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15.術士の正体②

「それがお前の義母と義妹か。性格悪そうな顔してんな」


 写画をテーブルに戻すと、忌々しげにジギワルドさんが吐き捨てる。同意するようにオーティスさんも綺麗な顔を険しくするものだから、術士様を見た時のような不安は感じなくて済んだ。


「術士も、義母も義妹も、このヒルトブランドの出身だ」

「……此方にいる時から、お付き合いがあったんでしょうか」

「術士はいつから屋敷に来た?」

「父が亡くなって、葬儀の終わった夜からです。それまではお姿を見たことがありません」


 ヴィルヘルム様の声は未だ固い。背を撫でていた手はわたしの肩に回っている。


「まず義母の話からしよう。お前の義母はこの写画に写っているグリム子爵の妻だった。義妹もグリム子爵の子だ」


 小さく頷き先を促す。写画の中で澄ましている義母と義妹は、相変わらずつまらなそうに此方を見詰めている。彼女達が楽しそうに生き生きとするのは、いつもわたしやメイドを虐める時だけだった。それ以外はこうやってつまらなそうにしていた。


「子爵は十年前に馬車の事故で亡くなった」

「……馬車の事故」


 父と同じ。


「馬が急に暴れ、森に突っ込んだそうだ。生き残った御者の証言だ」


 木に叩き付けられた馬車。何者かの意思があるように、尖った枝に胸を貫かれた父。


「……大丈夫? 顔色が悪いわ」

「ええ、大丈夫です。……ありがとうございます」


 心配そうに此方を見てくるオーティスさんが、カップに紅茶を注いでくれた。ヴィルヘルム様がそれを取って差し出してくれるので、わたしはそれを両手で受け取り包み込んだ。悴んだ指先がカップの温かさと相俟って痺れてくる。


「夫が亡くなって、子爵家は子爵の弟が継いだ。遺産の幾分かを受け取ったロベアダは娘を連れて子爵家を出たそうだ」


 ヴィルヘルム様がわたしの肩を強く抱き寄せるものだから、持っていたカップの紅茶が軽く揺れた。水面が落ち着くまでを見詰めていると、自分の心も凪いでいくようだった。


「ロベアダはリーヴェスに渡って、何をどうしたかは分かっていねぇが……あんたの父親に取り入った。再婚したのはあんたの母親が亡くなって、すぐだったそうだな」

「……そうです。母様が亡くなって、まだ喪も明けないうちでした」

「周りも止めたそうだがな、伯爵は無理やり再婚しちまった。その時の伯爵の目は虚ろで何かに操られてるんじゃないかって、噂になったって話もある」


 ジギワルドさんが不機嫌そうに、当時の事を教えてくれる。ちらりと伺うとその表情には嫌悪感が刻まれていた。

 父様が操られていたかもしれない。…そうだとすれば合点もいく。父様は母様を愛してらした。母様が亡くなった時には泣き崩れて、暫くは抜け殻のようだったもの。


「○※&#×!△※伯爵が……」

「痛、っ……!」


 ヴィルヘルム様の言葉が耳に入らない。理解できない言語となって耳を切り刻む。痛みに思わず両手で耳を押さえると、手にしていたカップが落ちた。


「エルザ!」


 ヴィルヘルム様の腕に抱かれると痛みが少しずつ引いてくるようで、意識して深呼吸をする。広い背中に両手を回してしがみつくと、応えるようにきつく抱き締めてくれる。その熱と力強さに体が震えた。


「……大丈夫、です。すみません、ヴィルヘルム様……いま、なんと?」


 ゆっくりと抱きつく腕から力を抜くと、ヴィルヘルム様も同じようにしてくれる。そういえばカップはどうしただろう。割れた音はしなかったけれど。

 床に視線を巡らせるもカップも無いし、紅茶で濡れた様子も無い。テーブルの上にはなぜかソーサーの上にちょこんと収まったカップがあった。……きっとヴィルヘルム様だ。


「お前の家名を口にしたのだが、何に聞こえた?」

「分からないのです。理解できないような、ヴィルヘルム様の声なのに何かが歪んでいるような……耳の奥を切り刻まれるような……」

「真名を奪われた弊害か。お前の体は真名の一部でも受け入れる事が出来ないようだな」


 ヴィルヘルム様の、元から良くなかった機嫌が更に急降下していくのが分かる。比例するように室内の気温も下がるものだから、オーティスさん達は苦笑いだ。


「ロベアダと術士は昔から繋がっていると思って間違いないだろう」

「グリム子爵の事故とエルザちゃんのお父様の事故も、状況が似ているようだしねぇ。その術士が関係しているんでしょうね」

「操られたようにロベアダと再婚するってのも、術士が魅了か何かを使ったんだろうよ」


 三人の言葉に納得しつつも、不思議なことがある。


「どうしてロベアダ様はそこまでして伯爵家に来たのでしょう。やっぱりお金でしょうか」

「そうだろうな。伯爵家の実権を握って、全てを自分のものにするつもりだったのだろう」

「……父にもしもの事があれば、成人したらわたしが伯爵家を継ぐように遺言書が残されていたそうです。ロベアダ様はわたしが成人するまでの後見人でした。成人するまでにわたしが死んだら、爵位と領地は王家に返上する事になっていたそうですから、ロベアダ様はわたしを死なせるわけにはいかなかったんですね」

「父君はお前を守ろうとそれを遺したのだろう。操られていたかもしれないが、その遺言を残した時にはお前の事をしっかりと考えていたのだろうな」


 ヴィルヘルム様の言葉が心に響く。

 父の事が分からなかった。母を愛していたのに、すぐに新しい妻を迎えた父の事が。反発もした。亡くなった時は寂しくて、義母達に虐められるようになってからも寂しくて、恋しくて。でも嫌いにもなれなかったし、恨むことも出来なかった。

 


「それで、術士のことなんだが……お前はまた狙われるかもしれない」


 ヴィルヘルム様の言葉にわたしは目を瞬いた。わたしを転移で飛ばしたのは術士様なのに、彼がわたしを狙うとは? 意味が分からない。

 仕事をしない表情筋からでも、ヴィルヘルム様はわたしの心を読んでしまう。苦笑いで宥めるようにわたしの頭を撫でると、テーブルの写画を一瞥した。


「奴は少女趣味で嗜虐趣味だ」


 不穏な単語が聞こえた気がする。


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