36.結婚式
澄んだ青空が高く広がる、美しい秋の日だった。
儀式の時に使われるという外に作られた祭壇は、何十段もの階段を登った先にある。その祭壇でわたし達に向かい合っているのは、なんと皇帝陛下だった。
司祭の資格も持つ皇帝陛下が、今日の婚姻式を執り行ってくれると聞いた時には、驚きで意識が遠ざかる所だった。
陛下と祭壇を挟んで向かい合うのは、わたしとヴィルヘルム様。
わたしは純白のウェディングドレス姿。プリンセスラインのドレスに、オーティスさん渾身のデザインである、フリルとレースがふんだんにあしらわれたロングトレーン。腰には大きなリボンが結ばれていてとても可愛い。手触りのいい布地に散りばめられたダイヤモンドが光を反射して煌いている。開いた胸元を飾るネックレス、揃いのイヤリングとティアラは母の形見のパリュールだ。ダイヤモンドで作られたそれは、ドレスに負けない華やかさを持っている。
ヴィルヘルム様は正装の軍服姿。レーバブリューム領に行った時と同じものだが、何度見ても格好いいと見惚れてしまう。いつもはかぶらない軍帽姿は新鮮で、わたしの鼓動は早鐘を打つばかり。この美貌に慣れる事なんてないだろうと思うけれど、それよりも破壊力が凄いのはわたしの前で見せる笑顔だったりする。
祭壇を見上げる形で設えられた長椅子には、オーティスさんとジギワルドさんを始めとする空軍の方々が参列している。
わたしの親族として参列する人はいない。家族と呼べる人はもういないからだ。昔に仕えていた使用人達には、この幸せを伝えたいとは思うから、ヴィルヘルム様に相談してみよう。
そんなわけで参列者は空軍の方々ばかりなのだが、リーヴェスから王太子殿下が参列したいと打診があったらしい。警備上の問題で……なんて断ったとヴィルヘルム様はおっしゃっていたけれど、オーティスさん達が苦笑いをしているところを見ると、きっと一悶着あったのだと思う。怖くて聞くことは出来ないけれど。
「ヴィルヘルム・ルドルフ・ミロレオナード。貴君はこの婚姻を永続のものとし、変わりない愛を誓うか」
「誓います」
「ルクレツィア・ヒパティカ・レーバブリューム。貴君はどうだ、誓えるか」
「はい、誓います」
司祭の衣装を身に纏った陛下が、その空色の瞳を細める。手にしていた司教杖を天に掲げると、その杖から金色の光が降り注いできた。
「貴君らの婚姻をここに認めよう。互いに慈しみ、死さえ二人を分かてないよう、その魂に愛を刻むように」
陛下がにっこり笑う。その美しい微笑みに、思わずわたしも微笑んでしまった。傍らのヴィルヘルム様を窺うと、穏やかな表情をしている。
『愛し子に祝福を』
不意に響いた声は、高くもあり低くもあるような不思議な響きを持っていた。わたしはこの声を知っている。
陛下の背後に虹色の光が収束していく。そこには虹色に輝く髪を波打たせた精霊王のお姿があった。
精霊王の出現にわたし達が目を瞠っているも、ヴィルヘルム様は応えるように片手を上げている。気を良くしたように笑う精霊王が両手を広げると、そこからは虹色の光が溢れた。溢れた光は様々な花に姿を変えてわたし達に降り注ぐ。
美しい光景にわたしが感嘆の吐息を漏らしていると、精霊王はどこか満足したように頷いてそのお姿を消してしまった。相変わらず余韻もない、突然の消失。しかし花々はそのままわたし達を彩っている。
「精霊王の祝福か。幸せにならないわけがないな」
「祝福ありきではないですからね。私がエルザを幸せにするのですから」
祭壇を挟んで交わされるやりとりは、旧知の仲を知らしめるような気安いものだった。友情がそこに見えるようで、わたしは何だか胸の奥に明かりが灯るような嬉しい気持ちでいっぱいになったのだ。
ドォン……!
響く轟音に空を見上げると、美しい晴空に軍艦が飛んでいるのが見える。また轟音が響く。撃っているのは何だろう。
「祝砲だ」
「祝砲ですか……」
「私達を祝っているようだな。……ジギワルド達の指示だろう」
「いい部下を持っているな、ヴィルヘルム」
「ええ、自慢ですよ」
雄大な艦が空を渡っていく。転移した先の戦場で見たような、美しい姿だった。
空を支配するその艦はどこまでも自由に見えた。




