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19.青い空を艦は進む

 久し振りに乗る-といってもまだ二回目なのだけど-軍艦。

 今日、警戒飛行をするのはヴィルヘルム様が指揮を執る、この主艦だけだそうだ。


 他国には存在しないこれだけの戦艦が帝国周辺を飛行する事で、周辺諸国へ武力を誇示する狙いがあるらしい。確かにこの艦を見て、武力行使をしようとする国はいないと思う。

 警戒飛行と言いながらも、訓練などをするわけでもなく。空軍に属する隊員の家族を乗せて飛行する、ひとつの慰安のようにもなっているらしい。空を飛べる事なんてないのだから、皆この飛行を楽しみにしているそうだ。


 わたしも楽しみにしていた一人だから、その気持ちはよく分かる。



「すごい……綺麗……」


 艦長室の大きな窓に手を付いて空を臨む。

 青い空はどこまでも広く、時折薄雲を散らすようにして進んでいる。


「船酔いはしていないか?」


 艦長席に座るヴィルヘルム様は揶揄(からか)うように、くつくつと低く笑う。わたしは振り返ると大袈裟に肩を竦めて見せた。


「酔い止めのお薬を飲んでいるので大丈夫です」

「それならいいが、調子が悪くなった時はすぐに言うように」

「……ありがとうございます」


 操舵室の上に艦長室がある。

 隊員の皆さんは自分の持ち場でそれぞれお仕事をしているので、この部屋にはわたしとヴィルヘルム様しかいなかった。オーティスさんとジギワルドさんも見回りと言ってどこかに行ってしまった。

 ヴィルヘルム様の前、空中には少し透けているけれど地図が浮かんでいて、点滅する光がその地図上を動いていた。


「そういえば、今日はお前の作った魔核も使っているぞ」

「えっ……いいんですか?」

「使う為に魔核作りを教えたのだが」

「それはそうですけれど……本当に使って貰えると思わなかったので」

「俺はお前に嘘はつかない」


 書類から顔を上げて、ヴィルヘルム様が微笑む。柔らかな表情に、また鼓動が跳ねた。

 気持ちを自覚する前からもそうだったけれど、恋を自覚してからは鼓動が暴れて酷い。今日のヴィルヘルム様は髪型が違う事もあって、何だか少し幼く見えるものだから余計に。


「……知ってます。ヴィルヘルム様はいつだって優しいです」


 窓にまた体を向けて、小さく呟く。

 遠くに大きな街が見える。あれはどこだろう。


 不意に背中から抱き締められて、肩越しに振り返る。抱き締めているのは勿論ヴィルヘルム様で、その体温にすっかり慣らされた自分に気付く。


「あまり可愛い事を言うな。流石にここで触れるわけにはいかない」

「それはわたしも困ります。……ヴィルヘルム様が仰る可愛いの基準が分かりません」

「エルザはいつだって可愛い」

「……物好きですね」

「何もかもが可愛いんだ、仕方がない。今日の装いもよく似合っている」


 今日のワンピースは淡黄色。大きく開いたデコルテ周りだが生成りのレースがフリルとなって飾っている為に露出は少ない。膝下丈の裾にも同じレースがあしらわれていて可愛らしい。アクセサリーは青みがかった緑の石がはめられたネックレスと耳飾。金の細工によく映えるその石はパライバトルマリンというのだと、アリスが教えてくれた。ヴィルヘルム様の瞳の色に似ている気がする。


「……ありがとうございます」


 褒められると悪い気がしない、どころか凄く嬉しい。もっと伝えたいのに、わたしの無表情は今日も平常運転だ。両手で口端をぐいぐい押すと、ヴィルヘルム様の手でそれを止められてしまった。


「赤くなるぞ」

「……ねぇヴィルヘルム様、わたしの無表情は治らないのでしょうか」

「気にしているのか?」

「それはそうですよ。顔に出ないからって、喜んだりしていないわけじゃないんです。もっと伝えられたらいいのにって思います」

「それ程無表情というわけでもないんだがな」

「……変な事考えていませんか」

「変な事ではない。俺に――」

「それが変な事って言ってるんです!」


 ヴィルヘルム様の手を軽く叩いて、肩越しにわざとらしく睨んで見せるも、気にした様子なくヴィルヘルム様は笑っている。


「焦るな。お前が思う以上に、気持ちは伝わっている」


 ……わたしの恋心は伝わっていませんように。


「エルザ、見えるか。あれがリーヴェス王国だ。リーヴェスの中では北の辺境にあたる」


 ヴィルヘルム様の長い指が、窓向こうの景色を示す。先程見えた遠くの大きな街。わたしの生まれた国だけれど、わたしは南の生まれだから北の辺境は初めて見た。


「国境を越えると面倒だからな、今日はこれ以上は進まん」


 ヴィルヘルム様の言葉通り、艦がゆっくりと旋回しているのが分かった。

 それでも辺境の街からは、この大きな軍艦がしっかり見えたことだろう。


「今日は戻るが、俺が必ずお前の真名を取り戻してやる」

「ヴィルヘルム様……」


 力強いその声に胸の奥が苦しくなる。わたしを抱く腕に両手を添えると背後のヴィルヘルム様にそっと体を預けた。


 この人はどうしてここまで良くしてくれるのだろう。

 わたしが真名を奪われたのも、転移で飛ばされたのも、この人には関係のないこと。巻き込まれただけなのに、保護してくれて、色んなものを与えてくれて、恋しい気持ちも教えてくれた。


 いつか真名が戻ったら、この人と別れなければならないのだろう。真名を戻したい気持ちと、離れたくない気持ち。わたしはどうしたらいいのだろう。


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