16.術士の正体③
少女趣味で嗜虐趣味。
ええと……前にヴィルヘルム様を少女趣味と勘違いしたことがあったけれど、それに対しての意趣返しだろうか。
「また変な事を考えているな」
「心を読むのはやめてください」
これ以上、心の内を晒すのはごめんだと、ふいと顔を背けるとオーティスさんとジギワルドさんに笑われてしまう。子どもっぽいのは承知している。
「エルザちゃん、この男はね、この国の魔導師団で副団長をしていたの。優秀な魔導師だったんだけどねぇ……欲望に抗えなくなっちゃったのね。……幼い少女を攫っては虐待を繰り返して殺してしまったのよ」
「……なんてひどい……」
オーティスさんの柔らかい声に促されるよう、そちらを向いて耳を傾けるも、その内容はなんともおぞましいものだった。
背中に受けた炎撃の痛みが蘇る。折られた指が痛む気がする。すれ違うだけで殴られていた体中が痛い。短刀で斬られたお腹が痛い。
「……大丈夫だ、俺がいる」
ヴィルヘルム様が肩を抱き寄せてくれる。その温もりに身を預けると、体を苛んでいた痛みが消えていくようだった。
不意に稲光で窓が光った。遅れて聞こえる轟音。降り始めたと思った時には、叩きつけるような雨が窓を濡らしていた。暗くなる部屋に呼応するよう、魔導ランプに明かりが灯る。
「こいつはあっさりと罪を認めて斬首された。死体も当時の魔導師団の奴らが、本人だと確認している。だが……どうにかして生き延びたみてぇだな」
「身代わりを立てて幻術を掛けたのだろう。当時、魔導師団の中でも奴以上の魔力を持つ者はいなかったと言うからな」
「それでね、エルザちゃん。あなたが狙われるかもって話なんだけど……あたし達が初めて会った町があるでしょう?」
「はい、北の辺境の町ですね」
「そこでね『金髪青目の少女を探している男』が居たんですって」
「……はい?」
金髪青目。それはわたしの特徴と当て嵌まるけれど……。
「その男が少女を探しているのは分かっても、誰もその男の風貌を覚えていないのよ。まるで認識阻害の魔術でも掛けられているみたいにね」
「その男はお前のところにいた術士だと思って間違いないだろう。認識阻害を使えるだけの魔力持ちなど多くはないからな」
「この件に、あんたんとこの義母が関連してるかはわからねぇ。義母にとっちゃ、あんたが行方不明で居てくれた方が都合がいいだろうしな」
義母の意思ではなく、術士様の意思でわたしを探しているとしたら。それは間違いなく良い理由なんかじゃないだろう。あの人はまだわたしを甚振るつもりなのだろうか。
「……でも少女趣味なんですよね? わたしはそこまで幼くもないですし、保護して頂いてからすっかり背も伸びましたし……」
「その男の趣味から外れていないとも限らないからな。用心するに越したことはない」
そう言われると大人しくした方がいいのだろう。まぁこのお屋敷から出た事はないし、出る予定も全くないのだけれど。
「エルザには申し訳ないが、このまま屋敷から出ないで欲しい。落ち着いたら帝都の町並みでも見せてやりたかったんだが……」
「艦で空を飛ぶのはいいんじゃない? ずっとお屋敷に居るのは可哀想よ」
「前は船酔いしてたしな、艦の中なら安全だろうよ」
わたしを思いやる三人の言葉に胸が熱くなる。嬉しくて嬉しくて、それをどうにかして伝えたいけれど、今日も今日とてわたしの表情筋はお休み中だ。
「わたし、お屋敷で大人しくしています。皆さんにこれ以上迷惑を掛けられません」
ただでさえ厄介者を抱えているのだ。これ以上の迷惑はかけたくない。
そう思ったのだけれど三人は苦笑いするばかりで、ヴィルヘルム様はわたしの額に口付けまで落とす始末。何か間違ったのだろうか。
「子どもが遠慮すんじゃねぇよ」
「迷惑なんて思わないから、甘えていいのよ」
「屋敷が安全なのは間違いないが、何よりも安全なのは俺の傍だと分かっているだろう」
どうしてこの人達は、こんなにも優しいのだろうか。わたしを甘やかして、蕩けさせてしまうつもりなのかもしれない。
こういう時に笑えたらいいのに。強張った口元をぐいぐいと押し上げた。