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26粒目『abbr:略語』ゆっこ①

『abbr』


―略語。


略語のabbreviationを短く言った形。―


 三連休の真ん中の日。

 期末テスト明けで解放感たっぷりだけど、男女のお付き合い、彼ぴとか彼氏とか彼とかそういう青春的でコミックりぽんとかなかよぴ的な存在から縁遠いゆっことあたしは、ラインで夜中までだらだらとどうでも良いことをひたすら報告しあい、遊びに出かける街を渋谷に設定した。

 暴挙である。

 普通に原宿でいいんじゃないか。何故わざわざ、あたしたちと生き方も生き様も違うお洒落強者たちの群れなす世界に飛び込むのか。無茶をするのは若者の特権だって吉橋は言うけれど、嘘だ。

 健全な未来には健全な苦労を若いうちにしなければいけないって、じっちゃんが言ってた気がする。


 ちなみに吉橋は数学教師であたしたちの学年主任でゆっこの片思いの相手だ。

 ゆっこは片思いなんか絶対に認めないだろうし、でもゆっこのラインの話題の7割以上が吉橋に関係することなので、もうこれは確定。裁判員制度で審判されたら今すぐ告白の刑に処されるだろう。

 でも、そんな事実を突きつけたら、あの子の耳から蒸気が出そうだし目もうずまき型に回しそうだから、あたしは気づかないふりをしてあげている。

 友情って美しいらしいけど、全然ぴんと来ないけど、でも大切なんだろうなあ、なんて思えるのはゆっこのおかげだ。


「でもさ。何で渋谷なの。やっぱり原宿で良いでしょ。ハチ公見たいわけ? でもあんた猫派でしょ。原宿の猫カフェ行こうよ。猫カフェ」

 渋谷の改札を出て、有名な交差点を埋め尽くす怒涛の人流に圧倒されながら、あたしはゆっこに言う。

 ゆっこは交差点の向こうにそびえる109をきっと短い眉の根を寄せて見上げている。


「でもね。あたしたちには必要だと思うんだ。109を目指すことが」

「じゃあ、行く?」

「とりあえず、マックに入ろう」


 ということで、あたしたちはマックに入って、あたしはコーラとポテトを、ゆっこはシェイクを頼んだ。2人とも運動部だったせいか、そして吉橋がアンチマックでモス派なせいか、マックに入ってもハンバーガーを頼まないのが普通になってしまった。


「でもさあ」

「ん?」

 シェイクの容器に突き刺さったストローをかじるゆっこに、あたしはポテトをつまむ指を止めて、でもさあの先を待つ。

「何でマックなんだろうね。正式名はミックナドードじゃない」

「省略してるんでしょ。ミクドナードゥって言いにくいから」

 あたしはさらりと訂正しながらポテトを口に運ぶ。塩気の効いたほくほくポテトはマックの奇跡。


「なるほど。略語ってやつね」

「うん。スーパーダーリンをスパダリって言うようなもんでしょ」

 ゆっこの目が一瞬遠くなった。この子、絶対今吉橋のことを考えてる。

 しかし、それは許されない恋だぞ。

 例えば今のあんたのコーデ。モスグリーンのジャケットに線の細いボーダートップスに裾を折って足首を何となく出しちゃったダメージデニムジーンズ。ちょっとおばさんくさいパンプス。

 在籍していたレスリング部がとある事件のために消滅しても健在なその怒り肩の上に広がる先のくりんとしたショートカット……は、まだいい。問題は帽子だよ。ゆっこ。そんな柴犬相手にフリスビーできそうな帽子は、あまりにもボーイッシュ。色気のかけらもない丸顔小顔童顔のあんたと吉橋が手をつないで歩いてもごらん。

 5秒で通報されるわ。


「……KW、なりたいねえ」

 しみじみとゆっこは言い、あたしは首を傾げた。

「KW?」

「可愛く(kawaiku)の略。渋谷のマックだから省略してみた」

 

 ……キロワットかと思った。

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