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33.断罪

 屋敷に向かうまでの道中、領地はやはり寂れていた。

 この時期だとたわわに実っている筈の作物も、明らかに実りが少ない。父が亡くなってからお屋敷の外に出る事はなくなって、その間の事は分からないけれど、両親が生きていた頃はこんな寂れた風景じゃなかった。

 騎馬隊を見る領民の顔も暗い。ちゃんと食事を取れているのか、休めているのかも心配になる程に。義母達はここまで領民を苦しめていたのか。

 自分の不甲斐なさに、吐き気がした。



 辿り着いた屋敷は荒れていた。

 わたしが国外に出されてからたったの二ヶ月。それだけでこんなにも荒れてしまうのだろうか。

 門番もいない。柵の向こうに見える庭は雑草がこれでもかという程に伸びている。なんとなく窓も薄汚れているようだ。


「……酷いですね」


 思わず零した呟きに、苦笑しながらヴィルヘルム様がわたしを馬から下ろしてくれる。馬を警邏隊の人に預けると、ヴィルヘルム様を先頭に、次いでジギワルドさん、警邏隊の人はその後ろに隊列を組んでいる。わたしはヴィルヘルム様の隣だ。


 物々しい雰囲気に家令様が飛び出してきた。

 この人もわたしを虐めていたから、やっぱり苦手だ。


「一体何事ですか! ここをレーバブリューム伯爵家だと知っての事ですか!」


 わたしには気付かないようだ。声を発しようとしたヴィルヘルム様を手で抑えて、わたしは一歩前に進み出た。


「わたくしはルクレツィア・レーバブリューム。ロベアダ様に取次ぎを」

「な、っ……!」


 家令様が驚愕に目を瞠る。上から下まで何度もわたしの姿を確認して、痩せ細った下働きの『ヘスリヒ』だと分かったようだ。


「……そこで待つように」


 わたしはいまも伯爵家の娘であり、跡取りである。本来ならばそのような扱いは使用人がするべきではないのだけれど、彼の中ではわたしは『ヘスリヒ』なのだと思う。隣にヴィルヘルム様、背後に警邏隊が隊列を組んでいるからそれに従っただけで。


 警邏隊の方々が、隊長さんの指示に従って屋敷を包囲する。

 それが終わった時に、優雅とはいえない足音を響かせてロベアダ様とタニア様が現れた。


 今日もロベアダ様は艶めく茶髪を纏めていて、お化粧も乱れていない。わたしの見たことがない豪華なドレス姿だ。また新調したのかもしれない。大きなガーネットがその豊かな胸元を飾っている。やっぱり美しい人だと思う。

 タニア様はまた……少し、お太りになられたかもしれない。フリルとリボンがたっぷり施されたピンクのドレスはやっぱり見覚えが無いから、それも新調したのだろう。ロベアダ様と同じ茶色の髪を縦ロールに巻いて、大きなリボンを飾っている。青い瞳でわたしを睨んでいたのも束の間、傍らのヴィルヘルム様に気付くと一気に顔を上気させ、熱い視線を送っている。


「本当にルクレツィアだと? あの子はわたくし達が止めるのもきかずに、屋敷を飛び出してしまったの。あなたがルクレツィアだというなら証拠を……」

「ロベアダ様、術士様がいなくなって困っているようですね」


 値踏みするような視線をねっとりと向けてくるロベアダ様の声を遮って、わたしはにこりと微笑みかけた。ロベアダ様はあからさまに動揺したようで、顔色が一気に悪くなる。


「術士様は捕らえられました。わたくしも、ルクレツィアの真名を取り戻しました」

「まさか、ゲオルグが……っ、そんな……」

「こちらはヒルトブランド帝国の空軍元帥閣下です。転移で飛ばされたわたくしを助けて下さいました。今日はリーヴェスの警邏隊の方々も来ています。あなた方を捕らえるために」

「何の権限があって、あんたにそんな事が!」


 顔色を悪くするロベアダ様と真逆に、真っ赤になった顔のままでタニア様が噛み付いてくる。わたしはにっこりと笑ってそれを流した。


「わたくしはこの伯爵家の跡取りです。これ以上領民を苦しめるわけには参りません。わたくしはこの領地と爵位を王家に返上する事に決めたのです」

「そんな勝手が……通るわけが……っ!」


 声を震わせるタニア様に対して、警邏隊の隊長さんが一歩前に進み出る。

 そして一枚の紙を、ロベアダ様達に見せ付けるように高く掲げた。金縁で囲われた特別な紙は王命を記している証。


「ロベアダ・レーバブリューム! タニア・レーバブリューム! 貴殿らは不当に税収を上げ領民の生活を苦しめた。更に領主としての務めを放棄し、領民からの嘆願書をすべて破棄し、その訴えに耳を貸さなかった。不当に徴収した税金は貴殿らの遊興費に消えている証拠もある。ここに後見人としてのロベアダの地位を剥奪する。次いで次期領主であるルクレツィア・レーバブリュームの申し出を受け入れ、レーバブリューム領、並びに伯爵位の返上をリーヴェス王の名の元に受け入れる!」


 高らかに響く隊長の声に、二人はその場に崩れ落ちる。

 裏口の辺りで騒ぎが聞こえるが、恐らく逃げ出そうとした使用人達が警邏隊に捕らえられているのだろう。


「貴殿らが購入したドレスや装飾品、美術品は全て国で没収する。貴殿らには横領罪の他にルクレツィア・レーバブリュームに対する監禁、暴行の疑いもかけられている。同行願おう」

「お待ちください! わたくし達はルクレツィアを監禁も暴行もしていませんわ! この子が出て行って、わたくし達はずっと探していましたのよ!」


 横領の証拠はあっても、すっかり回復したわたしの姿を見て過去の暴行の罪は問えないと思ったのだろう。憎悪を映した瞳でロベアダ様はわたしを睨む。昔からずっとそんな目で見られていたのだから、今更それで苦しくなるわけもなく。

 それでも、ヴィルヘルム様には不快だったようだ。


「私はヒルトブランド帝国空軍元帥、ヴィルヘルム・ミロレオナードである。私はルクレツィア嬢を保護した際に、衰弱した彼女の状態も受けた傷も全て確認している。元帥であるこの私が証拠となる事に、異議はあるか」


 低く凍りつくような声。

 絶対的な支配者からの言葉に、ロベアダ様もタニア様もそれ以上言葉を紡ぐことは出来ないようだった。


「使用人も全員捕らえろ! 不正の証拠も遊興品も全て押収するように!」


 隊長の言葉に、警邏隊の人達が一斉に屋敷に突入していく。

 これですべてが終わるのだろう。何だかほっとしたと同時に、両親と過ごした幼い頃の思い出が胸をよぎった。


「大丈夫か?」


 気遣ってくれるヴィルヘルム様の体に身を預け、私は小さく頷いた。

 喧騒がどこか遠くで聞こえるくらい、愛しい人の腕の中はこわいほどに心地よかった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] エルザの身分が上にも関わらず、召使いである家令に様を付けるのに違和感ありまくりです。あと、敵である術士も様付けするのも変、いつまで経っても下働きのトラウマから抜け出せないのかな?
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