32.リーヴェスへ
いつも以上に着飾らされた。
淡い橙色のドレスは裾に薔薇の刺繍が施されている。手首でふわりと広がる袖には豪華なレースが縫いとめられていた。
開いた胸元もレースが囲い、素肌が顕になっていても上品だ。胸元を飾るのはパライバトルマリンのネックレス。光を受けて煌く繊細なカットになっている。
絞った腰周りを橙色のリボンで飾り、そのリボンにも輝く宝石が飾りつけられている。
すっかりと艶めくようになった金色の髪は顔周りを残して、複雑で美しい形に結い上げられた。耳を飾るダイヤモンドが光を集めて揺れている。
左手薬指に輝く指輪を隠さないように手袋はしない。爪は美しい薔薇色に染められている。オーティスさんに貰った爪紅だ。
「とても綺麗だ、エルザ」
「ありがとうございます。ヴィルヘルム様もとっても素敵です」
真直ぐな褒め言葉はやっぱり慣れない。
わたしを褒めてくれているヴィルヘルム様が、その美貌を前面に押し出すように素敵だから余計に居た堪れないのもある。
ヴィルヘルム様は正装の軍服姿だ。
白いズボンと、揃いの白い腰までの詰襟服。襟元と前合わせまで金の縁取りがされている。黒い豪奢なジャケットは後ろ身頃が長い。胸元には勲章が煌いて、右腕に付けた腕章には、金と赤の滑らかな布地に空軍の紋章である獅子と太陽が刻まれている。膝までの黒いブーツにも金糸で刺繍。
黒い軍帽には金の刺繍で赤い宝石が縫い付けられていて……わたしの語彙では説明できない程に格好良かった。
「でも、どうして正装なんですか?」
「権力を見せ付けるべき時もある。今日はその時だ」
「そういうものなんですね」
義母と義妹のことを考えると、きっとそうなのだと思う。あの二人は権力に弱い。
「それでは行こうか。航行の許可は取ってある」
「よろしくお願いします」
差し出された腕に手をかけて、ヴィルヘルム様に微笑みかける。身を屈めて額に唇をあてるものだから、鼓動が跳ねた。
リーヴェス王国の南、長閑な田園地帯にわたしの生まれ育った領地はある。
遮蔽物の無い草原にヴィルヘルム様の指揮する艦が着陸すると、リーヴェスの王宮警邏隊がそれを囲んだ。
「ご足労、感謝する」
わたしの腰を抱いたまま、ヴィルヘルム様が降り口に据え付けられた階段を降りる。その後ろをジギワルドさんがついてきてくれる。
ヴィルヘルム様が告げると、一歩前に出た警邏隊の隊長さんは敬礼をして出迎えた。
「国王陛下より勅命を頂いております! 此度のレーバブリューム伯爵家の捕縛に関するご協力、誠に感謝いたします!」
「皆様、ルクレツィア・レーバブリュームと申します。伯爵家での不祥事、大変申し訳ございませんでした。爵位と領地を王家に返上する事で、領民がより良い統治の下で過ごせる事を願っております。今日はどうぞ宜しくお願い致します」
わたしはヴィルヘルム様の腕から離れると、カーテシーで挨拶をした。ヴィルヘルム様のお屋敷で執事さんと侍女長さんにマナーを叩き込まれたから、それなりに自信もある。顔を上げると隊長さんと、その周りを囲む隊員さん達の顔が赤らんでいるのが見えた。
……これはヴィルヘルム様の機嫌が……。そう思うと同時、ヴィルヘルム様から冷気が漏れてきたので、一度ヴィルヘルム様に微笑みかける。
ヴィルヘルム様は小さく息をつくと、またわたしの腰に腕を回した。
「馬を用意しております。こちらにどうぞ」
伯爵家に向かうのは、ヒルトブランドからはわたしとヴィルヘルム様、ジギワルドさんだけだ。オーティスさんと他の空軍の方々は艦の防衛にあたると聞いた。
用意された馬はとても大きな軍馬だった。馬車を引くものとは違う、騎乗して戦う為の馬。そんな馬に乗れるわけもないというより、乗馬自体した事がない。馬の前で内心途方にくれていると、ヴィルヘルム様が優雅にひらりと馬に飛び乗った。
騎馬する姿も素敵だと思わず見惚れていると、わたしの心を読むのが上手なヴィルヘルム様は苦笑する。こちらに両腕を伸ばすので、わたしも同じように両腕を伸ばすと、あっという間にヴィルヘルム様の前に横座りにされていた。視界が一気に高くなり少々怖い。
困ったようにヴィルヘルム様に目線を向けると、大丈夫と優しい声が降ってきて、手綱を握る逞しい腕の中に囚われていた。
「俺がお前を落とすわけが無い。そうだろう?」
悪戯に口端を上げるその姿は、正装姿な事もあって目に毒だ。
ジギワルドさんも騎乗して、わたし達の馬の横に並ぶ。
「さて、行こうか」
ヴィルヘルム様の声に合わせて、警邏隊も動き出す。
高い場所から見る久し振りの領地は、何だか寂れているような気がした。




