41粒目『abecedarian:アルファベットを教える人。または学ぶ人。初学人。初心者。初歩を教える教師。または初歩の、基本の』ゆっこ⑥
『abecedarian』
―アルファベットを教える人。または学ぶ人。初学人。初心者。初歩を教える教師。または初歩の、基本の。
語源はラテン語。abecedarius。これはabcdという意味。そこにian、つまり~する人をつけたもの。abcdが初歩なので、初歩を教えたり学んだりする人、となる。―
思い返してみれば、一度も考えたことがなかった。
鯖缶とか効果的な筋トレの仕方とか古典や英語の文法とか、帰納法と演繹法違いとか、そんなことしか頭になかった。ちなみに帰納法と演繹法は、六本木の路上で踊る外人さんたちくらい、見わけがつかない。
あたしは見た事がないけど、あの人たちはカラフルなシマウマ、じゃなくてシマシマのシャツに帽子をかぶって、ドレッドヘアの隙間から大きな目をキラキラさせて、道行く人をクラブという魔窟に誘うらしい。本当かな。見た事ないから分からない。シマウマも上野の動物園でしか見た事ないな。
そもそもシマウマって動物園で見る意味とかあるんだろうか?
あのだだっ広くて、そのわりに空気がむっすりとして鼻にくるあの空間って、作った感が半端ないんだよなあ。シマウマはサバンナとか南アフリカにいてこそシマウマなんじゃないかな。
「で、気を付けないとシマになっちゃうからね。本当にさっとで良いの」
「シマウマになっちゃうのか。分かった。理解した」
「あずちゃん?」
ぷりっと弾力感を誇るけど触ったら絶妙に柔らかそうな唇の水柿さんが、口角を上げたまま、まつ毛の長い目をぱちぱちとして、あたし、鈴浦小豆は我に返った。
今日は渋谷事変、もとい水柿さんとの再会から2回目の日曜日。
可愛いを花柄のワンピースや薔薇の香水や、憂いを秘めたというか眠たげというか心ここにあらずみたいな儚い感じの大きな瞳と、高くも低くもないハーフっぽい鼻とぷりっとした唇とゆるくウエーブがかかった窓から差し込む日光の当たり方によっては栗色になる髪とか、とにかくその全身で体現している水柿さんから、あたしはあずちゃんと呼ばれるまでの仲になった。
鈴浦小豆だから、あずちゃん。ゆっこはゆっこちゃん。
ちゃんづけは人間関係のABC。
でもあたしもゆっこも水柿さんを、水柿さんとしか呼べないのは、うーん、何故だろう。
種族が違うからかな。
吉橋に洗脳されて学力と筋力の向上に努めるあたしたちからしたら、おしゃれ強者の水柿さんはひたすらに眩しい。眩しすぎる。後光どころじゃなくて光の球体レベルだ。
そんな水柿さんを、ゆっこはしきりに羨ましがり、ラインのグループで褒めちぎり、水柿さんがそんなことないよと謙遜。
このループを10回ほどした後で、水柿さんはきいてきた。『メイク、してみる?』
あたしはラインの画面に向かって、うっ、と詰まり、ゆっこは『嬉しい!! お願い!!』飛び付いた。
「ごめん。やってることが異次元過ぎて、動物園に気持ちが飛んだ」
「そうかあ。まあ、初めてって大変だもんね」
「やる気ないなら帰っちまえよおおおっ!!!」
ゆっこがあたしを向いて叫ぶ。
ルージュを引いてる途中だったせいか、口の端からあごに赤い線が横に一本。アメコミ映画の悪役のピエロになれそう。
「気持ちが飛んでただけでやる気はあるし。でも帰れっていうんなら帰るけど」
「帰らないで」
両手であたしの手をとってくるゆっこの目はうるうるとしている。
ルージュに口元を切り裂かれているのを多めに見れば、たしかに可愛い成分を感じる見た目だ。
アイプチってすごいな。ゆっこの顔は小さいけど、目が大きすぎて凶暴な印象がある。
これが柔らかくなってる。低くて存在感のない鼻にも、ちゃんと鼻筋というものができてる。
凶暴な小動物が、くりっとした目の女の子に大変身。でもやっぱりルージュが怖いな。
あふれ出るサイコパス感。洋館で出くわしたらナイフを振り上げて襲ってきそう。
「いいけどさ。口、ふきなよ。怖いわあんた」
「怖くないよ。可愛いし、もっと可愛くなるよ」
「そう? 本当にそう思ってくれる? 水柿さん」
口をはさんできた水柿さんに、救いを求めるゆっこ。
なんだろうこの図。聖書っぽい。
今日は日曜の午後で、午前は100円ショップでメイク品を買い込んで、ゆっこの家に来て、お母さんのゆでてくれたソーメンをみんなですすって、つまりここはゆっこの部屋なのに、まるで死者蘇生の奇跡が行われる穴蔵だ。
「うん。メイク練習始めたばかりじゃない? あたしも教えるの初めてだし。つまり初心者なの。ゆっこちゃんもあずちゃんも、メイクの初心者でしょ。でも2人とも、これだけ映えるのは、すごいよ」
― え? ―
「あたしも?」
大満足な水柿さんに首を傾げるあたし。
返事の代わりに、安っぽい手鏡を笑顔で向けてくる水柿さん。
……。
目つきがめっちゃ悪くなっていた。
アイシャドウが濃い。でも、確かに見覚えのある種類だ。デパートとか、D&Gのショーウインドーの横で変な服きてどや顔するモデルたち。あれの同族に、あたしはなっていた。
ここから先は個人的なメッセージです。
遥さん。ワイ杯上位入賞おめでとうございます。
感動しました。天才は遥さんなんだなあ。
俺もね。実は書く気になっていたし、プロットも固めてたんですが、そして書いて書いて書いて全然まったく進まず、とにかく進まず、なろうにログインしたら、黒疫に酷評が届いてて、無理、となりました。
ストーリーラインはともかく、先を読む気にならない文章を書くのは天才的と言われて。
詳しくは活動報告で。
結局、頂いた温かい言葉により解決はしたのですがね。
でも、無理だなあ。慈善目的で書いてるのに、慈善の先に届く文章書けないんだもん。
無理だ。もう書けんわ。
書きかけのこれもお蔵入りだわ。
と、なっていたのですがね。
でも遥さんの文章に感動したんだよなあ。
お礼は言葉よりも行動で。
それに、あれです。名も知らぬどこぞのなろう育ち誰かより、素敵な文章を書く遥さんに認められている事実。
これは自己肯定感が回復する。そう。この肯定感で、とにかく書こう。
ということで、書けました。ありがとうございます。
遥さんがワイ杯で上位取ってくれなかったら、肯定感の崩壊で、俺は書けなかったでしょう。
重ね重ねありがとうございます。
暑いですね。熱中症に気を付けて、ご自愛ください。