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幕間.初デート②

 馬車から降り立ったわたし達は、沢山のお店が立ち並ぶ通りに来ていた。ヴィルヘルム様に聞けば、ここは比較的庶民向けのお店が並んでいるという。

 貴族御用達のような高級店は、もう一本向こうの通り。確かに結婚式の準備で訪れたお店は、向こうの通りにあったと思う。


「あまり堅苦しい店も好まないだろう。今日はこの通りを散策しないか」

「ありがとうございます。ヴィルヘルム様は、よく街に来られるのですか?」

「いや、あまり来ないな。家の者に頼めば必要な物は揃う」

「そうなんですね。ふふ、じゃあ今日は一緒に、色んなお店を楽しみましょうね」


 確かに街を散策するヴィルヘルム様を想像するのは難しい。

 しかもこれだけ美人なのだから、街に出たらきっと声を掛けられたりして忙しいんじゃないかな。

 そんな事を考えていたら、ヴィルヘルム様にぎゅっと手を握られた。指を絡めるようにしっかりと。


「人が多いからな、はぐれるといけない」

「はい。しっかりついていきます」


 触れる温もりが心地いい。

 穏やかな秋空は、高く澄み渡っている。時折冷たい風が吹くけれど、寒さに震えるほどではない。それに、こうしてヴィルヘルム様にくっついていたら、温かい。

 わたしは機嫌よく、繋ぐ手を揺らした。それを見たヴィルヘルム様の表情が、余りにも優しくて胸の奥が締め付けられるようだった。



 わたし達は手始めに、一番近くにあった本屋に入った。

 ジギワルドさんがこまめに本を差し入れてくれるおかげで、わたしの部屋の本棚はいっぱいになってきている。

 お屋敷の図書室に移動させていいと言われて、わたしの場所も作って貰ったから少しずつそちらに移していく予定だ。だから今日は欲しい本を何でも買っていいと、ヴィルヘルム様は言ってくれたのだけど……わたしは目の前に広がる綺麗に並んだ棚と、溢れんばかりに積み上げられた本の山に圧倒されていた。


「どうした?」

「……本がいっぱいで……」

「好きなものを選ぶがいい。お前は本が好きだからな」

「ありがとうございます。でもどうしよう、何を読もう……」

「流行の本から見ていくか」


 わたしの様子にくつくつと低く笑い、ヴィルヘルム様はわたしの手を引いてある一角に導いていく。

 そこには様々なジャンルの新刊が並んでいた。

 本屋さんに、本はこうやって並ぶのか。初めて見る光景に、胸が躍る。


「ううん……どれにしましょう」

「気になっているものはあるのか?」

「これも面白そうだし、これは部屋にある本の続刊ですし……」

「それなら全て買えばいい」

「はい?」


 この人は何を言っているのかと、目を瞬く。

 そんなわたしが可笑しかったのか、ヴィルヘルム様は肩を揺らすと繋いでいた手を離し、積まれていた本を一冊ずつすべて腕に抱えてしまった。


「そんな、贅沢すぎます」

「これくらい贅沢の内に入らん。お前は俺が元帥だと忘れてはいないか」

「忘れてなんてないですが、でも……」

「この程度買ってやれないような、甲斐性無しではないつもりだぞ」


 ヴィルヘルム様が悪戯に片目を閉じて見せる。その格好良さに、顔に熱が集うことを自覚する。


「……ありがとうございます」

「どういたしまして。他に気になる本はないのか?」


 ある、だなんて言ったら、また沢山買わせてしまいそうだ。

 しかしわたしの心を読むのが上手な旦那様は、わたしの手を引いてまた別の一角へと進んでしまう。

 結局わたしは空の画集、ある作家さんの恋愛小説を既刊している全て、お伽噺の絵本を数冊買って貰ってしまったのである……。



 ヴィルヘルム様はというと、わたしには難しすぎて分からない何かの専門書だとか、異国の言語で綴られた本を購入していた。

 本を選んでいる時のヴィルヘルム様の横顔はとても綺麗で、思わず見蕩れてしまうほど。視線を感じて周囲に目を遣ると、お店にいた女性陣の視線がヴィルヘルム様に釘付けになっている。

 ……それは分かる。わたしの旦那様はとても素敵な人だもの。分かるけれど、面白くないのは……わたしが嫉妬をしているからかもしれない。


「お前以外はどうでもいい。分かっているな?」

「……まだ何も言っていませんが」

「お前の事なら何でも分かるんだ、エルザ」


 わたしの嫉妬なんてちっぽけだったかもしれない。

 身を屈めて唇を寄せられた頬は、途端に熱を帯びる。きっと赤くなっているのだろう。そんなわたしを見るヴィルヘルム様の瞳はとても美しくて、わたしだけが映っていた。


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