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2-19.元帥と精霊

 エルザが連れ去られた。

 雷雲が空を覆い尽くす中庭に駆けつけた俺が見たのは、無人のテーブルと、そこで懸命に魔力を探るオーティスの姿だった。どれだけそうしていたのか、オーティスの額には玉汗が浮かんでいる。

 俺の姿を確認したオーティスは顔色の悪いまま、駆け寄ってきた。


「申し訳ありません、元帥閣下。全ては私の責任です」

「叱責するのは後でも出来る。いつも通りでいいから全て話せ」


 駆けつけた俺とジギワルドに遅れて、リーヴェスの王太子とデゼリック(砂漠の国)の王太子がやってきた。エルザと共に連れ去られたのは、リーヴェスの王太子妃とデゼリックの第一王女。連れ去ったのは……。


ラテイロス(南の国)の王妃が、エルザちゃん達を連れて転移したわ。エルザちゃんが他の二人の手を掴んで逃げようとしたけれど、結界に阻まれてしまって……。あたしもさっきから行き先を探っていたんだけど、魔力を全く辿れないのよ。エルザちゃんのも、連れ去った王妃の魔力も。あの王妃、急に魔力が膨れ上がったと思ったら、とんでもなく固い結界を作り上げて……」


 オーティスの言葉を聞きながら、俺はテーブルに目を向けていた。

 そこに残る魔力の残滓。オーティスが辿れないのも当然だ、こんなにも薄い気配なのだから。そして俺はこの魔力を知っている。

 俺の感情に呼応して、凍てつく風が吹き上がり髪を乱していった。黒に染まった空で、雷が轟音を響かせる。


「ジギワルド、本国に連絡を。全能者(アルマハト)だ」

「はぁ!?」


 ジギワルドとオーティスの声が揃う。

 そう、これは紛れもなくあの男の気配だ。俺が必ず殺そうと思っている、この世界で最も憎み、忌み嫌う男。

 エルザを嬲り、傷つけ、恐怖を与え続けたあの男だ。


「おいおい、嘘だろ。あいつにはあんた等が掛けた魔封輪がはまっているはずだろ」

「そうよ、牢に異変があるならすぐに連絡が……」

「本国に連絡をしろ。何度も言わせるな」

「……了解」


 未だ納得していない様子のジギワルドだが、渋々と言った様子でその場を離れる。

 あの男が脱獄したなど聞いてはいないが、この魔力を俺が間違えるわけもない。しかしあの男がなぜラテイロスに協力する? まさかとは思うが、あの王妃は王妃ではなかったのだろうか。では一体誰だったのか。

 姿を見せないグローマンの、特徴のない顔が思い浮かんでは王妃に重なる。変装などというものではなかったが、背後にアルマハトがいるのなら姿形を変えるのも出来ない事ではないだろう。目の前にも女に変装しているオーティスがいるくらいだ。


 思考を遮ったのは、怒号だった。

 漏れた舌打ちもそのままに、そちらに目を向ける。リーヴェスの王太子達が、ラテイロスの従官に食って掛かっているところだった。


「あの従官の身元は、はっきりしているんだったな?」

「ええ、でも今となってはそれも怪しいけど。王妃をエスコートしていた国務長官も押さえた方が良さそうね。……あの王妃、本物だと思う?」

「恐らくグローマンだろう」

「……なんてこと。こんなに近くにいて、正体に気付けなかったなんて」

「それを悔やむのは俺の方だ」


 自嘲の溜息など何度ついたか分からない。

 俺はエルザが座っていた椅子に目を向ける。ここにはエルザの魔力が強く残っている。それを辿ろうと意識を集中させても、ぶつりと故意に途切れさせられて追いかける事が出来ない。エルザを守るべくひっそりと掛けていた防御魔法も発動していないという事は、転移と同時に魔封の術式も展開していたのだろう。


「お前は国務長官とあの従者をあたれ。王妃の正体がグローマンなら、あいつらも革命軍の一員だろう。身分を詐称しているのか、あの身分のまま革命軍に従事しているのかは分からんがな」

「分かったわ。あいつらが革命軍なら、この計画もエルザちゃん達の行き先も知っているかもしれないものね」

「ああ、そう願う。アルマハトが関わっている以上、奴の狙いはエルザ以外には無いだろうからな。どんな手を使っても構わん。責任は俺が取る」

「了解」


 その場を離れようとしたオーティスが、足を止めた。

 オーティスの結い上げられた髪の周りをふわりと光が飛んでいるからだ。何かを確認するようなその光は、今度は俺に向かって飛んできた。

 敵意はないようだが、今の俺は気が立っている。精霊の悪戯なら叩き落としてやるところだが。


『見つけたの!』


 光が落ち着き、六枚羽の精霊が俺の前で宙に浮いている。見つけたとは、一体何なのか。その思いが顔に出ていたのか、精霊が怯えた様子で眉を下げた。


「……ヴィル、威嚇するのはよしなさいよ」

「威嚇をしたわけではないが。すまない、見つけたとは何の事だ?」

『女の人! 綺麗な金の髪で、瑠璃の瞳の女の人が言っていた人なの!』


 金髪に瑠璃色の瞳。間違いない、エルザだ。


「エルザだ。どこで会った?」

ラテイロス(南の国)の端っこなの。山の麓なの。ヴィルヘルムが助けてくれるって、女の子が言っていたの』

「ヴィルヘルムとは俺の事だ。知らせてくれてありがとう。案内を頼めるか?」

『もちろんなの!』


 にっこりと笑った精霊はぱたぱたと俺の周りを飛び回った後、俺の頭で羽を休める事にしたようだ。温もりを感じるが、重さはない。


「エルザは無事だったか?」

『なにか怖がっていたの。あの子が力を貸してってお祈りしたから、それがとっても優しいから私は応える事にしたの』


 怖がっていたということは、恐らくアルマハトと対峙したのだろう。絶対に殺すと決意を新たにした。


『あの子の側は気持ちがいいの。笑ってくれると暖かいの』

「知っている。俺もそう思うよ」


 俺は改めてオーティスに向き直った。その顔は副官としてのものになっている。


「オーティス、俺はこの精霊の案内でエルザの救出に向かう。お前は国務長官と従者を押さえておけ」

「了解」


 敬礼して立ち去るオーティスを見送って、俺も艦に向かおうと一歩を踏み出した時だった。ひどく顔色の悪いジギワルドが走ってこちらに向かってくる。


「ヴィル、あんたの言う通りだった」

「なぜ騒ぎにならなかった?」

「中に代わりがいたからだ。……見張りをしていた魔導師がおかしくなった状態で、アルマハトの姿をして牢の中にいた」

「代わりを中に置いて、自分はその魔導師の姿で外に出たか」

「ああ、その魔導師は体調を崩したとかで長期休暇を申請していた。気付く奴はいなかった」

「どうやって外に出たのか、魔封をどう外したのか……本人に聞くのが早そうだな」

「連れ去られた場所の特定だが……」

「問題ない、案内人がいる」


 怪訝そうに俺を見たジギワルドの視線が、俺の頭の上に移る。


「……精霊?」

「エルザがこの精霊を寄越してくれた。案内をしてくれるそうだ」

『任せるの!』

「……ったく、ほんととんでもない奥様だぜ」

「当然だろう、俺の妻だぞ」

「はいはい」

「行くぞ、ジギワルド。俺の魔力を直接使って、全速前進で飛ぶ」

「了解」


 エルザは無事でいるのだろうか。

 もし傷のひとつでも負っているなら、革命軍もろともラテイロスも滅ぼしても構わないだろう。アルマハトは――今回で決着をつけなければならない。あの男を滅する為に、俺が何もしていなかったわけではないのだと、思い知らせてやる時がきたようだ。

 吹き抜ける凍風が俺のうなじを撫でていった。空は相変わらずの雷雲に覆われている。


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