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3.枷からの解放

「こんなところにいたのか」

「相手方の将軍はきっちり捕らえてあるわよぉ」


 掛けられた声に目の前の美人が振り向く。つられるようにわたしもそちらに目を向けると対照的ともいえる人物が二人歩いてくるところだった。


「ん? なんだ、その女は」


 わたしを見て怪訝そうに顔を顰めるのは、小柄でまだ年若そうな男の人。黒髪を高い位置で一本にまとめている。美人と同じような詰襟服姿だけど、その丈は腰までと短い。


「あらあら、随分と酷い格好ねぇ」


 言葉の割にその声色はわたしを心配するような優しさを秘めていた。金髪を長い三つ編みにして、肩から垂らしている。小柄な人と同じ服装をしているが、この人は一体どちらの性別なのだろう。大柄な美人さんと同じくらいの体格だし、声も低めだけれど言葉が……。

 そういう人もいるのだろう、と思った。なんせわたしの世界はとても狭い。その中に嵌らない人なんてきっと沢山いるのだ。


「リーヴェスから転移で飛ばされてきたそうだ」


 美人さんがさらりと口にした言葉に、気まずいながらも頷いて同意する。二人は揃って目を丸くしていて、何だか申し訳ない事をした気になった。悪いのは義母とその愛人だけど、罪を被るのはわたしになるだろう。


「確かに空間の揺らぎがあった。それを確かめに来たら彼女がいた」

「不法入国じゃねぇか」

「待ちなさいよ、ジギワルド。この子が怯えちゃうでしょ」

「堂々と不法入国しといて怯えるも何もねぇだろうに」

「彼女は転移で飛ばされて来たと言っている。それは間違いないだろう。彼女には魔力の道がない」


 不法入国。

 その通りなので弁明も出来ない。堂々と罪を犯したわけではないし、わたしが望んだわけでもないけれど、それは彼らには関係のないことだと思う。


「道がない? どういうことなの?」

「魔力の道が途絶えている。これでは魔法は使えない」

「いやいや、魔力の道が途絶えるなんて聞いた事ねぇぞ」

「真名を奪われたそうだ」

「はぁ!?」


 淡々と説明する美人さんに対して、二人は同じ反応で詰め寄っている。わたしの事を話しているのにその場から動く事が出来るわけもなく、わたしはただ三人へ視線を向けていた。


「彼女は俺が保護する」

「いやいや、この女が魔法が使えないってのは分かったけどよ、間者じゃないって証明できたわけでもねぇ。俺は反対だ」

「あたしも賛成は出来ないけど……この子、訳アリなんでしょ。見るからに栄養足りてないし、ドレスだって大きさが合ってない。素材は悪くなさそうなのに手を掛けて貰えてない。……なのに、どことなぁく品がいいって不思議よねぇ」

「品がいい? 目が悪くなったんじゃねぇのか。どこからどう見ても薄汚れたガキだろうが」


 小柄な男の物言いに思うところが無い訳でもないが、言いたい事は分かる。わたしも美人さんが保護するだなんて言い出した時には、何を言っているのだろうと思ったから。こんな不法入国した怪しい女なんて、早く処罰するべきなのだ。


 わたしの物言いたげな視線に気付いたのか、美人さんはわたしを振り返り、にこりと優しく笑って見せた。

 撃ち抜かれたなんて衝撃じゃなかった。笑いかけて貰ったなんて久し振りすぎて、その衝撃に胸が詰まる。それなのにわたしはいつもと変わらず無表情で、表情を浮かべる事は出来なかった。この六年間でわたしの表情はどこかにいってしまったようだから。


「事情があるなら、それを聞いてやらねばならない。国に帰すのはそれからでもいいだろう。それに真名を取り戻してやらねば、また同じことの繰り返しになるかもしれん。真名を奪う力を持つ者、その力を悪用する者を放って置く訳にもいかないからな」

「……珍しく饒舌なんだな。あんたがそう言うなら反対はしねぇ。だが、警戒はさせて貰うからな」

「じゃああんたが警戒担当ね。あたしはこの子の身なりを何とかするわ」


 話が纏まったようなのだけど、わたしは一体どうしたらいいのか。正直、美人さんと会うまではどこかの修道院にでも行くつもりだったのだけど。

 国に帰されるのはちょっと困るので、不法入国を問わないなら、今からでも修道院に行かせて欲しい。……でもそれを口にしたところで、叶うわけがないのは分かっていた。

 事情を理解して貰って、意図して不法入国したわけではないと伝われば解放して貰えないだろうか。


「行くぞ」


 ぐるぐると思考を巡らせている間に、美人さんがわたしの前に手を出してくれていた。思わずその手を取ると、久しぶりに触れた温もりに、指先に電撃が走ったような痺れを感じた。……仕置きの一環で、背中に炎撃を受けた時は本当に痛かった事を、ついつい思い出してしまう。


 美人さんに手を引かれるままに歩みだすと、忘れていた足枷が鎖を揺らした。その金属音に、あとから来た二人が怪訝そうに顔を顰める。

 美人さんの纏う空気がまた温度を下げた気がして思わず身震いするけれど、美人さんはまたわたしのドレスに手を伸ばし、裾を引っ張った。離れてしまった温もりが、未だに指先に残っている。


「……な、っ……!」


 わたしの足枷を見た二人は息を呑んでいる。彼らにも、見苦しいもので気分を悪くさせてしまった。申し訳なさからぶかぶかの靴の爪先に視線を逃がすと、身を屈めた美人さんが指を動かすのが視界に入る。

 指を軽く振ると、キン……と高い音がして、両足を拘束していた足枷が切られていた。わたしの足には何の衝撃も傷もない。詠唱もなかったのに、これがこの人の魔法……。

 床に落ちた足枷が、溶けるように消えていくのをただ見詰めるしか出来なかった。


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