プロローグ 原動力は恐怖
色鮮やかに咲き誇る花たちに囲まれながら茶髪の青年は生まれたばかりの子鹿のようにブルブルと立ち上がる。
日の光が差し込む穏やかな雰囲気の花畑に、うってかわって異様な光景が広がっていた。
「ハァハァハァハァ」
流血と返り血で体中血塗れ、そして左腕の肘から先が失われている青年。
それだけではなく、青年の周りには獣の死体が積み重なっていた。
激戦に次ぐ激戦で青年の息は荒い。
その青年が対峙するのは奇怪な存在。
のぺっとした顔以外は特に人間と変わらないが、その存在はホワイトノイズにで形成されているようだった。
そのせいで、そいつの輪郭を捉えることはできない。
なんなんだなんなんだよ、あれ。
もう、帰りてぇ………戦いたくねぇ………怖い。
そんな弱音が青年の頭の中に飛び出してくる。
一度切れてしまった集中の糸もう一度繋ぐことは、一度集中するより難しいことをまざまざと思い知らされる。
「大丈夫かい、キョウヤくん」
白髪の女性が青年に並び立った。
「俺は大丈夫だけど、オルフェリアさんのほうがボロボロでしょ」
「私は大丈夫だよ、君のおかげでね」
白髪の女性は恥ずかしそうに顔を赤らめながらそう言った.
「後ろにはカミラがいますから。あの胸は俺のもんだからな、ここでは負けられない」
「本当に君はしょうがないやつだなぁ。………………カミラばっかり」
白髪の女性は最後のほうは聞こえなかったが呆れた様子を見せる。
おちゃらけてみるが、この奇怪な存在が現れてから青年は冷や汗をかきっぱなしだった。
しかし、ここで諦めるわけにはいかない。
それは青年の背に好みの女がいるからでも、プライドでも、不屈の精神でも、男の意地でもない。
ただ、死にたくない。
それだけだった。
誰でも持つ、いやどんな生物、蟻にだってある生存本能が、今の青年が戦える理由だった。
「来るよ!」
白髪の女性が声を張る。
奇怪な存在が動き出した。
「あ〜〜〜〜あ!もう、クソが!」
そして、茶髪の青年それにも向かっていく。