2-34.誓い
その丘には強い風が吹いていた。
わたしは乱れる髪を手で押さえながら、墓標の中を歩いていく。花輪を持つわたしの腕を支えてくれる、ヴィルへルム様と一緒に。
その中でも比較的新しい墓標が二つ並んでいる。それがわたしの目的の場所――父と母のお墓だった。
今になって思えば、よくロベアダ様が父のお墓を母の隣に建ててくれたものだと思う。対外的なものがあったのかよく分からないけれど、それだけは感謝しているのだ。
二つの墓に、それぞれ花輪をかける。風に花が揺れているけれど、その美しさが崩れてしまう心配はなさそうだ。
「……席を外した方がいいか」
「いえ、一緒に居てください」
気を遣ってくれたのか、ヴィルへルム様が小さな声で問いかけてくる。わたしは首を横に振ってから、お墓の前に膝をついた。
両手を組み、祈りを捧げる。
色々な事があったけれど、もう術士様はいないと心の中で告げた。父も母も術士様によって命を奪われているのだから、それは報告するべきだと思ったのだ。
そして今、わたしは愛しい人と幸せに過ごしていると。
思い出の中の両親は仲睦まじく幸せそうだった。いまのわたしもきっと、同じように幸せだと。
ふと隣に気配を感じた。目を開けるとヴィルへルム様が脱いだ軍帽を胸に、片膝をついている。
「あなた達の娘は、強く聡明で美しい女性に育ちました。彼女が私を支えてくれる以上に、私は彼女を支え、守り、愛し抜くことを誓います」
穏やかで力強い声。
それは両親に届いていると、なぜだかそう確信できた。
その真剣な横顔を見ると、胸が苦しくなる。紡がれた言葉を反芻しては子どものように泣いてしまいたい衝動を抑え込む。
不意に風がやんだ。
空から細く黄色の花びらが無数に降り落ちてくる。ゆっくりと舞う花びらは静かに両親の墓標を彩っていった。
見上げるとそこには六枚羽を羽ばたかせたアンが居た。そうか、これは向日葵の花びら。
『私からの祝福なの。エルザのパパとママ、これで大丈夫。魂もずっとずっと一緒に居られるの』
精霊の祝福。
アンの紡ぐ優しい言葉と、美しい光景に胸が詰まる。吐息を漏らすと、もう抑えられなかった。溢れる涙が頬を伝う。それに気付いたヴィルへルム様がわたしの事を抱き締めてくれた。強く、強く。
震える体も、漏れ出る嗚咽も何もかもを受け止めてくれる。わたしは身を委ねて、感情のままに涙を溢していた。
わたしが落ち着きを取り戻す頃には、辺りは夕映えに輝いていた。
目元を指先で拭ったわたしは、ゆっくりとヴィルへルム様から離れる。ヴィルへルム様は先に立ち上がり、それからわたしに手を貸してくれた。
すっかり体が強張っていて、有難くその手を借りて立ち上がる。
「行きましょうか、ヴィルへルム様。連れてきて下さってありがとございます」
「もういいのか?」
「はい。また連れて来て下さいますでしょう?」
「それはもちろん」
ヴィルへルム様の腕に手を掛けると、二人歩調を合わせてゆっくりと歩み出す。わたし達の前でくるりと一回転をしたアンは『先に行ってるの!』と光の玉になって艦の方へ飛んでいってしまった。
丘を降りて、振り返る。
夕陽に染まった風景をわたしはずっと忘れないだろう。美しくも少し哀しい、その姿を。
「エルザ」
わたしの名を呼ぶ、美しい声。
「はい、ヴィルへルム様」
応えると嬉しそうに綻ぶ美貌。そのひとつひとつに、わたしは恋をしていると思い知らされるようで。
わたしは想いのままにヴィルへルム様に抱きついた。両腕を背に回して体を預けると、軍服のジャケットに飾られた勲章がぶつかりあって耳元で高く鳴った。
ヴィルへルム様の腕がわたしの背に回る。いつまでだってこうして抱き合っていられる程に気持ちがいい。
腕の中から見上げると、孔雀緑の瞳が優しく細められた。わたしの大好きな色。
「大好きです、ヴィルへルム様」
「知っている」
「ではこれからもっと、ヴィルへルム様が驚く程に伝えていかなくてはなりませんね」
「期待していいのか?」
「もちろん」
「それでは俺は、それ以上に伝えよう。お前がもういいと言っても、逃れられない程の愛を」
「もういいなんて言いませんし、逃げたりもしませんよ」
抱きつく腕に力を込めるとヴィルへルム様が低く笑った。
「ずっと言っているじゃありませんか。閉じ込めて下さいと」
ヴィルへルム様はいつも言うのだ。
わたしを部屋に閉じ込めて、ヴィルへルム様だけを受け止めさせたいと。それでもいいと本気でわたしも思っているのだから、愛というのは恐ろしいものだ。
「……この件が片付いたら長期休暇をとる。本気で閉じ込めるから覚悟をしておけよ」
「期待ではなくてですか?」
「言ったな? その言葉、忘れるなよ」
唸るような低音がお腹の奥に響くようで、吐息が漏れる。
その吐息さえ奪うように、ヴィルへルム様がわたしの唇に噛みつくような口付けを落とした。応えるだけで体が熱を帯びる。水音が響いて呼吸が出来ない。その苦しささえ甘い痺れとなってわたしの全身を駆け巡る。
解放された時には、わたしは自分で立ち上がる事が出来なくなっていた。呼吸を整えようと深く息を吸いながら、ヴィルへルム様に縋り付く。
「可愛い事を言うお前が悪い」
「……物好きなんですから」
寄り添う影が長く伸びていく。
愛しい人の肩越しに見える空は夜が入り交じり始めた謎々の色。紅に燃えたかと思えば、群青色のベールを被り始めている。
黄昏星に寄り添うような弓張月。
これから飛ぶ空はもう夜闇。きっと煌星の中を進むのだろう。
もうわたしから、わたしを奪う人はいなくなった。
これからわたしは、受け入れるだけではなくて、もっと献じられるようになろう。わたしに名前を、居場所を、愛情を与えてくださったヴィルへルム様に。
わたしの全てを捧げて、共に生きようと心に誓った。
これにて完結となります。
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