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10粒目『abandoned(見捨てられた。放棄された。勝手気ままな、つつしみのない)』捕食者のつつしみ


『abandoned』


―見捨てられた。放棄された。勝手気ままな、つつしみのない。

 abandon(見捨てる)が受動態的になってできた言葉。理性や慎みを、認知の地平線の向こうにうっちゃると……。人は傍若無人になり、勝手気ままになり、結果としてつつしみもなくなるのかもしれない。―


 風がすっと冷えた。

 裏玄関を出たときに菱川さんはふと足を止め、僕を見上げてこう言った。

「つつしみって大事だと思うの」

 裏玄関は忘れられた花壇に続いている。僕と菱川さんは委員会の活動の一環として、今月はあの花壇を担当している。

 つつしみ。思慮深い行動。身だしなみだっけ。投げかけられた言葉の意味よりも、菱川さんの瞳に、風が冷えた気がした。花粉や、花壇の先のグラウンドに巻かれた水のにおいも、同時に消える。


「うん。大事だよね。で、何で俺に言うの? それ」

「田中君の髪が栗色だとか、耳にピアスしてるとか言いたいわけじゃないの。うちの学校じゃ制服みたいなものだし。じゃなくて、ほら。あたし、学年に1人だけじゃない? 女子って」

 高専に入る女子はもともと少ない。でも菱川さんが言いたいのはそういうことではない。


「そうだね。元々少なかったし」

 僕は彼女から目をそらす。

 視界の端に透明な風が流れて、菱川さんのショートカットの髪先をブレザーの肩と平行にする。


「入学当初は、それでもいたでしょ。各クラスに3人ずつ。で、18か月でみんないなくなっちゃった」

 高専の校風は女性に合わないとかそんな話じゃないのは分かる。僕は覚悟を決めるべきなのか。

 ここは学校なのに。それはいい。でも、気になるのは……。


「5月の鮎川さん。6月の宍倉さん。8月に栄田さん。みんな、田中君。あなたとご飯食べてるでしょ。円井で。で、それぞれみんな、2か月後に失踪してる。どう料理(・・)したか知らないけど、入った高校の異性を全員食べちゃうって、やっぱりつつしみがないと思うの」

 全員じゃない。まだ君が残ってるだろ、と言いたかった。けど無理だった。

 顔をそらした僕の視界にステップ・インしてきた菱川さんの瞳が、その光に見覚えがありすぎたからだ。


 捕食者のそれ。僕が彼女たちを食べたときに、見開かれた瞳に一様に映っていた、これからも映り続けるだろう、僕の銀色の瞳孔。


「同族なのか? 君は」

「ううん。上位捕食者」

 首を横にふってから、菱川さんは小さな歯を見せて笑った。

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