39粒目『abductee:拉致被害者』カリブガンズ 11th wave
登場人物
エドワード・エブリデイ:海賊船『御婆様号』の船長。普段はエドと呼ばれる。まだ若いが、卓越した操舵技術と並みいる者の数少ない剣の腕は、先代ゆずり。寄港前の占いで、吊られた男のカードを引いている。ひょんなことから、アントネッタの逃走を手伝う。
モルガン:御婆様号の副船長。こわもてだが、先代の姿とエドを重ねては涙ぐむ。
ヘンリー:操帆長。元海軍士官。あせっている時ほど物言いが冷静沈着になる。
アントネッタ・メアリ・エル・シエラス(鳶色の瞳の女性):酒場の裏の、小さな樽の山を崩した。樽に転びかけたエドから逃げ、表通りで騎士に襲われたが、エドに助けられ、追跡を振り切った先の食堂で、エドに自身の名前を告げる。海賊と結婚させられそうになっている。
ちょび髭のジョン:海賊の船長。剣の腕はエドと並ぶ。シェラスの夜市でエドと遭遇。エドと勝負をすることになる。
前回までのあらすじ:
貿易都市シェラスの寄港にあたって、若き海賊船長エドはタロット占いをし、吊られた男を引く。
ひょんなことから、エドは、領主お抱えの騎士の手から、鳶色の瞳の女性を救ったエドは、彼女を抱えて騎士団の追跡を振り切り、夜市の食堂で身分を打ち明けられる。
彼女の名前は、アントネッタ・メアリ・エル・シエラス。
鳶色の瞳の女性は、領主の一人娘だった。
エドはアントネッタの逃走のほう助を決意する。
店を出た後の夜市で、ちょび髭のジョンと遭遇したエドはジョンと勝負をすることとなった。
コイントスにより、エドが勝負の内容を、ジョンが審判を決めることが決定。
エドは剣によるグレープフルーツの奪い合いを選び、ジョンは公平な立会人を求めて夜市に金貨をふりまく。ジョンが人目を集めているうちに、エドはアントネッタに逃げろと言い、彼女の事情を悟る。
海賊と関わりかけているのか、との問いに、アントネッタは結婚させられる、と答えた。
『abductee』
―拉致被害者。
abductに~された人のeeがついた形。eeとeeにまつわる対義語関係は、雇用者vs被雇用者、employer vs employeeが代表的だったりする。―
笑えない話だ、とエドは思った。
アントネッタの年齢はおそらく同年代。華奢な肩を見ればわかる。
公女として育てられて、上品な世界で生きてきて、椅子すら自分で引けないのに、海賊と結婚させられる。潮風で荒れた手が彼女の黒髪をつかむ。
― そりゃあ、逃げるよな。―
あらゆる手段を使って。それこそ、奴隷の服を着てでも、なりふり構わず、逃げようともするだろう。
そうせざるを得ないほどに、アントネッタは追い詰められている。
そんな彼女に、エドは俺とは対照的だ、と思う。
エドは自身が海賊であることを誇りにしている。そして、どれほど悪辣な同業者だろうと、一種の仲間意識をもって接し、海戦では敬意をもって海の藻屑にする。
けれど、アントネッタは違う。さらに不幸なことに、彼女の結婚を決めるのは、領主だ。
統治のために手段を選ばない男。悪評は海賊の界隈にも及んでいる。
それにしても、そんな領主のお眼鏡にかなうというのは、どんな海賊……。
「!!!!」
エドはジョンを振り返った。
相変わらずくるくると回っている。舞踏家のように外転する両手。
弾かれる金貨は噴水の雫のような軌道を夜空に描く。
― ジョンの野郎か。だから……。―
部下も連れずに、この男はシエラスを訪れた。結婚を機に、爵位を貰い受け、軍人となる。
位置は遊撃隊、だろうか。海賊でありながら、シエラスの貴族として、外敵を殲滅して回る。そのための足掛かり、踏み台がアントネッタというわけだ。
― そりゃ、猫の手も要るよな。―
商人が爵位を買うことはままある。が、海賊が貴族になるなど、前代未聞だ。予想される抵抗、侮蔑も何もかもをジョンは、受け入れ、そしてねじ伏せる腹づもりなのだろう。
けれど、それは先の話。今夜のジョンはあくまでも、一介の海賊に過ぎない。だから、日中ではなくこんな夜に、市を歩いている。
「そういうことか」
「どういうこと?」
答える代わりに、エドは耳の横の毛を一束つまんで引っ張り、舶刀の刃を当てて、切り離した。
アントネッタを振り返り、握らせる。この髪はエドの証文代わりだ。
必然、もしアントネッタが騎士団に確保をされて、この髪が発見された場合、エドは誘拐者、アントネッタは拉致被害者として確定する。それでもいい、とエドは思った。状況はほぼ詰んでいる。
ジョンが領主とつながっている。そして、ジョンという男からアントネッタは逃げることができない。
領主の屋敷で依頼されれば、この男は迷わずに行動するだろう。
鳥を使って部下に連絡し、亡命者が潜みそうな船を、片っ端から襲撃する。
それなら、御婆様号で、エドが直接逃がすしかない。
「酒場の奴らに渡せば、後はあいつらが動いてくれる」
「……」
仮面の奥の瞳が、その鳶色が、エドを見据えていた。
― 参っちまうな。―
こんな状況でも、エドはアントネッタの瞳に魅入られかける。
が、すぐに我に返って、いくつかのアドバイスを口早に伝える。
裏路地の向こうには、刀や地図の市があるから買うように。
ならず者に囲まれそうになった場合は銀貨を地面にばらまけ。
騎士団に追い詰められそうな時は、客を待つ娼婦のふりをしろ。
「娼婦?」
「ああ。娼婦だ。客を待つ女は、堂々としてる。谷間を見せれば騎士団の奴らは……ぶっ」
言い終わる前に、アントネッタの手のひらが、エドの頬を張った。
「痛え」
「すまない。谷間を見せるという物言いに、自然と手が出た。だけどそれだけではない。あんたは私に嘘をついた。真実を告げた私に、偽名を名乗るなど、恥を知れ」
「それは……悪かったけどさ」
抑えた声のアントネッタは、本気で怒っている。公女の尊厳を傷つけた。けれど、そんな簡単な世界ではない。こいつは分かってない、とエドは思った。そして痛みも胸に覚えた。
無理解を受けいれる。海賊として当たり前のことが、エドはできない。
そんなエドに向かって、アントネッタは唐突に、自らのスカートのすそをつまみ、膝と腰を屈めた。
礼の姿勢。
「それでも、感謝します。エドワード・エブリディ」
そう言って、路地の闇に身を翻そうとするアントネッタの手を、エドはつかんだ。
「待ってくれ。まだ、言わなきゃいけねえことが、あるんだ」
アントネッタが首を傾げた。
エドは横目でジョンの様子を確認しながら、声落とした。
「今から言うことは、保険だ」
そうして、エドはアントネッタに言葉を伝え、今度こそ、公女は路地の闇に去っていった。
以下、個人的なメッセージです。
遥さんへ。
とりあえず、次でエドの話は区切りがつきます。いや、それだけなんですけどね。
長かった。俺は三人称が苦手で、エドの場合は思考と背景の説明をかなりしないといけないものだから、一人称と三人称が混ざりかける時に、うわあああ、となってました。
それもあって、しかも頭も悪くなって、だからかなりの遅筆となりましたが、しばらく一人称で他を書いてくので、まあ、楽観してます。
じゃあエドを置いておいて、他のを先に書けばいいじゃないか、って感じですが、それもそれで違って。こんなんになっても、頭の中で駆け回るエドはかっこよくて、冒険譚!って感じでジョンも魅力的なキャラで、その鮮やかさが褪せる前に、ちゃんと書いておきたかったんですね。
それでにっちもさっちもいかず、結局体調も悪化して、全部をあきらめてしまっていたのですが、本当に、待っていてくださってありがとうございます。
ワイスレは書き込みが厳しいのかな。もしくは、体調を崩されたとか……。
心配ですが、健やかでいらっしゃることを願います。
あ、それと、ですね。ワイ杯で、俺は自分の方向性というのが見えました。
寸評をしながら、うーん、これは惜しいなあ、って思う作品がたくさんあって。
俺の魂を込めに込めた魚の話(正式タイトルは淀みの魚、です)の方が絶対迫るものがある!
と思っちゃったりしたんですね。
でもかなわない、って作品もあって、それは大体下位入賞で、上位は良さのそこまでよく分からないものがたくさん入ってて。
作品の良さって、俺の尺度は小さいんだなあ、と思わされました。
で、俺は描きたいものを書くし、それで良いのだと思いました。そしてクォリティも、俺がこだわるほど、他の人はこだわらないのだとも。
それと、劇団員、実は魚よりも自信があったのですが、ワイさんの寸評がストーリーの説明だけで。
あれは寸評といよりもあらすじでw
瑕のない構成と勢いって相性が悪くて、そこを頑張ったのに、ほぼスルーで。他の方の寸評でも、平坦だと。
でも、多分俺は平坦で勢いのある話を書くのが、俺の到達するべき場所だと思ったんです。
ちゃんと読めて、丁寧に構成されている話を書く。これですね。
良さがそこまで分からない作品を、研究していくには、俺の頭は悪くなりすぎているので、でも、俺にはまだ、読める、滲み迫る話を書くことができる。
もちろん健康状態は悪化していくし、作品のレベルも下がっていくだろうけど、気にしない。
レベルを気にするのは俺しかいない、という。
でもね……。
遥さん。分かりました。
今回の、いや、結構いつもですが、ワイ杯で、俺が良さがあんまり分からない作品たち、ああいう作品たちの作者の方々が、天才肌なのでしょう。
やっぱり俺は凡才です。でもまあ、凡才なりにできることはあるので、頑張ってやっていきます。
遥さんも、無理をなさらず、激動の世の中ですが、健やかにお過ごしくださいね。
ではでは。