今になって気づく大切なもの
「ううぅぅ………………はっ!?」
青々と生い茂る森の中で恭弥は呻きながら苦しげに起き上がる。
月明かりは消え太陽の光が差し込む。
「はぁはぁはぁはぁ………まさかの異世界転移かよ」
衝撃的な異世界転移で乱れた心と身体を呼吸で整えながら、とりあえず立ち上がり周囲を確認する。
周囲は木、木、木、木と、どこを見渡しても木しかない。
どうやら森に転移したことが窺えた。
尻や背中についた土を払い落とすと。
「もっと他の転移方法なかったのかよ!!しかもなんだよ異世界転移って時期逃してんだよ!!百歩譲って!!美少女が俺をお出迎えしてくれてたら!!あの転移方法はチャラにしてやったよ!!それがなんだよお出迎えなしって!!ハァアハァ………」
この現実という名の理不尽に対し声を上げる男、その名は橘恭弥。
ってこんなふざけてる場合じゃな〜〜い!!
どうする、どうすればいいんだ!!
いや、待て一旦落ち着こう。
俺は誰だ?魔術師橘恭弥だ。
こういう時はどうするって教わった?
………教わってねー!こんな事態に遭遇することは現代魔術師じゃ普通はありえないんだからよ、教わってねーよ!クソ、こんなことならサバイバルの勉強でもしとくんだった。
まあ、でもあれだな。まずは周囲の環境の確認でもするか、それが一番無難な気がする。
焦ったり、青ざめたりと目まぐるしく表情が変化する恭弥だったが、一旦の行動は決まった。
無言で近くの木に寄り、触ってみたり叩いてみたりする。
そして、木の根から天辺まで順に見上げると、恭弥の口から驚きの言葉が出る。
「木ぃ高ッ!?」
五十メートルはあるだろう木の高さに驚愕する。
「………これは、世界遺産登録必至だな」
木を触りながらそんなことを呟く。
日の光を受けて、青々と輝く葉。
大地にずっしりと伸ばす根。
城壁のように堅く天を衝かんばかりに愚直に真っ直ぐに伸びる幹。
どの木も樹齢千年はありそうで、言い知れぬ存在感を持っていた。
それだけではなく木からはどこか神聖な雰囲気を感じられ、心を穏やかにしてくれるような気がしていた。
安全を期し十五分ほどかけ一つの木を念入りに調べると、恭弥は調べた木の根に座る。
その木も樹齢千年ほどあるのだろう。
その証拠に、日本のどこにでも生えているような木の幹と同じくらいの大きさの根が大きくうねりながら、地面から出ていた。
普通なら、慎重に扱うべき木だが、恭弥は慣れたもので、気にせず座る。
「転移先は森の中で呼び出した奴いないタイプの異世界転移か〜」
恭弥の口からそんな言葉が漏れる。
これから俺はどうすればいいんだよ。
はぁ〜〜〜。
思わずため息が漏れる恭弥。
これは、でもあれだな俺は現代魔術を駆使して無双しまくり、ハーレムを作れということかな?………うん、そうだよ!そんな気がする、っていうかそれしないと俺をこの世界に呼び出した奴に失礼な気がする!!
異世界行ったらハーレムを作る。
これは、もう様式美なんだから、やっぱ、それにそわなきゃね。
それに、もしかしたらおチートとかあったりするかもしれないし!
男子高校生の夢を一身に背負った男、その名は橘恭弥。
なんかいいなこのフレーズ、気に入った。
よし!!そうと決まればこの森を出て町に行こう!!
それにしてもこの森凄いんだけど、なんで虫とかいないんだろ?
っていうか動物もじゃね?
こんな大自然の森だ、生き物の一つや二つ、というか馬鹿みたいにいてもおかしくはない。
しかし、期待に胸を膨らませた恭弥は気に留めなかった。
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森を彷徨うこと二時間。
期待に胸を膨らませていたがだんだん絞れていき、今では胸の内にわだかまるのは期待なんてものとはほど遠い怒りに変わっていた。
「ああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!どういうことだよ〜〜〜〜〜!!おれは何時間歩いたらいいんだよ!!」
完全に迷子になっていた。
さらさらな茶髪を乱暴に掻きむしり、その場に座り込む恭弥。
恭弥は剣道で鍛えられ、それなりに筋肉は付いているのだが、いかんせん集中して力がない。
まだまだ、歩けるのだが何か同じことをし続けるというのが恭弥は苦手なのだった。
「はぁ〜〜〜〜〜」
思わず大きなため息をする。
なんか、こっちに来てからずっと怒ってるような気がする。
でも、しょうがなくね、異世界全然期待に応えてくれないし、きついは。
転移場所もっとなかったのかなぁ。
王都とか草原とか。
なんか知らないけどムカついてきた。
と、異世界にイライラしていると。
「ぐ〜〜〜〜」
とお腹が鳴った。
こっちの世界では日の光が出ているから、すっかり忘れていたが現代日本では、夜八時くらいだ。
本来だったら、恭弥は夕食を食べ終えてソファーでくつろいでる時間だった。
それに思いあたってしまい、気分はさらに沈み込む。
ヤバイ、なんか意識し出したら腹が減ってきた。
なんかねーかな。
何か食料を得るために、あちこちと歩いてみるが、何もない。
あるのは木だけだった。
果物はもちろんのこと花や生き物すらない。
なんで、生き物が見当たらないんだ?
この森はなんかそういう特殊な森なのか?
「わからねえ」
異世界転移したところから移動する際にも持った疑問を再度持つ。
しかし、理由は分からない。
異世界に来てまだ日すら跨いでない。
それどころか異世界の人と誰とも交流していないのだ、こうなることは目に見えていた。
幸先は最悪だな。
このまま、この森で暮らせってのかよ。
俺はこれからどうすればいいんだよ。
この森を出るには誰かに道案内してもらうしかねぇな。
今後のことで頭を抱えていると、
「誰か応援を呼んでくれ!!」
老齢の緊迫した声が聞こえた。
恭弥は即座に抱えていた頭を上げ、声がした方向を見る。
緊迫した声や不穏な言葉は恭弥の耳には入らない、ただ誰か人がいる、それだけの事実を恭弥は認識した。
座り込んでいた腰を上げ、恭弥は声がした方向へ向かう。
さっき、声を上げたのだろう老人が視界に収まる。
しかし、すぐには飛び出さず近くの大木に隠れる。
大木の裏ではドンッ!バン!キンキン!!と明らかに戦闘を繰り広げているだろう音が聞こえてきた。
ここにきて恭弥の不安は限界に達する。
おちゃらけたりして自分を元気付けていたが、空腹や見ず知らずの土地に一人でほっぽり出された不安やらで恭弥は限界だったのだ。
戦闘を繰り広げるているだろう音を聞き、本当は逃げたかったが、ここで逃げれば次に人と会えるのは、いつか分からない。
最悪飢え死にするかもしれない。
様子を見てから危険を危惧して戦闘が終わるまで、隠れることにした。
クソッ、なんでこんなことになってんだよ。
まあいい、切り替えろ、気を引き締めろ。
ここは異世界だ。
ハーレムって言ったら異世界だけど、それと同じくらい中世ヨーロッパ風と言ったら異世界だ。
治安は現代とは比べものにならないほど悪いだろう。
異世界に来て、序盤も序盤だ。
所詮は盗賊とかだろう。
それでも気を付けろ、慎重にだ。
戦闘は終わったのか静かになった。
気を引き締め注意を払い、なけなしの勇気を払い大木の影から様子を伺う。
そして恭弥は絶句する。
『怪物』が人を食べる光景に。