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17粒目『abatement(減少、減退、緩和、減税、減税、訴訟中止、失効)』ヒーローは犬派

『abatement』


―減少、減退、緩和、減税、減税、訴訟中止、失効。

abateに名詞のmentがついたもの。―


 雨脚が強くなった。

 しかし意志は揺るがない。俺は厳然たる犬派なのだ。

 

 凪田川を東へ渡る橋のたもとで、俺はその夕方、ふと足を止めた。

 鳴き声が聴こえたからだ。弱弱しいその声はうねる川面と雨の音にまぎれて、まっすぐに俺の鼓膜に届いた。この時俺の頭の中は税金の支払いのことで一杯だった。

 払えない。しかし期限は明日だ。税務署の係によれば、期限は明日で、明後日には口座が凍結されるらしい。


「ヒーロー共済から払われるはずなんだが」

「懲戒処分を受けておられますよね。先方に確認しました。紫呉(しぐれ)様の弁済金、滞納された所得税、一切を関与しないとのことです」

 さっき、スマホを耳にあてながら、俺は目の前が誇張ぬきに暗くなった。

 ヒーロー。それは憧れの職業。天に選ばれしもののみがなる。超法規的に行われる諸悪の活動を撃滅。

 活躍は各メディアで取り上げられ、人気投票も行われる。


 ただし、一般人に危害を加えないこと。拳で吹き飛ばした怪人が、または巨大ロボットが民家や工場につっこまないように、細心の注意を払わなければならない。

 俺は去年まで活動歴10年の中堅だったし、そこら辺は抜かりなくやってきた。が、何故だろう。

 反応できなかった。

 空中戦だった。風を切り裂くように伸びてくる漆黒の爪をかいくぐり、クロスカウンター的に怪人を殴り飛ばす。怪人の後方には凪田川。その向こうには工場地帯。

 全力でなければ川に叩き込めるし、実際してきた。なのに……。


 一瞬の中の、本当に短い間、目の前が暗くなった。焦って混乱した俺は、怪人を全力で殴り飛ばしてしまった。奴は宙を吹き飛び、工場地帯に突っ込み、オレンジと黒の爆炎が上がった。

 人的被害も出て、つまり100人以上の重軽傷者が出た末に、俺はヒーロー協会を首になった。


 しかし世のバッシングが緩和することはなかった。マスコミが訪ねてきて、あげ足ばかりを取ってくる。

『悪辣ヒーロー紫呉(しぐれ)、人的被害を反省せず』


 週刊誌をにぎわす記事に反吐が出る。

 こんな感じで人気投票からも除外され、かろうじて工場の被害補償だけが減免されることとなった。が、怪我をした方々の入院代は払われず。俺の負担となり、蓄えていた貯金は10分の1以下になった。

 そこに今回の所得税である。所得税は前年度の収入をもとに計算される。もちろんヒーローという職業の特性上、協会が肩代わりしてくれるのが平常だ。が、俺は首になってしまった。


「だから理由を言いなさい。どうして全力で吹き飛ばした? 川に叩き込めば良かっただろう?」

「……そういう気分だったからだ」

「紫呉君」

「何だ。理事長」

「もう、昔とは時代が違うんだ。ヒーローというだけで大目に見られる時代ではない。悪の組織は衰退しているし、自衛隊は力をつけた。もう、我々は必要ないかもしれないんだ」

「俺にはそんなあんたが必要ないよ」


 あの時、理事長室で何故俺は、視界のブラックアウトを認めたくなかったのか。

 肉体、視覚強化が俺の能力だ。それが衰えた。負担をかけてきた10年間のつけがきた。

 しかし俺はこの事実を誰にも言うつもりはない。ヒーローどうこうより、強い生物として生き、死にたいのだ。


 ……そいつは橋の下に捨てられていた。

 ケーキでも入れるような白く薄い紙の箱の中で、みゃあみゃあと鳴いていた。


「だから、俺は犬派なんだよ」

 土手を降り拾い上げたそいつに、俺は話かける。が、相手はひたすら鳴いていて、目すら開けない。

 いや、開かないのか。こんな子猫を捨てるなんて、どんな人でなしだ。馬鹿野郎。

 しかも、ここは雨の具合によっては水没する。

 とりあえずもっと人目につく場所にうつしてやろうと、そいつを胸に抱いたまま土手を上がる。


 そうして道路に出たときには、もう、俺の意識は変わっていた。

 飼おう。こいつを。だから税金も払おう。理事長に事情を説明し、頭を下げて支援と復職を願おう。

 いや、それよりもまずは……。


「お前の名前を考えないとな」

 いいながら、胸の中で雨からかばわれるそいつを、俺はしげしげと眺めた。

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