2-13.不穏なお茶会①
よく晴れた、美しい青空が広がっている。きっとこんな日に艦で飛ぶのは気持ちいいのだろうな。
日傘を差してくれるユマと共に、わたしは指定された中庭に向かった。植えられている春の花が柔らかな風に揺れて可愛らしい。
「奥様、そろそろです」
「ええ」
向こうには大きなガーデンパラソルが見える。
その下のテーブルセットには、既に妃殿下が座っているのが見えた。艶めく黒髪に飾られたティアラが陽光を受けて輝いている。桃色の瞳がわたしに向けられ、明るく煌めいた。
妃殿下は薄緑のドレスを着ている。可愛らしい妃殿下によく似合う、ふんわりとスカートが膨らんだデザインだった。
「本日はお招き下さいまして、ありがとうございます」
妃殿下の側に近付きカーテシーで挨拶をする。立ち上がった妃殿下は嬉しそうに笑うと、わたしの手を両手で握りしめた。
「来てくれてありがとう、ミロレオナード夫人。あの、あなたが嫌じゃなかったら、ルクレツィアさんと呼んでも構わないかしら」
「光栄です、妃殿下。近しい方々にはエルザと呼ばれているのです。宜しければそちらを」
「ありがとう。ではわたくしのこともカタリナと」
「ありがとうございます、カタリナ様」
「ふふ、どうぞ座って。アイシャ王女もそろそろ来ると思うのだけど」
妃殿下が席に着くのを待って、ユマが椅子を引いてくれた。それに腰をかけると、綺麗に両手を揃えたユマが一礼した。相変わらず美しい所作だった。
「では奥様、わたくしはあちらに控えさせて頂きます」
「ええ、ありがとう」
背筋をぴんと伸ばしたユマは、侍女達が控えるパラソルの下に向かっていった。
「綺麗な侍女ね。背も高くて素敵だわ」
「ありがとうございます」
まさか本当は男性だなんて、カタリナ様も思ってはいないようだ。女性にしては背が高い方だけれど、表情も所作も女性にしか見えないもの。わたしはそんな事を思いながら、ただにっこり笑うばかり。
「あら、カタリナ様。お茶会ですか?」
聞こえた声に、そちらを見る。そこには従者を連れた、南の国のラウラ王妃が居た。気品のある紺色のドレスに、白のレース手袋が印象的。身を飾る金の装飾品は質が良く、深い輝きを放っている。
ちらりとカタリナ様を伺うと、驚いたように目を瞬いているから、招いたわけではないようだ。
「ごきげんよう、ラウラ様。宜しければご一緒にいかがですか?」
「あら、宜しいの?」
ふわりとした羽扇を口元で揺らしていたラウラ王妃が近付いてくる。カタリナ様の侍女がさりげなく席を増やしている。
わたしは立ち上がり、膝を折って礼をした。
「ごきげんよう、ミロレオナード夫人」
「お会いできて光栄です、ラウラ王妃殿下」
カタリナ様が席につくと、わたし達もそれに倣って椅子に腰を下ろした。後ろに控える従者に羽扇を渡したラウラ王妃が目配せをすると、従者もパラソルの下に控える事にしたようだ。
「遅れてしまったのかしら。ごきげんよう、皆様」
「ごきげんよう、アイシャ王女。いま皆様集まったところだから大丈夫よ。どうぞお掛けになって」
膝上まで入った深いスリットが、褐色の美しい肌を露にしている。白を基調に、赤糸で不思議な紋様が刺繍されている、特徴的なドレスを纏ったアイシャ王女だ。ぴたりと体に張り付くドレスは、スタイルの良さを際立たせていた。結わずに背に流した銀髪が光を受ける。
アイシャ王女はラウラ王妃を見て、一瞬目を瞠るもそれを表情には出さずに、わたしとラウラ王妃の間に腰を下ろした。
「皆様、本日はわたくしのお茶会に集まって下さってありがとう。折角お知り合いになれたのだから、親交を深めたいと思いましたの。どうぞ仲良くしてくださいね」
カタリナ様が挨拶をしている間に、侍女がお茶の準備をしてくれる。わたしはカタリナ様に笑みを返した。ラウラ王妃も、アイシャ王女もにこやかな表情だ。
用意されたガラスポットの中には、キンセンカとジャスミンの花が開いている。ふわりと漂うのは、やっぱりジャスミンの香り。
「これはガイノルドの工芸茶なんです。どうぞ召し上がって」
繊細なガラスのティーカップを掲げたカタリナ様が、まず一口を飲む。それからわたし達もカップに口をつけた。ふんわりとしたジャスミンの香りが抜けていく。強すぎず、心地良いその甘い香りに吐息が漏れた。滑らかな舌触りのお茶は、とても美味しい。
「美味しいです」
「お口にあったなら良かったわ。お土産に用意してあるから、皆さんもどうぞお国で召し上がってね」
ラウラ王妃もアイシャ王女も、工芸茶を気に入ったようで笑みを深めている。
お茶菓子にイチゴをふんだんに使われたケーキが取り分けられた。花形の砂糖細工が飾られていてとっても可愛い。
「昨夜の夜会はとっても素敵でしたわ。仲睦まじくいらっしゃるのね」
ガラスのカップをソーサーに戻したアイシャ王女が口を開いた。
夜会と聞いて、わたしの胸に棘が刺さる。昨晩、アイシャ王女に絡まれた事を思い出してしまうからだ。
「ありがとう。アルノルト様が良くしてくださるから」
王太子殿下の事を口にするカタリナ様の頬が、一気に朱に染まる。可愛らしいその様子にわたしの表情も緩んでしまう。
「エルザさんも、ミロレオナード元帥ととっても仲が宜しいのね」
カタリナ様の言葉に、隣に座るアイシャ王女から鋭い視線が飛んできたのが分かった。わたしはただ笑んだまま、カップを口元に寄せる。折角のお茶会を壊すわけにはいかないもの。
「ありがとうございます」
「そうね、大事に守っているのが伝わってきたわ」
ラウラ王妃までその話に加わるものだから、なんだか居たたまれなくなってくる。
「そうねぇ……でもミロレオナード様は、もっと高みを目指すべきお方じゃないかしら?」
アイシャ王女の声は相変わらず棘を含んでいる。
わたしは苦笑いをするしかなく、ちらりとカタリナ様を窺うと困ったように眉を下げていた。
お呼ばれしたこの場所で牽制しあうのも避けたかったけれど、向こうがその気ならわたしだって受けないわけにはいかないもの。カタリナ様には後でちゃんと謝ろうと、そう思った。




