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幕間.初デート①

 結婚式から数日後。

 毎朝、仕事に行きたくないと愚図るヴィルヘルム様を宥めるのが、朝一番のお仕事になってしまっていたのだけれど、漸くお休みを取れた旦那様はとても満足そうだった。


「エルザ、明日は街に出ないか」

「連れて行って下さるのですか?」

「ああ。式の準備はオーティスが主導していただろう。俺もお前と、ゆっくり街を楽しみたいんだ」

「ご一緒できるなら嬉しいです」


 予想外のお誘いが嬉しくて、顔がにやけてしまう程だ。

 正直、お休みが取れたと聞いた時は、ベッドから出られない事も覚悟していた。いや、別にそれが嫌なわけではないし、それならそれでもいいんだけれど……。


「安心しろ、次の休みはベッドから出さない」

「心を読むのはやめて下さいってば」


 今のは恥ずかしい。抱かれたがっているのがバレているのも恥ずかしい。

 ソファーの上で、ヴィルヘルム様はわたしの肩をそっと抱く。自然とわたしの頭は旦那様の肩に寄せられて、触れ合う体温がひとつに馴染んでいく。


「お前が求めてくれるのは嬉しい」

「……わたしはいつだって、ヴィルヘルム様を求めていますよ」


 機嫌よさげな声につられて、思わず本音を零してしまう。

 まずいと思ったのも一瞬の事。わたしの体はソファーに押し倒され、灰色の髪の向こうでシャンデリアの明かりが消えた。


「……あまり煽るな。今日は無理をさせたくない」

「煽っているわけじゃ……んんっ……」


 ワンピースの裾がたくしあげられ、ヴィルヘルム様の手が素肌をなぞる。それだけでわたしの呼吸は乱れるのだから、もうすっかりと慣らされてしまった。


「煽っている。お前の声も、その瞳も、鼓動も、何もかも」

「そんな、こと……っ、は……っ」

「だがそんなお前が好きだ」


 孔雀緑の瞳が色濃く燃える。熱を孕んで掠れた声でそんな事を言われては、わたしはただ堕ちていくばかりだった。




 結局、わたしが解放されたのは空が暁に染まる頃。

 折角のお出掛けだったけれど、昼食をお屋敷で頂いてからの出発になってしまった。


「体は大丈夫か?」

「ええ、治して下さったおかげで」


 わたし達は市街地へ向かう馬車の中、隣り合って座っていた。馬車の振動で体が少し揺れる。

 隣で眉を下げている旦那様も、やりすぎたと反省をしているようで、ベッドから起き上がる事の出来なかったわたしを魔法で回復してくれたのだ。


「今日のお出掛け、楽しみにしていたんですからね」

「ああ、悪かった」

「いいんです、こうしてご一緒出来ているんですから」


 素直な気持ちを口にすれば、抱き締めてくれる。わたしはそれが嬉しくて、自分からも体を預けた。


「今日はどこに行くんですか?」

「特には決めていない。街歩きをして、気になる店があれば入ろうと思っている。それでも構わないか?」

「勿論です。楽しみですね」


 ヴィルヘルム様と一緒なら、どこでも楽しい。そんな事を本気で思っているわたしは、相当に溺れている。

 旦那様は優しく笑うと、わたしの頭を撫でてくれた。


 今日のヴィルヘルム様は、首元を寛げた白シャツに黒のスラックス、襟に刺繍が入った黒いジャケットとシンプルな装いだ。シンプルだからこそ、ヴィルヘルム様の美貌が際立っているようで、とても素敵だと思う。

 わたしは濃青のワンピース。首元は高いフリルで囲われているが、首を出せないのは旦那様の悪癖のせいでもある。結い上げた髪は複雑に作られていて、アリス(わたしの侍女)の力作だ。

 少し大人っぽく仕上げて貰ったのは、ヴィルヘルム様に見合うように在りたいから。


「……どうした?」


 少しぼんやりしていたわたしを、心配そうに窺ってくる。孔雀緑の瞳は今日も優しくて美しい。


「デートと思うと、何だか嬉しくて」

「デートか、いいな」


 その響きが気に入ったのか、ヴィルヘルム様は何度も繰り返している。その様子が常よりも幼く見えて、わたしの表情は綻ぶばかりだった。


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