14粒目『abash(恥じ入る。どぎまぎする。当惑する)』熟練少女のフォーリンlove
14粒目『abash』
―恥じ入る。どぎまぎする。当惑する。
語源は大口を開ける、びっくりさせるのabair。大口を開けるくらいびっくりさせられて、恥じ入ってどぎまぎしてとにかく当惑したという感じで変化してできたのがabashらしい。―
男という生き物はとにかくせっかちで、だから世界に男は2種類しかいない。
せっかちか、せっかちを隠すむっつりか。
好みのメスがいると一瞬で瞳孔を大きくして、一挙手一投足を見逃さないようにする。
乞食よりも乞食で、しかも欲しがりだ。だから私の前で乞食を馬鹿にする男は、うんといじめてやる。
それも欲求不満が極限まで高まって、高まって10代前半の男の子に戻っちゃうような、そんないじめ方だ。
もちろん私はそんなの嫌。
でも、私の嫌が男たちには評判だったりする。
まあ、当たり前か。肌にも髪にも気を使っているもの。目を潤ませる演技だって完璧。
私が男の前で目を潤ませている時は、大体2つのことしか考えていない。
1つ目。愛犬のペス。土の下で花に埋もれてるから、今は世界中の押し花が当惑するくらい、綺麗な死体となっているだろうなあ。
2つ目。男の金を吸い上げ尽くしてから縁を切った後に、個人的なお疲れ様会として行く根津のすし屋のわさび。香りが他の店とは全然違うんだけど、鼻を抜ける辛さもやっぱり異次元で、それこそ銀座のわさびがスカイツリーなら、あれは宇宙に突き抜ける。
どちらに思いをはせるかはその日の気分だけど、今日はペスを忍ぶには雲が重たく悲しすぎたし、わさびを思い出すには鼻の炎症がつらすぎた。
だから男と会うのはキャンセルして、何となく大きな公園の美術館の前の噴水にしゃがんで指の先を浸していた。ちょうど雲が割れて光がさしてきて私とか噴水とか煉瓦の道とか草の一本一本を濡らすみたいに照らした。景色はいい感じになったけど、私は水の中に溶けながら踊る光の筋がきれいだと思った。だからしばらく見とれていたけど、そのうち光にも飽きて、立ち上がろうとしたら……。
うん、まあ、この先はちょっと秘密が良いかな。秘密って、機密と似てるし。中身の鮮度を保ってくれる。でも、そうだなあ。ほんの少しだけ、ね。
結論。私はガールになった。あの人はボーイというにはおじいさんだったけど、関係なかった。
そもそもあの人の視界に私はいなかった。そんなの初めて。屈辱って、事実が圧倒的すぎると感じなくなるのね。知らなかった。
あの人はキャンパスをよぼよぼと抱えてね。私から離れた、でも正面に陣どって、絵を描き始めたの。風景画。しばらくして覗き込んだら公園の風景だから、風景がであってるはず。
で、私はどんな風に描かれているか。興味あるじゃない?
スカートの女の子が描かれていたの。女の子なんかいなかったのに。
鼻水たらしてわめく兄弟と不機嫌で速足な母親と、犬にひっぱられるじじばばどもと、そして天上天下唯我独美な私しかいなかったのに……。
子犬を抱いた女の子がいた。本当にびっくりして、開いた口がふさがらなかった。
だから思わず、
「これ、私ですか?」
て聞いちゃったの。そしたら彼はとても迷惑そうな顔をして、ぷいと横を向いて、キャンパスを片付け始めた。私はびっくりしたの。こんな扱いは初めてで、私はどぎまぎして、だから……。
うん。この先は秘密。次の日曜日にでも公園に来てくれたら、私と彼の物語の続きを、あなたは知れるかもね。もちろん、祝福の花束はちゃんと持参すること。じゃないと、吸い尽くしちゃうんだから。
あなたの全部を。