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4.温かなお風呂

 美人さん達に連れられて、わたしは丘の上のお城に来ていた。

 ここは本来は領主の城。領主は王都でお仕事をしていて、今はこの城から離れているそうな。そこを戦争の拠点として借り受けていて、町から避難した人達もここで受け入れているのだと美人さんが教えてくれた。


 城に着くと、美人さんと小柄な人は立ち去ってしまって、わたしは金髪美人さんと残される。彼は気さくに笑いかけてくれて、わたしを城の一室に案内してくれた。


「ねぇ、あなたの事をなんて呼んだらいいかしら」

「わたしはヘスリヒと呼ばれていました」

ヘスリヒ(醜い者)!? 女の子に酷い呼び名を与えるのね。それに関してはあの人が考えているでしょうけれど……いま、あなたを呼ぶのに困ったわねぇ」

「わたしはヘスリヒでも構いませんが」

「あのねぇ! ヘスリヒだなんて酷い名前、受け入れちゃダメよ!」


 わたしの事なのに、怒ってくれる金髪美人さんはとても優しい人だと思う。受け入れるも何もわたしにはそれしか無かったのだけど、それがきっと受け入れたということなんだろう。


「あたしはオーティス・ラヨス。オーティスでいいわ」

「オーティス様ですね」

「様なんていらないわよ」


 そう言われると困ってしまう。全ての人に、様を付けるように躾けられてきたのだから。

 オーティス様は部屋の中にある、浴室で何か作業をしている。お風呂の支度ならわたしがやるべきだ。ああ、だからわたしは気が利かないと言われるのだ。


「オーティス様、湯浴みのお支度ならわたしがします」

「だから、様なんていらないって言ってるでしょ。ほらほら、お風呂の準備が出来たから入ってらっしゃい」


 ……わたしが?


 顔の前に疑問符を沢山並べているのが、分かったのだろう。オーティス様は可笑しそうに笑うと、その長い指先でわたしの額を軽く小突いた。


「あんたはあの人に保護されてるの。何もしなくていいんだから」

「そういうわけにはいきません。わたしは不法入国者であって……」

「だからその事情を聞くって言ってんでしょ。つべこべ言わないで入ってきなさいよ。じゃないとあたしが頭のてっぺんから爪先まで洗ってやるわよ!」

「……お心遣いに感謝します……」


 肌を見せるわけにはいかない。

 慌てて浴室に入ると、笑いながらその扉を閉められてしまった。



 衝立の向こう、ちらりと覗いた浴槽には乳白色のお湯が満たされていて、薔薇の香りがふわりと漂ってくる。

 湯船につかるだなんていつぶりだろう。いつもは水で体を流したり、それが叶わないときは濡らした布で体を拭くだけだった。



 似合わないドレスと下着を脱ぐと、桶にお湯を掬って頭から被った。温かなお湯が震えるくらいに気持ちいい。泣きたくなるくらいに胸が苦しくなるけれど涙は零れてくれない。

 用意されている石鹸で髪を洗う。真新しいそれは、きっと開けたばかりなのだろう。気遣いに胸が震える。

 汚れた髪は三度程洗って、やっと指が通るようになった。柔らかくて癖のある髪は絡まりやすい。

 体もしっかり洗うけれど、肉の落ちて傷だらけの体は非常に醜かった。それを眺めていられるだけの強さもなく、そっと浴槽に爪先から浸かっていく。

 体中にある傷に沁みて痛むけれど、それよりも嬉しかった。温かなお風呂。

  こんな贅沢をしていいのだろうか。



 ずっと浸かっていたかったけれど、オーティス様を待たせるわけにもいかない。名残惜しむよう肩までしっかり浸かってから、浴槽を出た。


 衝立の向こう、わたしがドレスを脱いだ場所に、良く見るとワンピースが掛けられている。新しい下着とタオルも一緒だ。

 気配に気付いたのか、扉向こうでオーティス様の声がした。


「あら、もう上がったの? 明日はもっとゆっくり入ってらっしゃいな。そこに着替えがあるから使って」

「すみません、ありがとうございます」


 タオルで髪と体を拭う。

 ずっと自分で使うことなんて出来なかった、触り心地のいいふかふかとしたタオル。お日様の匂いがするそれに、なんだか母を思い出してしまって、胸の奥が苦しくなる。


 触り心地の良い新しい下着を身につけ、ワンピースを着る。薄紫の可愛らしいワンピース。長袖で、ふわりと膨らんだスカートは足首近くまである。

 これはきっと、さっきわたしの足を見たオーティス様の気遣いだろう。足枷だけではなくて、治りかけのものもそうでないものも、傷が沢山見えてしまっただろうから。



 髪を手櫛で整えてから浴室を出ると、オーティス様が鏡台の前で手招きしていた。


「似合うわ。あんなごてごてしたドレス、誰の趣味? 酷いもの着せられちゃったわねぇ」


 促されるまま鏡台の前に座る。鏡なんて磨く以外に久しぶりに見た気がする。

 オーティス様はわたしの髪にブラシを入れながら、ブラシを持つのとは逆の手で髪を撫でている。ほんのり温かく風が出ている。……魔法?


「……魔法、ですか?」

「ええ、そうよ。あなたの髪、あたしとおんなじ金色ねぇ。毎日ちゃぁんとお手入れしたら艶々に光るわよ」


 オーティス様のお世辞が嬉しい半面、義母と義妹の声が耳に反芻する。


『醜いったらありゃしないわ。そのくすんだ髪も生気のない目も、全部気持ち悪いのよ』


「……大丈夫?」

「っ、はい。すみません……」


 記憶の中に意識が落ちていたようで、掛けられた声に慌ててしまう。鏡越しにオーティス様を見ると、心配そうに眉を下げていた。

 わたしには心配して貰うだけの価値は無いのに。


 オーティス様はブラシや櫛を使い分けてわたしの髪を梳き解すと、髪に香油を馴染ませてくれる。ふわりと漂うのは薔薇の香り。


「お風呂も薔薇の香りがしました。石鹸も。オーティス様が用意してくれたんですよね? ありがとうございます」

「様はいらないってば。あんたも強情な子ねぇ。ほら、オーティスって呼んでごらんなさい」

「……オーティス、さん……」

「ま、いまはそれでいいわ」


 様を付けないで名前をお呼びするなんて。いまにも鞭が降って来そうで、小さな声で名前を口にする。さん付けするだけで精一杯だけど、勿論鞭が降ってくるなんてことはなかった。それに小さく安堵の息を吐く。


 そうしている間にも、オーティスさんはわたしの髪を編み込んだりして、複雑な形に結い上げていく。顔周りの髪は残して、両サイドから編みこみをつくり、綺麗な形のお団子を作った。残りの髪は背中に流している。

 義母と義妹のメイド達より上手だ。あの二人はちょっとでも気に入らないならすぐに癇癪を起こして、メイドを叩いたりしていたけれど。


「さて、次はお手入れだけしましょうか。お化粧はまた明日からね」


 そう言うと優しい手つきで、わたしの顔に色々塗っていく。オーティスさんはわたしの顔にもある傷を見つけては、その度に眉を下げてくれる。気遣いに胸が苦しくなる。こんなのはいつ以来だろう。気遣われるのも、大事に扱われるのも。

  義母もそういえば、綺麗な瓶に入った色々なお化粧品を朝晩と顔に塗りこんでいたっけ。

 思い出すことがあの屋敷のことばかりで、わたしは内心で溜息をついた。


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