12.夕陽に映える
「リーヴェスの第一王子が結婚相手を探しているのは知っているか?」
寝室の窓から差し込む夕陽に、ヴィルヘルム様の髪が染まる。灰色の髪は夕陽を受けてきらきらと赤く煌くようだった。とても綺麗。
やっぱりこの人は美人なのだ。孔雀緑の瞳は気だるげに下がった瞼に半分隠れている。顔にかかる長い髪を邪魔そうに背に払うと、わたしの口元にあるほくろを指でなぞる。近くに居るといつも触れるけれど、お気に入りなんだろうか。
わたしはヴィルヘルム様の腕を枕にしながら、ぼんやりとその美しい顔を眺めていたけれど、不意に掛けられた言葉に目を瞬いた。
「いえ、存じ上げません。わたしには、そういった情報は入ってきませんでしたから」
「そうか。……いまのリーヴェス王家はそれほど魔力が強くない。それを補う為に、第一王子の結婚相手は国で一番魔力の高い娘にすると、お触れが出たそうだ」
「それはまた、思い切ったことですね……。それは貴族だけではなくて、平民の中からでも選ばれるのですか?」
「そうらしい。国中の全ての娘の魔力検査をしているそうだ」
……だから義母は、わたしをリーヴェスから出したのか。
「そういうことだろうな」
「またわたしの心を読みましたね」
「お前は存外分かりやすい」
「無表情でも読み取れます?」
「ああ、お前のことなら分かる。それにお前は無表情だというが、あの時は……」
「それ以上はお話しにならなくて結構です」
何を言うつもりか。両手でヴィルヘルム様の口を覆うと可笑しそうに肩を揺らしている。この人はこうやってわたしを揶揄うのが好きらしい。
「……わたしが国一番の魔力持ちとは言いませんが、タニア様よりは多かったと思います。魔力という点だけでも、わたしに負ける形になるのが嫌だったんでしょうね。それに……あの姿のわたしを、魔力検査の場に連れて行くことも出来なかったでしょう」
「そうだな」
短く頷くとヴィルヘルム様はわたしの背中を指先でなぞる。ぞくりと体を震わせると、それに気付いたヴィルヘルム様は目を眇めた。
これはまずい。夕食の時間が近付いているというのに。
「だめですよ、ヴィルヘルム様」
「分かっている。続きは夕食後だ」
確定ですか。
今朝もしているのに、この人はわたしの体に飽きないんだろうか。
「また変な事を考えていないか」
「だから心を読むのはやめてください」
くつくつと低く笑われる。拗ねた表情でも出来たらいいのに、わたしの表情筋は相変わらずの怠慢ぶりだ。
夕陽がまた少し沈んだようで、ヴィルヘルム様の髪が更に燃える色に染まる。思わず顔周りの一房を手に取った。
「どうした?」
「綺麗だなと思って。……ヴィルヘルム様なら短い髪もお似合いになりますね」
「お前がそう言うなら切るか」
「ご冗談を。髪は魔力を溜めているのでしょう」
「溜めているわけではない。帯びているだけだ。長さが変わったくらいで、俺の魔力に変わりは無い」
「そういうものなんですか」
髪は魔力を溜めるから、魔法を使う時の増幅装置になると当時の家庭教師から教わった気がするのだけれど。それも六年も前の話だし思い違いをしているのかも。それにヴィルヘルム様ほどの魔力なら、彼の言うとおりなのかもしれない。
「他の奴らは知らんがな。俺にとってはそうだ」
魔力といえば。ヴィルヘルム様にお願いしようと思ったことがあったのだ。
わたしは腕の中から抜け出すと、寝台に座り込んだ。掛布で体を隠すけれど、その布をヴィルヘルム様が引っ張ってくる。わたしはその手を軽く叩くと、すっかり乱れた髪を手櫛で直した。
「ねぇ、ヴィルヘルム様。お願いがあるのです」
「言ってみろ」
「わたしの魔力、お役に立てませんか?」
寝台に肘をついて、それを枕にしたヴィルヘルム様が不思議そうに目を瞬く。美人なのに可愛い事も出来るだとか、この人は本当にあざとい。
「軍艦の動力はヴィルヘルム様の魔力だと、オーティスさんから伺いました。もしわたしの魔力が使えるなら、少しでもヴィルヘルム様のご負担を減らせるかと……」
「確かにお前の魔力は高いし、質もいい。だがお前がそこまでする事はないんだ」
「持ち腐れですもの。それとも、魔力の道がなければ、魔力を動力にする事も難しいでしょうか」
そうだ、わたしには魔力の道がないのだ。真名を封じられているわたしに、魔法が使えない理由でもある。
魔法を使えるようにしてからじゃないと、動力に出来ないならわたしに出来ることは無い。
「いや、そういう訳でもないのだが……」
「……ご迷惑ですか」
思い立って言ってしまったが、それもそうだろう。
わたしは隣国から来ている人間で、怪しい伯爵家から飛ばされた身。皇帝陛下の温情で不法入国で問われることは無かったけれど、大事な空軍の要である艦に、わたしの魔力なんて使っていいわけもない。
「すみません、忘れてください」
「そんな顔をするな」
「無表情です」
「俺には悲しんでいるように見える」
言われて顔に触れてみるけれど、表情筋はいつもの通り。
「迷惑ではないし、お前の魔力を借りられるなら正直助かる。だがそれではお前に負担がかかってしまうだろう。お前がこの国に、空軍にそこまでする事は無いんだ」
「この国の為でも、空軍の為でもないのです。わたしはただ、ヴィルヘルム様のお役に立ちたいだけなのです」
本音を口にすると、ヴィルヘルム様はその美しい瞳を丸くしている。口元を手で押さえるけれどその耳が赤く染まっている気がする。
「お前は……。わかった、明日から魔核の作り方を教えよう」
「はい、よろしくお願いします」
折れてくれたヴィルヘルム様に感謝をして、頭を下げる。その頭にヴィルヘルム様の手が触れて顔を上げると、いつの間にか起き上がっていた彼に抱き締められていた。
温もりも伝わる鼓動も心地がいい。わたしの体だけじゃなくて、心まで慣らされてしまったのか。
ああ……わたしはヴィルヘルム様に恋をしている。