入観がない、が正しいのかな。で、あたしはちょうどそれで、ダミアンの、その瞼にさわっちゃったの。
びくってね。ダミアンはベッドごと震えた。でも声は出さなくてね。喉が生き物みたいに動いただけだった。あたしは、してはいけないことをしたと思った。
そんなあたしを、ダミアンは真っ赤な、でも真ん中は夜の暗い海みたいな、真っ黒い目で、じっと見てね、言ったの。
『僕は羊だよ。君の痛みを引き受けたんだ』
てね。
あ、うん。お父さんもお母さんも知らないよ。もちろんとも兄も。あたし、逃げ出したいくらいぞっとしたけど、でも怖すぎて泣くこともできなかったし。文字通り、黙らせられたって感じ。
え? 意味? うーん。そのまま、かな。沖縄の人と海兵隊って、結構な立場の違いがあるし、もちろん尊重もしあうけど、それで、海兵隊には日本人相手になら、何でもできるって思っちゃう人もいるのね。
で、ダミアンは抗議をしたかった。別に誰と親しいわけでもなかったけど、だからこそ日本人のために。
て、感じじゃないかな。で、ダミアンはお父さんと、その晩から仲良くなったわけ。
教会には相変わらず行ってたけど、帰りに酒場じゃなくて、うちに来るようになった。
基地でしか売ってないアメリカのお菓子とか、七面鳥のブロックとか持ってきてね。
あ、うん。コストコみたい。で、教会のバザーにも誘うし。
うちの家族、ダミアンのきさくな感じ好きだし、不祥事を告発する海兵隊員って、男気あるでしょう。
もう、本当にみんなで好きになって、教会に誘われても、断らなかった。
で、基地にも、ダミアンが通行証を出してくれてね。知ってる?
基地って区画も何もかもアメリカなの。家の作りも平らで、生クリームのケーキみたいにペンキをべったり塗ってるし、家と家の間もちゃんと広くて、アメリカのドラマに出てきそうな芝生をね、男の子たちがゆっくり刈ってるの。で、羊が飼われている場所もあった。ダミアンが案内してくれたの。
誰かが遊び半分でもらってきて、気が付けば牧場になってたって。でも、癒されるんです、ってね。穏やかな声でいって、やっぱり両手を広げて羊に突っ込んでくの。で、羊たちは逃げる。何匹かは突進する。ダミアンは吹き飛ばされる。
お父さんもお母さんも楽しそうに笑ってた。
あたしは、羊という物事に、不安になっていた。あ、うん。そうそう。
初めてうちに連れてこられた時のダミアンは怖かったから、また怖くなるんじゃないかな、って不安だったのね。で、ダミアンはそんなことなくて。あたしは、ダミアンから目をそらした。そうして、出会ったの。そこで、小さな羊に」
以下、個人的なメッセージです。
遥さんへ。
というわけで、ゆっこです。
水柿さんの独白ですが、文字数が想定を超えたため、二回に分けることにしました。
ダミアンのイメージはロバート・ハンセンですが、この人の逸話は怖いので、詳述を避けますが、ようは代表的なサイコパスですね。
長いわりに意外性のない展開になりますが、でもなぜか俺は水柿さんにこの独白をさせたかったので、次回の独白もがんばります。あ、次回もゆっこです。
今日は家族関係で色々あって、あー。まあ、語ることでもないんで語りませんが、なんというか、うん。人生って色々ありますよね。
と、ダウナーモードです。とりあえず、ぽやぽやしてるので、寝ます。
あ、メッセージ書いてますが、もちろん感想をせかしているわけではありません。なんというか、遥さんに向けて書く、ということをモチベーションにしてるだけで、冷静に考えると、多分月一くらいが遥さんに負担ないんだろうなあ、と思ってます。
執筆って脳の歯車めっちゃ回すから、変なテンションで書いちゃうんですよね。反省。とにかく、無理なさらず。でも、そうだなあ。来月末くらいに、気に入った話の感想でももらえたら嬉しいです。
で、数うちゃあたる作戦で、俺は色んな話を書こうと思います。
ではでは。寝ます。おやすみなさい。