25.皇帝陛下との謁見
五日間はあっという間に過ぎてしまった。
身に纏うのは深い緑色のドレス。立てた襟元と足首までのスカート裾には豪奢なレースが飾られている。アクセサリーは淡黄色のイヤリング。同じ石が飾られた、細い鎖を重ねたブレスレット。ねじりを加えて結い上げられた髪にも、同じ淡黄石の髪飾りが挿してある。
これは全てヴィルヘルム様が作った魔導具だ。防御の魔法が何重にもかけられていて、わたしに危害が与えられそうになると結界が発動するらしい。
ドレスで見えないけれどネックレス型の魔導具もつけている。
ヴィルヘルム様はもっと魔導具を持たせようとしたのだが、苦笑いのオーティスさんに止められていた。今日の支度をしてくれたのはオーティスさんなのだ。
化粧の施された顔を鏡越しに見る。保護されたあの日のように、鏡の中でオーティスさんが笑っている。
あの日と同じ状況だけれど、わたしは変わった。痩せぎすだった体には肉がつき、頬もこけていない。毎日手入れをして貰った髪は艶めいているし、肌も綺麗になった。傷だってない。
それにどこか自信を持っているような、そんな表情をしている。
この国に来て、誰もわたしを傷付けない。わたしに名前をくれて、わたしを尊重してくれて、わたしを愛してくれる人がいる。ヴィルヘルム様がわたしに自信を取り戻させてくれたのだ。
そして表情も。鏡の中のわたしは微笑んでいる。
「とっても綺麗よ、エルザちゃん」
「ありがとうございます」
「今日はあたしも、ジギーも一緒にいるからね。絶対に守るから安心してね」
オーティスさんもジギワルドさんも居てくれるなら心強い。
わたしは大きく頷いた。信頼がどうか伝わりますように。
今日のヴィルヘルム様は、軍服姿。詰襟で膝まである長いコートは漆黒の色。襟に施された金の刺繍も、胸元に飾られた勲章も美しくて見惚れてしまう。頭に乗せた軍帽も同じ漆黒色で、赤い宝石が飾られていた。
わたしに向かって差し出された手はいつものように温かくて、これから何があるかも分からないのに不安はない。
ヴィルヘルム様にエスコートされて皇帝陛下の御前へ向かう。
片膝をついて頭を下げたまま待つと、衣擦れの音と共に数人が入室する気配を感じた。
「面を上げよ」
威厳に満ちた、よく通る声に促されて顔を上げる。
玉座には胸まで伸びた水色の髪が美しい、この国の皇帝陛下が座っていた。全てを見通すような空色の瞳に見つめられると、呼吸の仕方を忘れたように息が苦しくなる。
それでも目を離せずにいると、陛下がふっと笑って、その場の空気が一気に柔らかくなった。
「すまなかったな、少々威圧した」
楽しげに笑う陛下にどう反応していいか分からずにいると、傍らのヴィルヘルム様が溜息をついた。
「陛下、お戯れが過ぎます」
「戯れるくらい良かろう。して、そなたがヴィルヘルムに保護されたという娘だな」
「はい、エルザと申します。お目にかかれて光栄です」
「そう固くならずともよい。今日、何が起こるかは知っているな?」
「術士様が現れるかもしれないと。わたしがその為の餌だというのは存じております」
「そうか、奴はこの国で処刑されたはずの亡霊よ。改めて引導を渡さねばならん。そなたには辛い思いをさせるかもしれぬが、その役目をしっかりと果たすようにな」
「承知しております」
隣に居るヴィルヘルム様の機嫌が悪い。下がっていく室温にそれを感じているけれど、同じように理解しているような皇帝陛下は可笑しそうに笑った。長い足を優雅に組み替え、腰の辺りで両手を組む。額飾りの赤い宝石が光を反射した。
「よい娘ではないか、ヴィルヘルムよ」
「そうですね」
無愛想な様子にはらはらしているのはわたしだけで、陛下はその笑みを深めるばかりだ。
「お前が懸想する程だからな、普通の娘ではないと分かっていたが。お前が幸せを掴むというなら友人としても嬉しいよ。エルザ嬢にはヒルトブランドの客人として、身分を保証しよう」
「ありがとうございます」
ヴィルヘルム様は短く告げるも、先程まで悪かった機嫌は少し直ったようだ。肌寒さに震えなくても済んだ。
そしてこの謁見もそろそろ終わるのだろう。
「ヴィルヘルム、折角来たのだから皇宮の中を案内してやれ。庭の薔薇が見頃だぞ」
「そうですね、お心遣いに感謝します」
皇帝陛下は低く笑うと、従官を連れて謁見の間を後にしていった。それを淑女の礼で見送ると、ふぅと小さく吐息が漏れる。
耳聡くそれを拾ったヴィルヘルム様が心配そうに顔を覗き込んできた。その顔の近さに思わず後ずさるも、腰に手を回されて離れる事は叶わなかった。
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。少し寒かっただけで」
言外に機嫌の悪さを指摘してやると、気まずそうに目を逸らす。その様子に控えていたオーティスさんとジギワルドさんが笑った。
「……お前が他の男と話していると、落ち着かない」
「皇帝陛下ですよ」
「男は男だ」
不敬罪に問われないんだろうか。
「そんなことより、ほら、行くわよ」
「庭を案内してやるんだろ」
オーティスさんとジギワルドさんに促されて、ヴィルヘルム様は渋々といったようにわたしの腰から手を離す。出された腕に手を掛けて深呼吸をすると、皆に笑われてしまった。
「そんなに気を張らなくても大丈夫よ」
「普通にしてろ」
「お前は俺が守る。何も心配はいらない」
心強さに表情が和らぐ。何度目かもわからない微笑が自然と浮かぶと、ヴィルヘルム様も嬉しそうに笑ってくれた。




