2-26.ふたつの決着
わたしの生み出した光矢は、途中でその形を無数に分裂させる。様々な角度から《ルクレツィア》に向かってまっすぐに突き進んでいく。
黒翼で自分を守るように丸くなった《ルクレツィア》は、光矢をそれで防ごうとしているようだ。躊躇なく突き刺さる光矢を受ける度に黒い羽が宙に舞う。
そして彼女の黒翼よりもわたしの光矢が勝った時、ぐらりと彼女の姿が傾いで、その場に倒れ伏した。
黒翼が力なく、床に伸びている。歩み寄ると、《ルクレツィア》の濁った瞳がわたしを捉えた。
【わたしはあなたになれないの?】
「わたしもあなたも、他の誰にもなれないわ。あなたはもう眠るべきよ、ルクレツィア」
【眠るのはあなたじゃだめなの? わたしはまだ……】
「わたしにはやる事がある。おやすみなさい、ルクレツィア。あなたの亡骸が、あなたのその《心》が、どうか安寧へ向かうことが出来ますように」
わたしは白銀の杖を、長剣へと変化させた。ヴィルヘルム様の見様見真似で、出来るか不安だったけれど案外大丈夫なものだ。
「さよなら、ルクレツィア」
両手で長剣の柄をしっかりと握ったわたしは、全身の力を込めてその切っ先を《ルクレツィア》の心臓へ突き立てた。
悲鳴もなく、はくはくと口を開閉させる彼女は、濁った瞳を大きく見開いて――それで終わりだった。瞳から光が消えていく。そして命の灯火が消えた時、硝子のような深い青の瞳には覗き込むわたしだけが映っていた。
知らぬ内に浮かんでいた涙が、頬を伝う。
命を奪う事の重みに、体が震える。彼女は屍だったけれど、そこには間違いなく心が、命が存在していたのだ。
わたしは涙を手の甲で拭うと、姿を戻していた白銀の杖を握り直す。
術士様を許してはおけない。このままだと、わたしだけじゃない。悲しみがまた生まれてしまうかもしれない。
それなら――決着は、わたしがつけなければ。
術士様の展開している防御結界は非常に強固なものだった。
ヴィルヘルム様の孔雀が懸命にそれを抉じ開けようとしているけれど、中々に難しいようだ。お互いの魔力がじわりじわりと減っているのが伝わってくる。
「死ぬ気かい?」
「そうなってしまっても構わん。エルザがこれから歩む未来の為に、お前が落とす翳りを全て排除しなければならない」
「くく、それが愛だとかふざけた事を言ってくれるなよ」
ヴィルヘルム様はわたしの為に、その命を擲ってでも術士様を滅ぼそうとしている。それだけの覚悟をわたしの為に。……わたしも応えないわけにいかないじゃないか。
わたしはヴィルヘルム様に駆け寄った。
「ヴィルヘルム様」
「……エルザ、離れていろ」
「嫌ですよ、ヴィルヘルム様。わたしはいつだって、あなたの傍に居たいのです」
「ルクレツィアの始末をお前に任せてしまった。アルマハトは俺が――」
「術士様との決着だって、本来ならばわたしがつけなければならないこと」
ヴィルヘルム様の額に、汗が浮かんでいる。顔色も悪い。
わたしはヴィルヘルム様の手に、自分の手をそっと重ねた。いつもは温かな手が、氷のように冷たくなってしまっている。わたしの温もりが伝わるようにと願いを込めて、ぎゅっと握った。
「どうかわたしの魔力も、共にお使いください」
「だめだ。……っ、お前の魔力も尽きるかもしれん」
「構いません」
苦痛にヴィルヘルム様の呼吸が乱れる。それでも孔雀緑の瞳は強い光を湛えていて、まっすぐに術士様を見据えていた。
わたしは触れる手に、自分の魔力を流していく。魔力が混ざり合う感覚、一気に吸い上げられる感覚が恐ろしくて息を飲んだ。
「離せ、エルザ!」
「嫌です! ヴィルヘルム様のいない世界に、なんの意味があるというのですか!」
珍しく声を荒げるヴィルヘルム様に一瞬肩が竦んだけれど、負けじとわたしも声を張った。
この術式が魔力を無尽に吸い上げるなら、いくらでも吸い上げたらいい。わたしは自ら流す魔力を強めていった。
「わたしはエルザ、あなたの妻です。ヴィルヘルム様にお会いしていなければ、わたしの命はとうに尽きていたでしょう。もしかしたら死を迎えるよりも恐ろしい目に遭っていたかもしれません。ならばこの命、ヴィルヘルム様の為に使わせて下さい」
「お前の命はお前のものだ。俺の為に使うものじゃない」
「ふふ、ではいいではありませんか。わたしの命は、わたしが使い方を決めてしまっても」
「おい、エルザ」
呆れを含んだヴィルヘルム様の声に、くすくすと肩を揺らした。
触れる手はそのままに、わたしも白銀の杖を術士様に向ける。飾られた孔雀緑の花がきらりと輝きを放って、それから溢れる魔力が光となって孔雀へと注がれた。
「わたしが一緒に居たいのです、ヴィルヘルム様と。生きていても、死んでしまってその後の世界でも、また生まれ変わるとしても、ずっとお傍に置いてください」
「お前は……」
「ご迷惑でしょうか」
ヴィルヘルム様の額から汗が伝う。それも気にした様子なく、盛大な溜息をついて見せた。それから――優しく笑ってくれる。
わたしの腰をしっかりと抱き寄せて、不敵に笑うヴィルヘルム様は見惚れるくらいに格好よかった。
「迷惑なものか。……ではエルザ、共にいこうか」
「はい」
わたしはヴィルヘルム様に合わせて、魔力を強めていく。魔力をたっぷりと注がれた孔雀が高く嘶いた。
孔雀の広げる翼が大きくなっていく。翼の羽先が瑠璃色に染まっていった。
「終わりだ、アルマハト」
「させないよ、終わりになんて……!」
術士様の声が悲痛さを帯びる。
鶯色の眼差しがわたしに向けられている。結界の行く末じゃない、ただわたしだけを。
がくん、と膝から力が抜けた。魔力がもう僅かにしかない。震える膝はわたしの体を支えられずに、わたしは膝からその場に崩れ落ちた。傍らのヴィルヘルム様も同じ状態なのか、片膝をついている。それでもわたしを離す事はなかった。
術士様の展開する、黒い結界にヒビが入った。高く不規則な音をたてながらひび割れた結界を、孔雀が全て破壊して――そのまま術士様の体を一気に貫いた。
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