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36粒目『abduct:誘拐する、拉致する。または、外転させる』カリブガンズ 8th wave

 登場人物

 エドワード・エブリデイ:海賊船『御婆様号』の船長。普段はエドと呼ばれる。まだ若いが、卓越した操舵技術と並みいる者の数少ない剣の腕は、先代ゆずり。寄港前の占いで、吊られた男のカードを引いている。ひょんなことから、アントネッタの逃走を手伝う。


 モルガン:御婆様号の副船長。こわもてだが、先代の姿とエドを重ねては涙ぐむ。


 ヘンリー:操帆長。元海軍士官。あせっている時ほど物言いが冷静沈着になる。


 アントネッタ・メアリ・エル・シエラス(鳶色の瞳の女性):酒場の裏の、小さな樽の山を崩した。樽に転びかけたエドから逃げ、表通りで騎士に襲われたが、エドに助けられ、追跡を振り切った先の食堂で、エドに自身の名前を告げる。


 ちょび髭のジョン:海賊の船長。剣の腕はエドと並ぶ。シェラスの夜市でエドと遭遇。ちょび髭に命をかける。


 前回までのあらすじ:

 貿易都市シェラスの寄港にあたって、若き海賊船長エドはタロット占いをし、吊られた男を引く。

 ひょんなことから、エドは、領主お抱えの騎士の手から、鳶色の瞳の女性を救ったエドは、彼女を抱えて騎士団の追跡を振り切り、夜市の食堂で身分を打ち明けられる。

 彼女の名前は、アントネッタ・メアリ・エル・シエラス。

 鳶色の瞳の女性は、領主の一人娘だった。

 エドはアントネッタの逃走のほう助を決意する。

 海賊団の今後を考えて、サンディ・ネクスト・マンディと偽の名前で自己紹介をするエドだったが、遭遇したちょび髭のジョンのために、その嘘はすぐにばれてしまった。


『abduct』

―誘拐する、拉致する。または、外転させる。外転は、腕や足を体の正中線から遠ざける動き。例えば、手なら『気をつけ』の姿勢で垂らした状態から真横に上げて行く時などの動き。足ならバレリイナ選手がアンドゥトロワ。股関節が赤ちゃん並みでないと無理な動き。


語源はabが離すでductが導く。離れた場所に導くことが、誘拐、拉致。ductがメインという意味で、introduction、導入という単語と似ている。―


「見なかったことにしてくれ」

「何をですか?」

「今夜、ここで俺を」

 仮面の若者とちょび髭の紳士の会話に耳を澄ませる者は、アントネッタ以外にはいなかった。

 公女の鳶色の瞳の先には雑踏があった。

 ゆったりとしたその流れは静かで、全体が1つの意志に統一されているような、あるいは何か公然とした秘密を共有しているような、そんなひそやかな印象を、アントネッタに与えた。

 それほどに人々の群れは静かで、しかし動きを止めることはなく、だからこそ公女の瞳には、エドの後ろ姿は余計にくっきりとして映った。

 無造作な金色の髪と、飾り気のない綿の服。

 変哲のない(よそお)いであるのに、かがり火の灯りが投げる赤い陰影の中で、若者の輪郭だけが輝いている。

 若者を見下ろすジョンも微動だにしない。が、公女が抱いた印象は対照的だった。

 それは闇の凝縮。かがり火の届かない地面から、(くら)い暗黒から生まれた何か。

 とてつもない暴力を、英国紳士然としたいでたちの中に抱えている。

 そんな印象のジョンに、アントネッタは後ろずさりをしかけた。

 が、結局、できなかった。


 ジョンが公女に何かをしたわけではない。

 ただ、キリストの絵画が、男の長身に重なったからだ。

 (はりつけ)にされうつむく救世主。

 苦痛と諦観(ていかん)、悲哀と慈悲。

 

 その変化は、長身の海賊がまぶたを閉じ、長い眉をひそめ、斜め横になでつけた前髪が一筋ほどけて(ひたい)に落ちたという、ただそれだけで起こった。

 エドは、そんなジョンを、かすかに震えるちょび髭を見上げながら、判断に迷った。

 この男のこんな表情を、若き船長は目にしたことがなかった。

 

 ― 無防備? 目を閉じるということは……。―


 見逃(みのが)すから、行けという意思表示、と、ジョンとの激闘を知らないものならとらえるかもしれない。けれどそれは願望、甘やかな認識に過ぎない。

 そして、蜜をたれる熱帯の植物は、しばしば虫を喰らう。

 つまり、逃げようとした瞬間、この男は一番酷いことを仕掛けてくる。

 アントネッタの心臓を、その背から刺し(つらぬ)く。

 では攻撃を誘っているのか。元々海では熾烈につぶし合う仲だ。

 この機会に戦闘に持ち込み、人込みの中で静かに殺し合う。

 これは砲弾を打つより安上がりだし、この男は拝金主義者だから、この機を逃す理由はない。

 

 ― まあ、俺も同じだけどな。―


 エドがジョンに接近した理由。

 見なかったことにしてくれ、と懇願するだけなら、雑踏をはさんだ方が良かった。

 舶刀を抜き、アントネッタを路地裏に逃がす。

 剣の腕なら互角だし、実際確実なのはそちらだった。

 が、それだと鳶色の瞳の彼女の行くあてがなくなる。

 くわえて、奴隷のローブに身を包んでまで、おそらく衛兵の目を欺いて、領主の館から逃亡を図った理由も、エドはまだ聴いていない。

 鳶色の瞳の公女を、暗路の闇に放り出す。その先の安全は分からない。悪人に拉致されるかもしれない。もっと酷くことをされる恐れもある。残酷を喜ぶ異常者はいくらでもいる。

 それなら、いっその事、不本意でも騎士団に確保されてしまえば、安全は保障されるだろう。

 けれど、館に帰れなどと、エドは言うことはできない。もし言うにしても、時間がない。悠長な会話を許してくれるほど、ジョンは甘くはない。

 八方がふさがっているこの状況を打開するために、エドは結局、確率を高めるしかなかった。


 ジョンに接近し、見逃しを願う。相手が了承するなら、そのままアントネッタと路地裏の闇に逃げる。

 拒絶の場合は接近戦に持ち込む。長身のジョンに対して優位に持ち込めるのは、近接戦闘。

 懐に入った時点で天秤はこちらに傾く。くわえて、ジョンを藻屑に沈めるのなら、海だと若き船長は思っていたが、そのために、御婆様号が傷つくという現実がある。

 船員にも死者がどれだけ出るか、分からない。海賊は生き様だが、遊びではないのだ。

 犠牲を食い止める手段があるなら、実行する。それが船長のつとめである。

 

 つまり、利害で動くのはお互い様。あとは、ジョンの出方次第。


 ……の、はずだった。が、エドはジョンの面持(おもも)ちに、その悲痛に違和感を覚えた。

 

「どうしたんだ? ジョン」

 若き船長の問いに、ちょび髭のジョンは瞳を開き、淡く冷たい視線でエドを刺してから、ゆっくりと首を横に振った。

「確かに人違いでしたね。お坊ちゃん。貴方はエドワード・エブリディの坊やではない」

 エドに浴びせられた、その声には落胆のかげりがあった。

 だから、若き船長は、少しだけ言葉につまった。


「どういう事だ? ジョン。あんたは俺の調子を崩そうとしてるのか?」

 悲しみをよそおい、相手のタイミングをずらす。それも海賊の戦術だ。

 が、ジョンの様子は違った。


「呆れたことですね。そんなことも分からないとは」

「じゃあ何なんだよ? もったいぶるな。あんたは海戦でもいつも……」

「エドワード・エブリディの坊やはお馬鹿さんです。が、恥知らずの乞食ではありません」

 さえぎるように浴びせられた言葉に、エドの(のど)は、うっ、とつまった。

 確かにその通りだった。

 海賊は奪うもの。強者は強者としてふるまう。あるいは堂々と逃げる。

 相手の善意に運命をゆだねるのは、乞食と変わらない。

 いや、家畜か。もし、神と人と家畜で世界が成り立っているのなら、その願いは一方通行だ。

 家畜は人に餌を乞い、人は神に幸運を願う。

 そうだ。海賊が乞い願う相手は海の女神だけだ。

 敵に善意を乞う時点で、海賊は海賊でなくなる。


 ― けど、俺は賽子(さいころ)を振っただけだ。全部をお前にゆだねたわけじゃねえ……!!! ―


 敵を碧眼に込めかけるエドは、しかし、はたと気づく。

 善意を乞う裏で、戦闘も織り込んでいた。

 先代(せんだい)なら、そんなことはしない。初めから切りかかっていたはずだ。

 つまり、確率を高めたくて、乞いたくない善意を乞う。

 襲いかかるために善意を乞うのなら、それは戦略。

 ただし、襲いかかる準備もしながら、都合よく善意を願うのは、ただの弱気だ。

 それは海賊ではない。


 エドは、顔面から血の気が引くのが分かった。

 そんな若き船長をしげしげと眺めて、ジョンは自らのちょび髭をさすった。

「分かれば良いのです。卑怯であることは海賊の作法です。が、卑屈は見苦しい。海の女神の寵愛から外れてしまいますよ。私としては面白くない。まったく、お馬鹿さんは顔だけにして下さい」

 肩をすくめるジョンに、顔は余計だ、と思いながらも、エドはその通りだと思った。

 若き船長が見上げているのは、ちょび髭のジョン。

 海軍殺しの悪名をはせる、熟練の海賊だ。


 エドは一歩、後ろに下がった。

 依然として、近接戦闘の間合いではある。が、懐という優位からは外れた。

 つまり、殺し合いの意志は取り下げたということだ。

 しかしこれはジョンの誘導かもしれない。

 間合いに入られたちょび髭が、説諭の形で距離を誘導した。

 可能性はぬぐえない。

 が、それでも良いとエドは思った。打算も含めて、若き船長はこの酔狂な海賊との時間を、受け入れることにした。

 ジョンという男は英国紳士を気取った身なりで、ちょび髭に偏執していて、剣の腕がすさまじく、打算と拝金の(かたまり)の残酷な異常者だが、それでもいっぱしの海賊なのだから。


「顔は余計だけどさ。ジョン。あんたの言いたいことは分かった。忠告にも感謝をしている。だから、取引をしてくれ」

「ふむ。取引とは」

「俺と勝負をしてくれ。あんたが勝ったら、何でも言うことを聞いてやる。俺が勝ったら、頼みたいことはさっきと同じだ。ただ、俺が今夜ここにいたことを、忘れてくれ」

 エドの申し出に、ジョンは拳を軽く握り、ちょび髭にあてて、考え込んだ。


「まあ、それはやぶさかではありません。が、そもそもですね。エドワード・エブリディのお馬鹿さん。取引というのは、利得(りとく)の交換なんですよ。勝負を持ち掛ける貴方は乞食ではない。それは喜ばしい。ただ、私には何の得があるのですか?」

「俺との勝負、好きだろ。否定はさせねえぜ」

 エドは仮面を(ひたい)の上にずらして、にっと笑った。

 ジョンも笑顔をもって(こた)え、目元のしわが、かがり火にくっきりとした陰影を作った。


「否定が難しい事実ですね。お馬鹿さん。確かに貴方との勝負は楽しい。ですからお受けいたしましょう。そして、そうですね。取引とは公正であるべきです。『何でも』というのは、あまりにも私に有利が過ぎる。ですから、私が勝利した場合の報酬を言い渡します」

 ジョンが乗り気になったので、エドはほっとしつつ、うなずく。

 どんな条件を突きつけられても、ようは勝てばいい。

 エドの碧眼の中で、かがり火の炎が揺れるようにきらめいた。


「……私が勝利したあかつきには、エドワード・エブリディのお馬鹿さん。貴方は御婆様号を降りなさい」

「俺に、海賊をやめろと、言ってるんだな。ジョン。あんたは」

「続きがあります。早とちりは顔だけにしてください」

 どんな顔だよ、と悪態をつきたいエドだったが、ぐっとこらえた。


 今は聴く時だ。


「じゃあ、続きを言えよ。御婆様号を降りて、俺はどうするんだ」

「私の『華麗なる髭号』に乗りなさい。甲板磨きから、海賊のいろはを叩きこんでさし上げます」

 ジョンは感情の薄い、静かな瞳と声で言い放ち、見上げるエドの目は点になった。

以下、個人的なメッセージです。

遥さんへ。

もしかして、あちらに書かれていらっしゃるかなと思って、投稿の前にのぞきました。

色々と申し上げたいことがありますが、まずは決めたことを。

現在の俺の状態については、ご存知の通りです。頭が悪くなってしまって、本当にもう。

今回の更新も、昨日の夕方から書き始めて、3000字書いて、これじゃない感に描写の修正をし、こねくり回し、そして3000字を消して、いちから書き直して、現在朝の4時です。

そもそも前は、俺は筆が速かったので、3000字を2時間で書いて、間違えてももう2時間で書き直しがききました。

現在は本当に遅筆になってしまって、こんなにプロットをつめにつめたのに、まあそれで書けているのですが、書いては消しての繰り返しです。

頭もこの先どんどん悪くなっていくことが予想され、以前の、黒疫を書いていた時のような、最短最速で書きたいことを書く俺ではない。そういう現実をですね。

受け入れることにしました。

ええと。画家さんの話を以前読んだことがあります。その方は、名前は憶えてないのですが、病気を患い、手が震えるようになってしまったので、真っすぐな線を書けなくなったそうです。

廃業かと思いきや、糸くずのようによじれた線をですね、重ねて。

ひたすら重ねて、全体で一つの絵となるようにしました。

アスキーアートっぽいですが、もっと絵画絵画した、絵画です。ピントを近づけるとカラフルな糸くずの集合なのですが、距離ととってみると、レオナルド・ダヴィンチ、みたいな。

で、遥さんの作品を読んで、俺は思いました。俺はもう、遥さんみたいに、美しい線を書けない。

でも美しい言葉、描写は探せます。とぎれとぎれの思考でも、その言葉や表現を重ねていけば、

うっすらとした色も、鉄の豊富な温泉の黒いお湯のように、手にすくうと無色でも、重ねると確かな黒になるように。

俺は、糸くずのような、不確かで短い短編をひたすら連ねていくことで、美しさとは違う何かを達成しよう。

そう思いました。ことばの砂を完結させれば、少なくとも、英語に対する一つの見方を示すことができます。

ですから、シリーズもの(ゆっこ、エド等々)以外は、本当にささいな600文字程度、これが一時間で書ける限界です、の掌編をつらねていこう、と。

ただ、心のどこかでは、いかに不完全でも、やっぱりエドやゆっこのようなものは書きたいので、これまでに、ことばの砂に載せてきたものは、基本シリーズものにしていこう、と思いました。

是々非々ってやつです。

以上が俺の決意です。文章を書けない現実を受け入れて、ささやかな小話を書く。でも、楽しいものを組み立てたい気持ちは残っているので、おそらく、遥さんが天才肌、過剰評価です、俺は凡夫ですし、書いたものを読んでくだされば分かります、そもそも俺は俺が読んだものを、意外とできがいいなあ、中々面白いなあ、と思いますが、それはいわゆる作者の欲目ってやつです。

あれ? なんか、遥さんと仲間ですね。うーん。鏡のようなものなのかな。

自分の容姿は、自分で見ることはできない。

でも、遥さんの実力は、ですね。良いところは、奇抜さではないのですよ。

正しい線なのです。

もちろん当たりはずれもあるでしょう。偶然の幸運不運もあるでしょう。

でも、そもそも素質のない人は正しい文章を書けません。

ブーメランぐは。はい。そうです。俺ですよ俺。素質のなさは分かってたのです。

どれもどこかで読んだような言葉。展開。というのもですね。

とても若いころです。感動的な物語を思いついて、プロットをネットに投稿したら、凡庸の一言、

と叩かれまして。以来、何を書いても、それは意識外の偉大なる古典の受け売りに過ぎない。

となって、それでもまだ、この肉体に筋力と思考力が溢れていたころは、書けたんですよ。

そして10を書いたら1は良いものが書けた。大きな意味では凡庸ですが、それでも訴えるものは書けた。でも今は……と、堂々めぐりですいません。

で、ですね。遥さん。まず、素直に周囲の言葉を受け入れましょう。周囲ってのはですね。

つまり、ああ、こういう文章を書けたら楽しいだろうなあ、という人々のことです。

奇抜な発想でも雅やかの極致でも、何でもかまいません。あこがれる才能の人が、あなたの文章に感銘を受けたのならば、それは正しい評価です。

え? じゃあ俺も実はすごくね? いや、でも俺はあれだからなあ。文字もちゃんと追えない頭になっちゃったからなあ。出涸らしだな。つまり例外でいい。

ということでですね。遥さんは遥さんの美しい線を大切にしてください。

でも、俺は面白いと言ってもらえるのが、本当にうれしいです。ありし日にもどったような錯覚すらおぼえます。

病気なのでそんなことはないのですけどね。でも、おもしろいという言葉は、どうしてこんなに書き手を救うのでしょうか。

素晴らしい魔法ですね。

そして、あと、あれです。遥さんのお言葉がなければ、また作品がなければ、これを書くことはありませんでした。書くにしても、もっと時間がかかっていたと思います。

実はエドの話は残すところあと5話で、実は佳境にさしかかってますが、希望としては今週、おそくても来週いないには書ききりたいです。

それと、後書きに遥さんへのメッセージを書くというのもモチベーションになっていて、勝手にモチベーションにしているだけなので、気になさらず。

5時になりました。おやすみの最中ですよね。良い一日を、お過ごしください。

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