幕間.初デート⑤
「死ね」
ヴィルヘルム様は短く告げると、その手に雷を呼び寄せる。怒りを映した黒雷がバチバチと跳ね、恐ろしいのにひどく美しい。
告げた言葉が脅しではないと、わたしはよく分かっている。この人は、本当に男の人を殺してしまう。
「駄目です、ヴィルヘルム様!」
「問題ない。俺には生殺与奪の権利が与えられている」
「それは戦場でのお話でしょう! こんなところで使っちゃ駄目ですよ!」
雷を纏うのとは逆の腕に抱きつきながら、ヴィルヘルム様の意識をこちらに向けようと声を張る。倒れた男の人も、その周囲にいる仲間と思われる人達も、顔を真っ青にして震えている。
賑やかだった筈の通りが、静まり返っている。遠巻きにわたし達の様子を伺うばかりで、何ともいえない異様な雰囲気に包まれていた。
「しかし罰は必要だ。俺の妻に触れるなど、許せる筈もないだろう」
ヴィルヘルム様の言葉に呼応するように、雷鳴が響く。いまにも空が罅割れて、落ちてしまいそうな程。
「わたしなら大丈夫ですから。どうかそれを鎮めて下さい」
わたしの言葉は懇願にも近い。
そんな様子を見て溜息をついたヴィルヘルム様は、手に纏う黒雷を霧散させた。
良かった。
なんて、ほっとしたのも束の間だった。未だ天を覆う雷雲から、雷が太い槍となって広場に突き刺さったのだ。
「きゃあ!」
轟音に、思わず目を閉じる。
焦げた臭いが鼻を突く。
まさか、と思って恐る恐る目を開けた先には、恐怖で気を失った男の人達が倒れていた。その周りの石畳には焦げついた黒い跡が刻まれている。
「これくらいの罰ならいいだろう」
「……やりすぎです」
そう言いながらも、わたしは安堵に深く息をついた。
ヴィルヘルム様は満足したようで、その表情は穏やかなものに戻っている。雷雲が音も無く去っていった。
「何の騒ぎだ!」
困惑と恐怖の入り混じる広場に、怒声が響く。
向こうの通りから、警備隊の人達が駆けつけてきたようだった。警備隊の人達は倒れこむ男の人達とヴィルヘルム様に怪訝そうな視線を向ける。しかしそれが空軍元帥だと気付いたようで、ビッと音がしそうな程に姿勢を正すと綺麗な敬礼姿になった。
「ミロレオナード元帥閣下でありましたか!」
「捕らえろ」
「はっ!」
短い指示にも姿勢よく応えた警備隊は、未だ気を失っている男の人達を縛り上げていく。
「閣下、お怪我はありませんか」
「無い。昼間から酔っ払っては、迷惑をかける奴らだ。暫く牢に入れておけ。余罪もあるかもしれん」
「はっ!」
しれっと尤もそうな理由を口にしているけれど、わたしや周囲で見ていた人達はそれが理由じゃない事を知っている。だけどそれを口に出来るわけも無く。
「行こうか、エルザ」
「え、あ……はい」
先程の怒りはどこへやら。
にっこりと機嫌良く笑う旦那様に、わたしは大人しく頷く事しか出来なかったのである。
夕日隠の頃、わたしとヴィルヘルム様は並んで歩いていた。
行く時は馬車で通った、お屋敷までの道を、二人で寄り添って。
わたしの左手には小ぶりのブーケ。橙色のダリアを中心に、淡い花々で綺麗に作って貰ったブーケは、このデートの記念にとヴィルヘルム様が買ってくれたもの。
右手は勿論、旦那様と指を絡めて繋いでいる。ヴィルヘルム様の高い体温が、わたしの指先まで馴染んで心地よかった。
「今日はとっても楽しかったです」
「お前が楽しいと俺も楽しい」
「ふふ、ありがとうございます」
色々あったけれど、本当に楽しかったのだ。
こんな風に街歩きをするのも初めてで、それが愛しい人と一緒なのだから、楽しい時間にならないわけもない。
影が長く伸びていく。街路樹の葉が風にそよぐ。何だか秋の香りがした。
ふと隣を歩くヴィルヘルム様を見上げると、夕日に照らされた髪が黄昏色に染まっている。
「どうした?」
わたしの視線に気付いたヴィルヘルム様が、微笑みながら問うてくる。その声色も柔らかい。
「大好きですよ、ヴィルヘルム様」
「煽ったな? 覚悟していると取って構わないな」
「ち、違いますっ!」
慌てるわたしを見て、ヴィルヘルム様は機嫌よさげに笑うばかり。
困ってしまって視線を空に逃がすと、明星がひとつ煌いていた。




