自称《死神》のおじさん
・主人公 : 高校生、女子。
・・一人称 : 私。
・・呼ばれ方 : お嬢。
・おっさん : ホームレス(見た目)、男性。
・・一人称 : オレ、おっさん
・・呼ばれ方 : おじさん
「こんにちは、おじさん」
時刻は夕方。学校が終わり、帰宅して着替えてから、もう一度最寄り駅まで足を運ぶ。
目の前には、ボロボロな服を着るホームレス? のおじさん。
このおじさん、人通りの多い地下鉄の構内にいながら、誰からも認識されていなかったりする。
いくら目立たない場所を選んでいるからといって、誰からも見られないのはあまりにも不自然。
それが気になったのも確かだけれど、その時むしゃくしゃしていた私は、誰でもいいから愚痴りたかった。
そうして、知らないおじさん相手に自分勝手に愚痴ったら、ずいぶんしっかりと聞いてくれて、相談に乗ってくれて、解決策まで教えてくれて。
とっても助かっちゃったんだよね。
それ以来、夕方のまだ親が帰って来ないタイミングで、たまにおじさんのところに遊びに来ていた。
手にしたビニール袋の中には、さっき作ったおにぎりと玉子焼きとたくあんと、近くの自動販売機から買った、ペットボトルのお茶。
もっと何か、気の利いたものを買ってくれば良かったんだろうけれど、我が家はあまり裕福じゃないためお小遣いも少ないの。だから、我慢してもらおう。
なんだか嫌そうな顔のおじさん。どうしたんだろうね?
『お嬢、また来たのかい? おっさんさあ、もう来ちゃいけないって言わなかったっけ?』
「えー、せっかくおにぎり作ってきたのに……。要らないの?」
『食う食う。いただきます』
「その代わりさー、また、お話聞いてちょうだい?」
おにぎりと玉子焼きとたくあんはラップに包んできたし、玉子焼き食べる用のつまようじも持ってきたから、手を汚さないで食べられると思う。
……で、ビニール袋から出したところで、気づいた。
これ、お皿があった方が良かったかも……。
ビニール袋を地面のタイルに敷いて、その上におにぎりとか広げる。
これはその、自分でも、ちょっと……。
『ではさっそく……いただきます』
けれど、全く気にしていないおじさんは、ラップを剥いだらさっそくおにぎりを掴んで、一口ぱくり。
今日のおにぎりは、梅干しと焼き鮭。
さて、おじさんは何を先に食べたかな?
ワクワクしながら見ていれば、ガリッとなんかすごい音をたてるおじさん。
……あ、梅干しの種くらい取り除いておけばよかったよ……。ごめんねおじさん……。
固い梅干しの種をかじって涙目なおじさん。……なんかちょっと可愛いかも。
そのままじっと見ていると、パクパクカリコリ一気に食べてしまった。よっぽどお腹空いてたのかな?
『……ご馳走さまでした。玉子焼き、こないだより旨いと思うぞ。おっさん好み』
気合いの入った合掌。
美味しかったみたい。最近、料理頑張ってるから、美味しいって言われると嬉しいな。
『さて、何か話したいことがあるんだろ? そろそろ暗くなる時間だし、手短にな?』
「うん、それがねー」
学校で、軽いいじめが起きていることを話す。
ちょっとした無視。
こっそりと消しゴムを半端に千切る。
借りるといいつつ、鉛筆の芯を折って返す。
借りたノートを破って返す。
などなど。
どれも、大したことないものだけれど、だからといってやられる方は大変なはず。
なのに、
あたしら友達だし。
悪ふざけ。
こんなん遊びじゃん。
いじめする側も、される側も、ヘラヘラ笑いながら。
目の前に先生がいるのに。
先生も先生で、目の前で起きていることを、
『仲良くしなさい』
の一言で片付けてる。
エスカレートするに決まってるのに。
クラスメイトがそんなことになっているのに、どうしたらいいのか分からなくなって。
「ねぇ、おじさん? どうしたらいいと思う?」
『どうって……うーん……』
腕を組んで考え込んでしまう。さすがに、目の前にいる私ならともかく、他の人のことまで構ってはいられないかな?
『あのさ、お嬢が言ってるクラスメイトって、あの3人?』
「えっ?」
おじさんが指をさす先には、件のクラスメイトたち。
でも、その肩には、何やら黒い靄が……?
『良くないねえ、良くない。あの靄、今は肩に乗ってるだけだけど、放置すると全身に及ぶぜ?そうなったら…………』
「そ、そうなったら?」
おじさんの、脅すような言い方に、思わず唾を飲み込む。
『死ぬ』
「……ひぃ……」
一転して、淡々と、当たり前の事実を告げるように、死ぬといわれ、悲鳴が漏れてしまう。
そして、これではいけないと、強く思ってしまう。
「お、おじさん、おじさん。どうすればいいの?」
つい、肩を掴んで揺すってしまう。
そんなことしても、おじさんが迷惑なだけなのに。
『お? こらこら、揺するんじゃないよ。はいはい、落ち着きなって』
落ち着けるわけ、人が死ぬと言われて、落ち着けるわけ、ない。
それが、顔見知りなら、なおさら。
『分かった分かった。お嬢の頼みだ。何とかしよう。……ただし』
「た、ただし……?」
『……そうだな。条件は後にしよう。さ、あの三人をここに連れてきなさい。なんとかしてあげるから』
「わ、分かった」
なにもできない私にはおじさんの言葉を信じるしかなく、上手く説明できなくて不信がる三人を、無理やり引っ張るという力業で連れて来るしかなかった。
……明日が怖いよう。
『お嬢、おつかれさん。……さて、君たち』
無理やり連れてこられた三人は、おじさんの姿を見て、ビックリしたようだった。
無理もないよね。私も、最初はビックリしたし。
でも、おじさんはいい人だから、大丈夫。
ゆっくりと立ち上がり、左手を握りしめて、横に振り払う。
……その手に、大きな鎌を持っていたような気がしたのは、見間違いか、気のせいか。
『君たち、今何時だと思っているんだい? 子供は家に帰りなさい。帰れる家があるだけ、幸せなことなんだよ?』
三人とも、おじさんに言われて、明らかに表情が変わる。
何か悪いことをしてしまったといいたげな、ばつの悪い表情。
おじさんのことを、どう思っているのかな……?
「な、なに? いきなりなんなの? このおっさん? ……はぁ、なんかもう、バカみたい。……帰ろ?」
今度は、狐に化かされたような顔になって、帰っていく三人。
その肩には、もう、黒い靄は見えなかった。
「おじさん、ありがとう」
三人の肩に乗ったあの黒い靄。あれは、何か悪いものだと感じた。だから、おじさんが取り除いてくれて、すごくほっとしてる。
『なに、感謝には及ばんよ。何とかするには条件があると言ったろう?』
そうだった。いったい、何を言われるんだろう……?
『その条件はな、《もう、オレに会いに来ないこと》だ』
「えー」
さすがに不満。
『オレは《死神》だからな。こっちに近づき過ぎると、戻れなくなる。だから、もう、来ちゃいけない』
心配そうに、おじさんが言う。
むー、不満。でも、おじさんがそう言うんだから、仕方ないか。
「分かった。じゃあね、おじさん。また来るね」
バイバイと手を振って、今日はお別れ。
『もう来るんじゃねぇぞ!』
さーて、次は何を作ってこようかなあ?
※※※
三日経った昼休み。
例の三人がおじさんと会った次の日から、三人はいじめをやめた。
なんとなく、あの黒い靄が、悪さをさせていたのだと思う。
あの黒い靄はなんだろう?
おじさんは、あの黒い靄のことを知っている?
また会ったら、教えてくれる?
……でも、もう来るなって……。
ぼんやりと考えながら、弁当を広げていた時だった。
「ちょっと、付き合って」
声をかけられて顔を上げれば、あの三人組の、リーダー格の女子、三島さんが目の前にいた。
屋上のベンチに座り、改めて弁当を広げると、三島さんが隣に座ってくる。
静かに行儀良くを意識して弁当を食べていると、三島さんは購買のホットドッグをガツガツと勢い良く食べて、牛乳で流し込んでいた。
その、購買のホットドッグ。安くてお腹にたまるから、男子には評判だけど……。
三島さんは、女子だからといって食べるものにはこだわらないタイプなのかな?
私は、そんなことも知らなかった。
クラスメイトの、普段食べてるものとか、全然。
あっという間に食べきって、暇そうにしている三島さん。私も、早く食べないとと思ったけれど……。
「あー、別に、そのままでいーよ。こっちが勝手に話すから」
こくりと頷いて、食べるの再開。弁当はまだ半分くらい残っている。
「あのおっさん、なんなの? いきなり手を振ったかと思ったら、体が軽くなった気がするんだけど。……で、さ。今なら分かる。あたしら、里子にやってたの、あれ、イジメだ」
里子というのは、三島さんたちがイジメていた相手。自覚、なかったのかな?
「なんかね、分かんないんだけど、遊んでるつもりだった。三人して、里子と普通に遊んでるつもりだったの。けど、おっさんに会ってから、あたしらが何してたか、ようやく分かった気がする」
うん、と、頷くしかない。肯定も否定もできない。
今にして思えば、確かに、なにかに取り憑かれていると言われれば、納得できたから。
「里子には、謝った。壊したものは、弁償した。後はね、おっさんにありがとうって言うだけ」
うん、と、頷く。仲直りできたかは気になるけど。
「で、さ。話の本題はここから。あたしらの代わりに、おっさんにありがとうって伝えてくれる?」
これは手土産。そういって渡されたのは、形が不揃いのクッキー。結構たくさん入ってる。
「ピチピチの女子高生の手作りだ。あれくらいのおっさんなら、泣いて喜ぶんじゃない?」
そういって、にししと笑う三島さん。
んーでも、おじさんなら、クッキーよりは、お酒と焼き鳥の方が喜ぶんじゃないかなあ?
※※※
さて、クッキーに合うのはなんだろう?
考えてはみたけれど、おじさんが好きなものじゃないと。
……でも、分からないんだよね。
なので、今日は、市販のレトルトを混ぜた炊き込みご飯。それをおにぎりにして、あとは玉子焼き。今日は刻みネギを混ぜてみた。
おじさんは、気に入ってくれるかな?
「こんにちは、おじさん」
『…………なあ、お嬢? こないだおっさんと約束したろ? もう会いに来ないって』
呆れた顔のおじさん。でも、今日は大義名分があるのです。
その前に、ちょーっと反撃。
「もー、せっかくおにぎり作ってきたのに……。要らないの?」
今はもう使ってない、折り畳み式のミニテーブルを広げて、紙のお皿に炊き込みご飯のおにぎりと玉子焼きを載せて、ペットボトルのお茶も一緒に添えて、今日はこれだけ。その代わり、玉子焼き増量で。
『……食う。いただきます』
「おあがりください」
ふふふ、作戦成功。
おじさんは食いしん坊。私覚えた。
『……ご馳走さまでした。炊き込みご飯なんて、どれくらいぶりだろうか? おっさん好物。玉子焼きも、ネギがいい感じ。前のも旨かったけど』
気合いの入った合掌。
その後の満足そうな顔に、本当に美味しかったんだと嬉しくなる。
私にこにこ。
……おっと、忘れるところだった。今日のご用事。
「あのね、おじさん。こないだの女子三人がね、あれからいじめをやめたの。おじさんに感謝してたんだよ? ……えーと、これが、感謝の印」
透明ビニール袋にたくさん入った、不揃いのクッキー。なにげに、種類も複数あるみたい。今気づいたけど。
「ありがとうって言ってたよ? すごく感謝してた」
袋丸ごとはいっと渡せば、クッキーの袋を両手で頭の上に掲げて、なんか変な方を向いて、深く頭を下げるおじさん。
神様にお祈りしているようで、声をかけるのをためらうほど。
顔を上げたおじさんは、なんとも嬉しそうで。
袋からさっそく一枚取り出し、さくり。
『うん、甘い。砂糖の量を間違ったとしか思えん。おっさんの好みじゃない』
と、いいつつ、もう一枚さくり。
時間をおいてもサクサクしているクッキーを、すごいなあと思う。
今度、三島さんに作り方教わろうかな?
好みじゃないといいつつ、手が止まらないおじさんを見ていると、甘いもの大好きなんだろうなあ、と思うわけで。
私も、三島さんに負けてらんないなあと、気合いを入れ直したのでした。
……そんな、何気ない、のどかな夕暮れ時。
普段と変わらない、夕暮れ時。
……だと、いうのに……。
どうして、
からだのふるえがとまらないのだろう?
『始まったか』
すがるように、おじさんを見てみれば。
言い様のないほどの歓喜が、口の端をつり上げ、まるで別人のようになっていた。
「……お、おじさん……?」
戸惑いながらもおじさんに声をかければ、しまった、失敗した。といいたげな顔になった。
『あー、お嬢? おっさんこれから仕事なの。今すぐ家に帰るか、おっさんのうしろにくっついて離れないかを』
「おじさんの後ろにいる!」
『……そうかい。たくさん、怖い思いをするぞ?』
「おじさんが、守ってくれるんでしょ?」
『………………まあ、結果的にはそうなるんだが。……仕方ない、おいで。おっさんのうしろから離れるんじゃないよ?』
「うんっ!」
『禍津刻はきたれり』
『群がる負なる思い』
『我、《死神》の名において』
『今、現世の軛解き放とう』
気がつけば、周囲は黒一色。
前方に、何かが集まり、そして……。
『お嬢、目を閉じて、耳を塞いでいなさい。すぐに終わる』
おじさんが、ボロボロのマントを纏うガイコツに変身していた!
その事が衝撃的で、何を言われたか頭に入ってこない。
『警告はしたからね?』
おじさんがまた何か言う。
今度は、その意味を理解する前に。
『『疲れた……』』
『『苦しい……』』
『『クソ、アイツ……』』
『『アイツのセイで……』』
『『オノレ……オノレ……』』
『『誰か……』』
『『私を……』』
『『コロシテヤル……』』
『『ユルサヌ……』』
『『助けて……』』
『『殺して……』』
『『オマエモ……』』
『『『『『コチラニコイ!!!!!』』』』』
集まった何かが、無数の顔を無理やりくっつけたような、肉の塊へと変化し、
無数の口から、無数の怨念が吐き出され、
私の気が狂いそうになった時、
『五月蝿いよ』
いつもと変わらない調子のおじさんが、うっとおしそうに手に持った大きな鎌を横に振り払った。
それで、それだけで、終わった。
無数の声も聞こえない。
無数の顔も見えない。
まるで、何もかもが、最初から無かったように。
……確認、せずにはいられなかった。
「……お、おじさん?」
『さて、お嬢』
「は、はひっ!?」
声をかけたと同時に、ガイコツに変身していたおじさんが振り返り、ビックリして変な声が出ちゃった。
……だって、ねぇ? おじさんの目、ガイコツの両目の奥に、赤い光が炎のように揺らめいていたから。
『ここでお別れだ』
「……えっ?」
ナニを、言われたのか、分からない……。
『おっさんは、さっきのアレを刈り取るために、ずっとここにいたんだ。それが仕事。仕事を終えたから、帰らなきゃならない』
待って、待って、理解が、追い付かない……。
『じゃあな、お嬢。達者でな。……もう、ここに来るんじゃねぇぞ?』
もっとたくさん、お話ししたかった。
もっとたくさん、料理食べて欲しかった。
もっとたくさん、側にいて欲しかった。
「おじさん?」
まばたき一つしたら、おじさんはもう、どこにもいなかった。
※※※
気がつけば、病院のベッドの上。
疲れ果てた様子の母が、手を握っていた。
「お、お母さん?」
錆び付いたように動きにくい体を、何とか起こせば。
母が泣き出し、抱き締めながら、状況を教えてくれた。
私は、あの日から、五日間も眠り続けていたらしい。
あの日、駅では、気を失って倒れる人が相次いだらしい。
ほとんどの人は、その日のうちか次の日には目を覚ましたらしいけれど、私は、なぜか五日も。
毒ガスとか、騒ぎになったみたいだけれど、そういうのは検出されなかったみたい。
『オレは《死神》だからな。こっちに近づきすぎると、戻れなくなる。だから、もう、来ちゃいけない』
母の説明を聞いていて、なぜか、おじさんの言葉を思い出した。
そして、なぜか理解する。
あと何回かおじさんに会っていたら、私もあの、たくさんの顔の仲間になっていたことを。
でも、そうなる前に、おじさんに助けてもらったみたい。
……お母さんや、お父さんにも、悪いことをしちゃった。でも、おじさんと会っていたことは、これっぽっちも後悔していない。
あの、優しそうでいて、寂しそうにも見える目を見たら、何かせずにはいられなかったから。
その後、いくつかの検査をして、退院する。
タクシーは断ったけれど、家に帰る頃には私もお母さんもくたくたになってしまっていた。これはちょっと後悔。
……たまには親孝行をしよう。
その日の夜は、家族会議。
家を空けがちな両親が、深々と頭を下げてくる。
どうやら私は、寂しくて人恋しくて、近くの人がたくさんいるところへ徘徊? していると思われていたみたい。
……まあその、そんなんじゃないんだけどね。
両親としっかり話し合い、その日は終了。
低賃金で遅くまで仕事する父なんかは、情けないと嘆いていた。
……私もバイト、しようかな……?
次の日の夕方。私はまた、駅の構内へ足を運ぶ。
そこにおじさんはいないと確信はあったけれど、それでも、いつかまた、そこに行けば会えると思いたいから。
……ねえ、おじさん。また、会いたいよ。