31.元帥と術士
皇宮の最奥、地下の一室。
厳重に魔封じの結界を重ねてかけられた扉を、幾つも越えたその先の部屋に稀代の魔導師は囚われていた。
俺は千年を生きる魔導師、アルマハトに会うためにその魔導結界に足を踏み入れた。
最後の扉を越えた先。太い鉄格子に阻まれているが、相対する部屋はなかなかに居心地がよさそうだ。寝台も柔らかそうで、トイレと浴室までついている。貴人牢を改装したのだから、居心地がいいのも当然かもしれない。
俺に気付くとアルマハトはソファーから立ち上がった。椅子を一脚持ってきて、鉄格子の前に据えるとそこに座って俺に向かう。
「空軍元帥閣下だね」
アルマハトの目は覆われている。俺のかけた魔封輪だ。首には妖精王の魔封輪が枷られている。
「分かるか」
「魔力を封じられても、魔力が探れないわけじゃない。君の魔力は変わっているからね、すぐに分かるよ」
「そうか」
アルマハトは長い足を組んで優雅に笑う。笑っていながらも、その顔に感情は無い。
「ルクレツィアをどこで知った」
「ああ、僕達の馴れ初め? そうだね……暇だし教えてあげようか」
俺は牢番の魔導師から椅子を受け取ると、鉄格子の前に座る。
「彼女は両親に連れられて、五歳の時にこの国の祭典に来ているんだ。僕はその時に魔導師団に居て、祭典の警護をしていた。……一目惚れだったよ。幼いながらも完璧な美貌にも、その稀有で清らかな魂にも、溢れる美しい魔力にも」
「五歳の子どもにか」
「そう。でも僕は千年を生きているからね。僕からしたら君だって子どもだよ」
それはそうかもしれないが。素直に頷けない。
「その辺りの時から、僕はロベアダと関係を持っていた。知ってるんだろう? ルクレツィアの義母となったロベアダのこと」
小さく頷く。
「ただの暇つぶしだったんだけどね。彼女は性格悪いからさ、一緒に居て飽きなかったんだ。性格だけじゃなくて頭も悪いけど」
そう言ってくつくつ笑うアルマハトに、ロベアダへの情はないようだった。エルザの事を話す時とは全く雰囲気が違う。
「ロベアダは権力と金を欲しがっていた。子爵じゃ満足できなかったのさ。ロベアダは伯爵家が欲しかった、僕はルクレツィアが欲しかった。利害の一致だね。
元々、ルクレツィアの母親は体が弱かったから呪い殺すのは簡単だった。おっと、殺気を向けないでくれよ。今の僕は魔法耐性が低いんだから」
「………」
いつの間にか殺気を向けていたようだ。伯爵を殺した予想はしていたが、まさか夫人まで呪い殺しているとは。この男はやはり生かしておくべきではない。
陛下の命で牢に入れているが、その命令に反してでも殺すべきではないだろうか。
「まぁいいや。僕を前にして殺気を抑えるのも無理だろうし。
それでね、妻を失った伯爵の前にロベアダを連れて行って魅了をかけた。随分抗ってはいたけれど、僕の魅了に敵うわけも無く落ちたよね。でも……ルクレツィアには通じなかった。僕はそれが嬉しかった」
口は挟まないことに決めた。奴も相槌など望んでいないだろう。
「僕はそのくらいの時に副師団長に昇進したんだけどさ、欲望が抑えきれなくなっちゃって。ルクレツィアに似た年頃の子を攫っては甚振ってた。ああ、別に少女趣味ってわけじゃないよ? 彼女と似た背格好なら良かったんだ。もしいま攫うなら、いまのルクレツィアに似た女の子を攫うだろうね。代替には到底ならないけどさ」
この男はやっぱり屑だ。俺が今までに見たこともないほどの。
「捕まって処刑されちゃったし、その時の肉体を捨てるにはちょうど良かった。処刑を見に来てた兵士に転魂をして、僕はリーヴェスのロベアダのところに行ったんだ。
そこでレーバブリューム伯爵を馬車の事故に見せかけて殺して、葬儀の夜にルクレツィアの真名を奪った」
「どうして真名を奪った?」
「だって、彼女の魔力量凄いでしょ。あれをそのままにしておいたら、精霊が自分から助けに来ちゃうよ。あの魂だもん、精霊に好かれて仕方ないだろうしね」
魂が美しいのは分かる。いま思えば俺もその気高い魂に惹かれたのだから。
だがこの男と同じように惹かれたというのは、認めたくなかった。
「それからは君もルクレツィアに聞いてるだろ。彼女を想いのままに甚振った。最初は悲鳴をあげていたんだけどね、そのうちただ耐えるようになって……それも可愛かったなぁ。僕は暴力はふるったけど、それ以外の待遇はロベアダ達だよ。地下の物置に部屋を移したのも、形見を始めとする数多の宝飾品を奪ったのも、食事を与えなかったのも、寝る時に床に薄い毛布だけを与えたのも、下働きに落として夜明け前から働かせたのも、ぜーんぶロベアダとタニア。女の嫉妬って怖いよねぇ。
使用人まで入れ替えちゃうからさ、もうルクレツィアの味方なんていなかった。使用人まで一緒になってルクレツィアを虐めるんだもん」
部屋の温度が下がったのが自分でも分かる。俺の座る椅子を中心に床が凍り始めている。その氷は鉄格子まで伸びようとするも、魔封じの結界に阻まれ消えた。
「寒いのって君のせい? ほんとにとんでもないよね。これからもっと酷い話をするけど大丈夫かなぁ。
君はルクレツィアの肌を見た? 傷だらけだっただろ。ロベアダ達も殴ったり鞭で叩いたりしてたけど、体に刻み込むような恐怖を与えたのは僕だけだったと思う。お腹をナイフで刺した時には、さすがにちょっとやりすぎたかと思ったけど……それでも彼女は堕ちないんだよね。背中を炎で焼いても、すれ違いざまに殴っても、一本ずつ手足の指を折ったって、彼女の心は堕ちないんだ。
堕ちた時には暴力なんてやめて優しくしてやるつもりだったんだけどな。僕だけを見て、僕以外には怯えて、僕だけに縋って生きていくように仕向ける予定だったのに……予想外に魂が気高くてね。堕ちた暁には全てを僕のものにしようと思っていたんだけれど。
そうしてルクレツィアを僕のものにしたら、あの屋敷の全員殺してしまおうと思ってた。きっと彼女も喜んでくれるだろうしね」
屑どころじゃなかった。こいつは生きていていい人間ではない。転魂の術を封じたらすぐにでも殺そう。絶対に殺す。
「でもその前に、お触れが出てしまった」
「リーヴェスの王太子が、魔力の高い娘を妻に迎えるというあれか」
「そう。あんなのさ、絶対にルクレツィアが選ばれるでしょ。魔力検査の場に出すなら真名を戻さなきゃいけないし傷も癒さなくちゃだし。だからロベアダは国外に出した。十八になればルクレツィアは家督を相続する。それまで行方不明でいてくれたらいい。
僕にしても良かったよね。国外に出して、僕が囲っちゃえばいいんだから。だから彼女の居所が分かるように追跡魔法も組んでたんだけど……壊したのは君でしょ」
「そうだ」
「しかもルクレツィアに結界を張るだけじゃなくて、魔力の質まで変化させて。それを知った時は君の事を絶対に殺そうと思った。あ、今でも思ってるけど。まぁ一線は越えていないみたいだしね、それでも殺すけど」
「殺したいのは俺も同じだ」
「だよね」
アルマハトは可笑しそうにくつくつ笑う。だがそれが冗談ではないことは、立ち上る殺気からも明らかだ。
「以上で僕達の馴れ初めはおしまい。ねぇ、元帥さん。僕は必ずここから出てルクレツィアを迎えに行くよ。何をしても、何があっても彼女を僕のものにする」
「エルザは俺のものだ」
「くくっ、いいよねぇ自信に溢れた感じ。せいぜい警備を厳重にして、僕のことを閉じ込めておくんだね。それともさっさと殺してしまうか。だけど僕は転魂を使わなくても、生まれ変わって必ずルクレツィアを探して見せるよ」
これ以上話していても、お互い殺気が高まるばかりだ。そう判断した俺は面会を終了させて立ち上がった。牢番の魔導師が俺を見て、ひっと引きつった声を上げた。瞳孔でも割れてるんだろう。割らずにいられるか。
さて、次は義母と義妹だ。死んだほうがましな目に遭わせるか、それとも死なせてやるか。エルザには決められないだろうから、俺が判断しなければならない。
そう思いながら牢を後にする。ああ、エルザに会いたい。




