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43粒目『Abel: 聖書の登場人物。アダム家の次男。兄のCainに殺された羊飼い』ゆっこ⑦

『Abel』


― 聖書の登場人物。アダム家の次男。兄のCainに殺された羊飼い。―


 表面にじんわりと水滴が浮かぶグラスの麦茶には、ストローがちゃんとさしてあって、氷も3つ浮いていた。

「飲もっ!!」

 ゆっこは顔全部で笑う。屈託のない健康的な笑顔。ひまわり畑を背景にしたら映画のヒロインでもできそうな……いや、そんなことはないな。せいぜい市町村の啓発ポスターだな。交通安全とか熱中症対策とか。

 まあ、でもとにかく、どこに出しても恥ずかしくない顔を、ゆっこはしている。

 これはひとえに唇の端から横に走って切れ込みみたいになっていたルージュがぬぐわれて、水柿さんが丁寧な修正をしてくれた、というのが大きい。

 この時に、水柿さんはさりげなく、ここも塗っとくね、といって、ゆっこのおでこや涙袋やほっぺたにブラシをすりつけたのだが、それだけでずいぶんな変化が起こった。

 スマホで流れてきたネット広告だったかな。透明感びしびしの女優さんが胸の前に腕で輪を作って、くるくるダンスする。めちゃくちゃ気取った声と台詞(せりふ)のナレーションが入る。

 細かくは憶えてないけど、ブランド物が変えるのは見た目じゃない、堂々と歩くための通行証(チケット)だ、とかなんとか。

 プラダのバッグやシャネルの指輪やカルティエのブレスレットも、そんな役割があるんだろうなあ。

 まあ、アフリカの族長だって原色縞々の服を着るのは(はく)をつけるためだって、言うし。

 一理どころか100理くらいはあるんだろうけど、うーん、とそういう(たぐい)の広告を見るたびに、あたしは思い出してしまう。


『中身がなけりゃピラミッドだってただの棺桶(かんおけ)だ』


 ゆっこが想いを、この子はむきになって否定するけれど、寄せる吉橋の言葉だ。棺桶じゃない、墓だろう。馬鹿だなあ。吉橋、と思うけど、何となくわかったりする。王が眠ってこそのピラミッド。

 中身にふさわしい外見がある。

 水柿さんが、ゆっこの顔面にブラシをふわっふわっするまで、あたしは吉橋の言葉に賛成していた。

 そして、全力でファンシーキュートとか、カジュアルガーリーとか、味覚に関係ないのに甘いとか辛いとか使うおしゃれ言語とかに、反発しつつ、しかしどこかで劣等感的なものを感じたりしていた。

 髪をゆっこみたいに肩にかかるくらいのショートにせずに、伸ばしているのも、結局はそこら辺の複雑加減があるんだろうなあ。


 その日、あたしは知った。ネットの広告は正しかった。吉橋の青臭い格言は理想論。劣等感は危機感だったと。

 

 吉橋さんが修正を(ほどこ)したゆっこは完璧になった。洋館的なホラー感は消えて、代わりに何かが明るく確かになった。甘い透け感、とファッション雑誌の編集者なら名付けるかもしれない。

 これが通行許可証。これが水柿さんの女子力。あたしは畏怖(いふ)を覚えた。

 本当に凄いし、種族の違いをぐわっと感じるし、そして一抹の疑念が()く。何であたしはパリコレモデルなんだ。先ほど手鏡の中で確認したあたしは、別の生物になっていた。遺伝子の核酸が人間とチンパンジーくらいに違う、と言われても納得してしまうくらい、エッジの効いたガーリー感。射ぬくような眼差(まなざ)し。存在感というか威圧感が半端ない。しかも、水柿さんはあたしに、アンクレットが似合いそう、といった。

 身長が高く、足が綺麗だから足首につけると映える、とスマホの画像を見せてくれた。

 

 ……アフリカの女性が耳にしてそうな、円い金色の環。アンクレットというのか。初めて知ったわ。

 そりゃ似合うかもしれない。ゆっこをお姫様、ファッション誌でいうところの姫コーデとか、そういう系統の似合いそうな女子、にした水柿さんは、今のところ全部を有言実行している。

 でも、何だかなあ。パリコレなんて開催してるの渋谷とか新宿くらいだ。学校は制服。

 いや、そもそもパリコレは渋谷じゃないか。あれはパリのコレクション。


 と、思いながら、あたしは麦茶のグラスに手を伸ばした。

 ストローをくわえかけると、水柿さんが、

「待って」

 と止めた。

 あたしとゆっこは、2人そろってきょとんとして、え? とそろって首をかしげながら、水柿さんを見た。


「……乾杯、しよ?」

 はにかむ水柿さんに、ゆっこが訊く。

「やっぱり、おしゃれとかメイクに?」

「それもあるけど……」

 はにかむ表情だけそのままに、水柿さんは目をそらした。


「犠牲にされた羊に。アベルが神様なんかのために殺した、柔らかい毛の羊に」

 水柿さんの声が震えた。

 あたしはぞわっとした。やばいこの人何か変な宗教か薬とかやってる。怖い。普通じゃない。吉橋に連絡しないとこれはやばい。でも学校は週明けだ。どうしよう。

 混乱がのどをカラカラにする。あたしはストローをくわえてすする。麦茶が冷たい。

 

「あ!!! 何飲んでのよあんたっ!!!」

 ゆっこがあたしに怒鳴り、あたしはストローをくわえたまま、何故か目を丸くし首を小さく横に振り、水柿さんは、ふふっと笑った。


「ごめんね。えっと、何かね。したくなったの。ずっと抱えてたの。あずちゃんとゆっこちゃんとなら、できるとか、思っちゃった」

「詳しく話して」

 ゆっこは、持っていたグラスをちゃぶ台におろし、水柿さんに向き直って、真面目な顔をして、言った。

 あたしもグラスを置き、ゆっこに同意する。

「話したいことがあるなら、話した方が良いよ。理解するとかできないとかは、その後の話だし。抱え込んで潰れるくらいならぶちまけちまえ、迷惑なんか考えるな、って吉橋も言ってた」

「うん。言ってた」

 ゆっこの声に確信が宿る。

 水柿さんは、はにかんだ顔を崩さなかった。ただ、右の目に涙が浮かんで、丸くなって、頬に落ちた。


 その後、30分くらい、水柿さんは、彼女の体験をあたしたちに語ってくれた。

 気が滅入るような話だった。

 ゆっこは顔を真っ赤にしてプリプリ怒っていたし、逆にあたしはのどが渇いていた。どうして、水柿さんがあたしたちに近づいてきたのか、その動機が分かってしまって、何というか、数学のテストの時みたいな、とてつもない難問にぶつかった時のような、具体的な頭痛をこめかみの裏に覚えてしまったからだ。

 つまり、理解ができなかった。あたしは、全くというほど完璧に、水柿さんが何でそんなことにこだわっているのか、苦しんできたのか、理解ができなかった。

以下、個人的なメッセージです。


遥さんへ。

熱が下がって良かったです。そして、山姥の話、気に入ってもらえて、良かったです。

遥さんに感謝が絶えないのは、強調したいこと、作品の意図をちゃんと受け取ってもらえる点です。

おでこに額が当たる感触、あれをですね、読む人に思い出してほしくて。

ありがたいことです。

で、ゆっこの続きです。話の途中感が半端ないですが、一話を2000字程度にして進めていこうと思っているので、水柿さんの過去は次のゆっこで、ですね。

ゆっこは週に一回ずつはさんでいきたいです。ある程度進んだら、カリブガンズに切り替えて、これも週一でやってく予定です。

遥さんが待っていてくれる、ということがとても励みになります。すぐ読んでいただけても嬉しいですし、期間が空いても、読んでいただけると、嬉しい。

遥さんに無理のない範囲で、でも読んでいただけるというのは、本当に嬉しいです。

嬉しいしか語彙ありませんね。俺。

ストックの作成、同時並行的な執筆、というものにチャレンジしているので、次の更新は来週のあたりになりそうです。

流行病は油断禁物ですからね。とにかくご自愛ください。ちなみに俺は昨夜、焼き肉の日にあやかって、久しぶりに牛カルビを食べて、今、はげしく胃もたれしてます。モー。(牛だけに)

ではでは。

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