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14.術士の正体①

 窓辺に設えて貰った机の前で、両手を合わせて集中する。自分の体の内側に意識を向けて、奥から湧き立つような青い光を、頭の中に思い浮かべる。

 その光を薄い花弁へと変えて、一片ずつくるりくるりと巻いていく。幾重にも重ねた花弁は薔薇の形を成していた。


 ゆっくりと目を開ける。

 合わせた両手が膨らんでいる。開いた先には先程まで頭の中に浮かんでいた、青い薔薇が光を反射して輝いていた。爪で叩くと硬い音がする。手のひらに乗る大きさの薔薇を窓から差し込む光に翳す。うん、濁りもないし綺麗。


 それは魔力の結晶だった。

 ヴィルヘルム様に教えて貰って、魔力を具現化させる事が出来るようになったのだ。これは魔核といわれ、ヴィルヘルム様の指揮する軍艦の燃料となる。



 わたしの魔力は多いほうだと思うけれど、一気に魔核を作るのはヴィルヘルム様に禁止をされている。一日に、一個か二個。慣れたらもっと作っていいって、許可してくださるかもしれない。


 机の上に薔薇の形をした魔核を置くと、光を映した青い影が薄く伸びた。


 わたしは魔力を練るのに薔薇がイメージしやすいのだけど、ヴィルヘルム様の作る魔核は宝石のように複雑で美しい形をしていた。

 その色は、ヴィルヘルム様の瞳と同じ、鮮やかな孔雀緑。青みがかった緑色は吸い込まれそうな程深い色だ。


 さて、もう一個と思った時に、扉をノックする音が聞こえた。

 はい、と返事をするとアリスが入ってくる。わたしに来客だというのだけれど……来客? 不思議そうに首を傾げると、オーティスさんとジギワルドさんだと教えてくれた。

 アリスに化粧と髪を軽く直して貰ってから、応接室へと向かった。




「エルザちゃん、久し振りね」

「見れるようになってきたな」


 応接室で待っていた二人は、わたしの姿を見ると表情を和らげてくれる。

 お会いするのはこのお屋敷に来てから初めてになるけれど、二人はわたしに色々差し入れをしてくれていたから、正直久し振りという感じもしない。


「お久し振りです。いつも贈り物をありがとうございます」

「いいのよぉ、こないだ贈った爪紅も使ってくれているのね」

「今日も本を持ってきたぞ」


 礼をしてからテーブルを挟んで向かい合うように長椅子に座る。二人は反対側の長椅子に、並んで座っていた。

 アリスが三人分のお茶を用意して、テーブルに置いてくれる。彼女はそのまま壁側に控えてくれるようだ。


「綺麗になったわねぇ。健康的になってきたわ」

「背も伸びたんです。ヴィルヘルム様はもっと太るようにおっしゃるんですけれど」

「出るとこが足りねぇってことだろ。胸とか尻とか、太腿とか」

「ジギワルドさんは太腿もお好きなのですね」


 二人と交わす会話は楽しい。

 それが全く表情には出ないのだけど、二人は気にしないでくれるのが有難かった。



 不意に応接室の床が光る。

 青緑の光で刻まれた魔方陣はとても美しかった。その魔方陣が一際強く輝くと、そこにはヴィルヘルム様が憮然とした表情で立っていた。


「あらあら、転移してくるなんてお急ぎ?」

「お前たちが、俺を待たずに屋敷に来るからだろう」

「先に行くって言ってなかったかしら? うっかりしてたわねぇ」


 くすくす笑うオーティスさんに悪びれた様子はない。ヴィルヘルム様は不機嫌そうにわたしの隣に座ると、いつものように腰に手を回した。


「お帰りなさいませ」

「ただいま、エルザ。こいつらに何かされなかったか」

「お二人が良くして下さっているのはご存知でしょう。それに、いまいらしたばかりですよ」

「あんたが忙しそうだったから先に来たんだが、いやはや……転移まで使って追いかけてくるとはね」


 可笑しそうにジギワルドさんが肩を揺らすと、高い位置で一本に結んでいる黒髪も同じく揺れた。


「ほらほら、本題に入りましょう」

「む……そうだな」


 アリスがヴィルヘルム様のお茶を用意している。ポットもテーブルに置くと、ヴィルヘルム様に合図された彼女は部屋を後にした。



「エルザ、この男に見覚えはないか」


 どこか固い声で、ヴィルヘルム様がテーブルに一枚の写画を置く。

 写画とは魔力を使って、特殊な紙にその見たままを焼き付けたもの。焼き付ける精度によって写画の出来も変わるのだけど、テーブルに置かれたそれはぼやけることなく綺麗に写し出されていた。

 そしてそこに写っていた男を、わたしは良く知っている。

 鶯色の瞳、深い黒髪だけれど一房だけが瞳と同じ鶯色。人当たりの良さそうな、にっこりと笑みを浮かべた顔。美しいけれど、わたしはその顔がとても怖い。


「……ロベアダ様の術士様です」

「やはりな」


 ふぅ、と小さくヴィルヘルム様が息をつく。オーティスさんとジギワルドさんも顔を見合わせて頷いている。

 久し振りに見る術士様のお顔に、言い知れぬ不安が押し寄せてきて思わず身震いする。傷のない背中が痛むような気がした。

 口にしてはいないのに、わたしの不安を感じたようでヴィルヘルム様が背を撫でてくれる。そのわたしよりも高い温度は、不安を溶かすには充分だった。


「じゃあ、これは?」


 オーティス様がテーブルに置いた、もう一枚の写画。よく見ようとそれを手に取る。


「……これは……ロベアダ様と、タニア様? 伯爵家にお嫁入りされた時よりも、前のような気がしますが……」


 写っていたのは若い義母と幼い義妹。それから見知らぬ男だった。


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