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18.外出と雷雲

 ここ数日続いた雷雨や曇天はすっかり成りを潜め、雲ひとつない晴天が広がっている。からりと乾いた風が気持ちいい。

 久し振りにお庭以外の外に出た事もあって、わたしは思わず大きく伸びをしていた。

 ここは空軍の敷地内。元帥閣下の執務室より程近い離着場だと教えて貰った。



「余所見をしていると転ぶぞ」


 くつくつと低く笑うのは元帥閣下のヴィルヘルム様。今日は警戒飛行でヒルトブランド帝国周辺を軍艦で飛ぶから、それに乗せてくれるそうなのだ。わたしはそれを楽しみにしていて、指折り数えてこの日を待っていたのだけれど……。


 今朝、目が覚めたらヴィルヘルム様の髪が短くなってしまっていた。

 以前に『髪が短いのも似合いそうですね』なんて言ったのは確かにわたしだ。だからといって本当に切ってしまうだなんて。

 わたしが驚いていると、ヴィルヘルム様は悪戯が成功した時のような子どもっぽい顔をしていて……あれは色々と反則なのではないかと思う。



「あらぁ、髪を切ったのね」

「魔力が乱れねぇのか」


 オーティスさんとジギワルドさんが近付いてくる。

 おはようございます、と頭を下げると手を上げて応えてくれた。


 それにしてもやっぱりヴィルヘルム様は目立っているようだ。

 お二人も近付いてきて開口一番がそれだったし、軍艦の側で作業をしている人達もチラチラと此方を伺っている。それもそうだろう。昨日は腰まで長かった元帥閣下の髪が、今朝になってばっさりと短くなっているのだから。


「髪の長短くらいで魔力は変わらんな」

「あんたそれ、魔導師団の前では言うなよ。絞め殺されるぞ」

「よく似合ってるわよ。どうしたの、髪を術式にでも使った?」

「いや、エルザが短いのも似合うと言ったから」


 お二方には、そんな目でこちらを見るのはやめていただきたい。

 わたしだって驚いているのだ。そんな理由で髪を切ってしまうだなんて。気分転換したかったのを、わたしを口実にしているんだろうか。そうだろう、きっとそうだろう。


「惚気てんじゃねぇよ」


 ジギワルドさんは吐き捨てるけれど、惚気ではないでしょうに。視線が居た堪れないので遠くに見える森の木を数える作業でも、と思ったけれどぐいと顎を掴まれてヴィルヘルム様の方を向かされてしまう。


「エルザは髪が短いのも好きだろう?」

「ええ、好きです」


 朝から何度も繰り返したやりとりに、不思議そうに思いながらも返事をする。朝から何度も繰り返したにも関わらず、ヴィルヘルム様が嬉しそうに笑うものだから何度目ですかとも言えないでいるのだ。


「げろ甘ね……」

「こいつ、こんな男だったか…」


 砂を吐くような二人の声は聞こえなかったことにする。




「ミロレオナード元帥閣下!」


 怒気を孕んで響く声に、ヴィルヘルム様がわたしを背後に隠す。何事かと思ったけれど、オーティスさんとジギワルドさんもわたしを挟むようにするものだから大人しくしている事にした。


「ラムズウェル元帥閣下、如何なされた」

「身元不詳の娘を艦に乗せると聞いたが、本当かね」


 わたしのことだろう。


「皇帝陛下の許可は頂いているが」

「それでもだ。得体の知れない娘を乗せるなど何を考えている。……その後ろにいるのがそうだな?」

「皇帝陛下の許可は頂いている」


 ヴィルヘルム様の声は硬い。そしてだんだんと機嫌が悪くなっているようで、纏う空気まで冷え込んできている。

 この元帥閣下は怒ると周りを凍て付かせてしまう悪癖があるのだ。今日も半袖ワンピースのわたしとしては、寒いのは勘弁願いたいのだけれど。


 雷が鳴った。


 さっきまで晴天だったはず……。そう思って空を見上げると、分厚い黒い雲が近付いてきている。

 思わず左右の二人を見ると苦笑いをしているばかり。まさか……ヴィルヘルム様が?


「……後ろの娘を出したまえ」

「断る。今日の飛行には隊員の家族を乗せての飛行が認められている。彼女は私の家族として乗るのだから問題ない」

「家族なら挨拶させたらどうだ」

「必要ない」


 また稲光。そして轟音。いまにもどこかに落ちてしまうのではないかと不安になる。

 思わず目の前にあるヴィルヘルム様の背中に手を添えると、あれだけ分厚かった雲が色を薄くしていく。わたしの隣にいる二人は相変わらずの苦笑いだ。


「……ふん。くれぐれもおかしな事にならぬよう、気をつけたまえ」

「ご忠告痛み入る」


 軍靴の音を響かせて、男の人は部下を引き連れて去っていった。ヴィルヘルム様の体からちょっとだけ顔を覗かせてその様子を伺うと、部下の人と目が合ってしまう。慌ててまた背中に隠れた。


 その一団がいなくなると、すっきりとした青空が広がった。先程までの雷雲はどこにいった。


「んもう、ホント嫌味っぽいんだからぁ」

「俺、あいつキラーイ」


 警戒を解いた二人は遠ざかったその一団に向かって舌を出している。ヴィルヘルム様は振り返ると、わたしの肩を抱いて引き寄せた。


「気分を悪くさせただろう。大丈夫か」

「平気です。先程の方は?」

「陸軍元帥、エイブラハム・ラムズウェル閣下だ」

「あのジジイ、『歴史ある陸軍が最強で唯一の武である』なんて言って、俺ら空軍を目の敵にしてんだよ」

「空軍も海軍もキワモノだって馬鹿にしてるのよねぇ。ねぇヴィル、今度あいつらが演習してるところに雪でも雹でも思い切り降らせてやりなさいよ」


 ジギワルドさんもオーティスさんも酷い言い様だけれど、確かに反りは合わなさそうだと思った。もう二度と会うことはないだろうけれど、会わないようにわたしも自衛をしたほうが良さそうだ。


 それよりも。オーティスさんの口振りだと、ヴィルヘルム様は天候を操れるように聞こえる。やっぱり先程の雷雲は……?


 問おうと口を開くよりも先に、ヴィルヘルム様の孔雀緑の視線とかち合った。


「……秘密だ」


 悪戯っぽくそう短く告げると、わたしの額に唇を落とす。

 また心を読まれたようだ。……この忙しなく跳ねる鼓動だけは、どうか読まないで欲しいと切に願った。

 もうしばらくは、知らないままにしていて欲しい。わたしのこの浅ましい気持ちを。


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