幕間.元帥の溜息
本当はこのままふたりで過ごしていたい。
昼夜も分からなくなるほど、ふたりで寄り添って、お互いの瞳に熱を映して。
「ヴィルヘルム様、お仕事……こほっ、ですよ」
エルザはまだ掠れた声が気になるのか、何度か咳を繰り返している。抱き寄せようとしたのに、するりと腕から抜け出すと、俺の手をぺちんと叩く可愛らしさ。
「……休みたい」
「だめですよ、そろそろお支度をしないと間に合いません」
「結婚式の翌日だぞ、休んでもいいんじゃないか」
「お休みの申請はなさいました?」
「申請はしたが、取れなかった」
「それなら仕方ないではありませんか」
くすくすと肩を揺らすエルザの金糸が、朝の光を受けて煌く。いや、これは陽光だけではないようだ。
「……エルザ、今日は屋敷から出るなよ。屋敷の人間以外、誰にも会うな」
「はい?」
俺は溜息をひとつ零すと、渋々と寝台から立ち上がる。
上掛けを胸に引き寄せるエルザは不思議そうに首を傾げていた。そんな仕草さえ愛おしくて、俺はその髪に唇を寄せた。
「エルザが可愛すぎて辛い」
俺は執務室で、何度目かもわからない溜息をついた。それに被さるように、オーティスとジギワルドまでも溜息をつく。
「あんたねぇ、それ何度目よ」
「朝から鬱陶しい。結婚式の翌日だぞ、もっと浮かれて……浮かれてコレなんだな」
そういう二人の顔色は悪い。オーティスは氷嚢を額にあてながら書類に向き合っている。
どうやら二日酔いらしい。俺に飲ませたのだから、自分達も飲まされる覚悟はあっただろうに。
「今日、お屋敷に行ってもいい? 奥様のエルザちゃんに会いたいわ」
「昨日会っているだろうが」
「いいじゃない、ケチねぇ」
「今日は会わせられない。もしかしたら数日」
俺は書類にサインをして、次の書類の山を引き寄せる。陸軍への魔導検査……? これは魔導師団への書類じゃないのか。そうか、陸軍元帥もとうとう魔導検査を受けるつもりになったか。それも当然だろう。
「おいおい、もう抱き潰したのかよ」
「エルザちゃんに無理させたんじゃないでしょうねぇ」
呆れたような部下の言葉には、エルザへの思いやりが溢れている。
「違う。……輝いているんだ」
「はぁ?」
相変わらずこの二人は、揃った反応をする。
俺は執務椅子に背を預けると天を仰いだ。ああ、エルザに会いたい。
「俺の魔力を濃く受けたからか、それとも俺に抱かれたからか。色気が凄いんだ」
「何だ、結局惚気かよ」
「心配して損したわ。あーやだやだ」
「真面目に聞け。あんなエルザを他の男の前に出したら、間違いなく襲われる」
俺は真剣に話しているのに、部下二人はもう話を聞くつもりはないようだ。
「早く仕事終わらせて帰りなさいよ」
「土産の一つでも買っていった方がいいぜ? どうせ無理ばっかさせてんだろうからよ」
無理をさせているのは否定できない。しかしそれは、エルザが俺を煽るのが悪いのだが、それを口にしてもまた惚気と言われるのだろう。
しかし、土産か。確かにそれもいい案かもしれない。エルザには何を贈れば喜んでくれるだろうか。
育ってきた環境の所為か高いものは好まない。流行の菓子なども、うちの料理長はすぐに作っている。装飾品も充分に足りていると遠慮をするだろう。
これは一緒に出掛けて、街を見せてやるのが一番いいのかもしれない。しかしそれも、あのフェロモンが落ち着いてからになるだろうが。
ああ、まさかこんなにも溺れるなんて。
俺が溜息をつくと、副官二人はうんざりしたように溜息を漏らした。




