2-2.元帥への依頼
第二部開始早々、誤字報告を頂きました。
本当にいつもいつもすみません、助かっております……!
皇帝陛下に呼ばれた俺は、陛下の執務室で豪奢なソファーに腰を落ち着けていた。来賓と謁見中である陛下の姿は未だ無く、俺は従官の淹れた紅茶を飲む事で時間を潰していた。
窓枠に四角く切り取られた空は、今日も深くどこまでも青い。穏やかなその空に薄い雲がたなびく様をぼんやりと見つめていた時だった。
ガチャリと金属音がして、重厚な扉が大きく開かれる。従官を引き連れた皇帝陛下だ。胸元で切り揃えられた水色の髪に、額飾りの紅玉が映えている。
足音も気配も殺して入室した陛下は、皇家の血統である空色の瞳を悪戯に輝かせた。
「驚いたか?」
「それなりに。それで、今日はどういったご用件でしょうか」
「なんだ、つまらん」
陛下は盛大に肩を竦めて見せると、ソファーに勢い良く腰を下ろす。テーブルを挟んで向かい合う俺を見ては、何か言いたげににやにやとその口端を吊り上げた。
「……なんですか」
「いや、幸せそうだと思ってな」
「幸せですよ、新婚ですから。ああ、エルザに会いたい」
「皇帝陛下の御前だと言うことを自覚しろ」
従官が淹れた紅茶に砂糖をひとつ落とした陛下は、気を悪くした様子もなく肩を揺らす。これは俺と陛下のやり取りでは、最近のお約束のようなものになっている。
「それで、そんな事をおっしゃる為に呼んだのではないでしょう?」
「うむ、頼みたい事があるのだ。ミロレオナード空軍元帥」
陛下の声を聞いて、俺は背筋を正した。両膝に手をつき、陛下の次の言葉を待つ。
「リーヴェス王太子の婚姻が整った」
「国内でめぼしい相手が見つかったのですか」
今のリーヴェス王家は魔力が弱まっている。それを補うために国内でも魔力の高い娘を妃に迎えようとしていたのだが、それに焦った義母にエルザは国外に出されてしまった。いまとなってはそれも僥倖だったのだが。
「いや、国内からは結局魔力に秀でた娘は見つからなかった。それで魔法国家ガイノルドの第一王女を迎える事になったようだ」
魔法国家ガイノルド。魔法国家と名乗るだけあってその水準は高い。その第一王女ともなれば魔力量も高いのだろう。
ガイノルドはリーヴェスやヒルトブランドよりも東にある国だ。険しい山脈に阻まれて深い国交は築けていないが、これからはそれも変わるかもしれない。
「婚姻の儀に招待されてはいるのだが、生憎と日程的に私が出向くのも難しくてな。祝いの品は用意してあるのだがな……」
「それを届けてくる任務ですね。承知しました」
「いや、違う」
空色の瞳が悪戯に眇められる。こういう時の彼には昔から手を焼いたものだが……今回も厄介なことになりそうだ。
「奥方と共に行ってくれ。王太子妃を披露する夜会に参加してきて欲しいのだ」
「……エルザを外に出したくはないのですが」
「知っている。だが、どうしても出て貰わなければならない事情もあってな」
陛下の言葉を合図としたように、従者が一枚の写画をテーブルの上に置いた。
写っているのは一人の優男。どこにでもいそうな風貌で、はっきりとした特徴は見てとれない穏和な表情をしている。
「これは?」
「ウルバノ・グローマン。南の国が何やらキナ臭いのは知っているな?」
「革命の火種が撒かれているとか。王家打倒の革命軍が結成されたそうですね」
「そうだ。この男はその革命軍のリーダーだな」
リーヴェス王国よりも更に南にある小国――ラテイロス王国。その小国が最近騒がしいというのは俺の耳にも入っていた。贅に溺れる愚王に愛想を尽かした国民の中で、革命を狙う一団が結成されたと。既に貴族達さえ愚王を見限り、国外脱出の伝手をあたる者もいるとか……真偽のほどは定かではないが。
「このグローマンが革命軍を強化させる為に諸国へ協力を願い出ているそうだ。もちろん、隠密にだがな」
「我が国にも?」
「ああ。グローマンの真意が見えぬ中で安易に協力もできぬ故、軽く流してはいるが。うちが協力するなどいったら、諸国もそれに追随する他無いであろうしな」
「でしょうね」
協力して属国とするか、革命軍を討って王家に恩を売るか。どちらにせよ、最初に動くのは恐らく隣接しているリーヴェスだろう。
陛下はソファーに深く凭れかかると、長い足を優雅に組み替えた。
「あんな痩せ細った国に興味もないが」
「それでそのグローマンと、王太子妃の披露夜会と何の関係が?」
「グローマンがその夜会に現れる……いや、紛れ込むと言った方がいいかな。そんな情報を耳にしたのだが、革命軍のリーダーがこの時期に夜会に紛れ込んで、する事などひとつであろう?」
「革命への助力を、直接請うつもりですか」
「そんな優しいものであればいいが。この男の動向次第では革命に乗り出す国もあるやもしれん。あの貧しい国にも魅力がないわけでもない」
「昔は金の輸出で栄えた国でしたね」
「その栄華も儚いものよ。いまは愚王が全て自分を飾り立てる為に使っておるそうだ」
金。
南のラテイロス王国には金脈がある。革命に助力してその金の恩恵を受けようとする国があったとしたら……その金を何に使うか。それを元手に軍事力を底上げする国がないとも限らない。
「グローマンと、諸国の動向を探ってきますか」
「帰りは警戒飛行でのんびり帰ってくればよい」
「ありがたく」
「それから奥方の衣装代は全て私が持とう。遠慮無く着飾らせるといい」
「お言葉ですが、エルザへの衣装は全て私が贈ると決めていましてね。お気持ちだけありがたく頂きましょう」
「くく、本当に飽きない男よ」
俺はグローマンの写画を手に立ち上がった。従官が他にも羊皮紙を渡してくるのでそれに目を落とすと、グローマンの詳しい情報が記載されていた。
「出席者リストなどは?」
「用意してある。それから、会場に私の嫁候補でもいたら教えてくれ」
「嫁は自分で探してください」
低く笑った陛下は軽く手を振って見送ってくれる。
一礼してから執務室を後にした俺は、グローマンの写画に目を凝らした。本当にどこにでもいそうな風貌なのだ。よくも悪くも特徴がない。これは……作られているな。敢えてこの風貌を作っているのだとしたら、グローマンはただの革命家ではないのかもしれない。
溜息が漏れた。
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