待ち望んだ一夜
どうも。とてもとても長い時間が空きましたが、気まぐれにより新作投稿です。
町中に響く無邪気な子供の声。
道行く子供たちはみな、何かしらにお化けや妖怪等の仮装をしている。
それに混じって人間たちからお菓子をねだる狼男やミイラ男の子供やら魔女見習いやら。
中には人間の大人が本気で仮装をして僕でさえ本物かどうかと遠目では判断できないものもある。
本日はハロウィーン。
お化けたちが人目を気にせず、堂々と大通りを歩くことのできる一年に一度の特別な日。
今まで暗闇に潜んでいた者たちが一斉に世に出てきたので、町はさながら百鬼夜行。
一日だけの、お化けたちの世界だ。
本来、ハロウィーンというものは収穫祭なため、このように子供にお菓子をあげたり、仮装して町を歩くようなものではないのだが、ここ日本は違う。
どんなことでも商売にしようとする商魂たくましい者たちの手によって、ハロウィーンは日本にて、もはや独自の文化といってもよさげなものに発展した。
と、言っても、僕にはあまり関係の無いことだ。
僕はジャック。ジャック・オー・ランタンのジャック。
僕はカボチャの頭しかもっていないうえに、出来ることと言えば光るだとか、同族と視界を共有するだとか、それくらい。
だけど、カボチャの頭だけだから、ただのカボチャと勘違いされて人間の家の玄関に明かりとして飾られている。
一応僕の中に電球が入れられているけど、自前で光ることができるから浪費するのはどうかと思ってそっちは消して自分で光っている。
動き回ることは出来ない。頭だけで体はないから。
だからお菓子を食べることも出来ない。
僕をかぶってくれる人がいたならば、その人の身体を借りて飲食をすることは出来るけど……。
他のお化けたちは僕らの事をよく知ってるから、わざわざ僕らをかぶって身体を乗っ取らせる、なんて酔狂な事をする輩はほとんどいない。
もし身体を貸してくれた人がいたとしても、僕らはずっと動けないからついつい借りっぱなしになってしまう。
そんなことをすれば僕らは身体の主の同族から袋叩きにされて、取り外されて、そこらにぽいと投げ捨てられてしまう。
だから僕はもう諦めて、このお祭りを、皆が大口を開けて笑い、手や足を振って踊り、ごちそうを頬張るさまを眺めるだけにした。
ああ、楽しそうだな……。
ずっと、毎年、こんな感じだ。
僕たちが照らすハロウィーンはいつも明るい。
僕たちの心のうち以外は……。
僕の心を表すかのように、放てる光がだんだんと弱くなっていき、ちかちかと点滅する。
たまには…僕らだって楽しんでもいいじゃないか。
僕はそう一人悲しみに暮れていた。
コンコン。
と、僕の置かれた玄関の扉を叩く音を聞くまでは。
扉を叩いたのは、黒づくめの服を着て真っ赤な帽子を被り、手には大きなカバンを持った青白い肌の男だった。
彼は自分の事を、「路地裏の服屋」と名乗った。
僕たちは人間とそうでないものをなんとなくではあるが見分けることが出来る。
だけど、横目でちらりと見たかぎりでは、この男はどちらなのかはっきり分からなかった。
人間のようであり、そうでないように思えたと思ったらまた人間らしくなり……となんとも掴みどころのない気配をしている。
男は家主にこう言った。
「欲しいものがございましたら、お売りしましょうか?」と。
開口一番にそのような事を言われ、家主は戸惑ったようだ。
どこかの会社のセールスマンなら、名刺を渡すなり名乗るなりするのが普通だ。
そういうものしか知らない家主はこの奇妙な男に警戒心を抱いたのか、
「いらん。とにかく帰ってくれ」
と突き返した。
男はこちらからでは見えないが、なにやら表情を浮かべると、
「そうでございますか。では、売る代わりにこちらをお持ちください」
と言って家主に何かを渡すと門から出て行った。
後ろで扉がバタンと大きな音を立てて閉まると、急に男は歩いていた方向を270度変えて、僕の目の前にやってきた。
そして、
「欲しいものがございましたら、お売りしましょうか?」
と家主に言った言葉と全く同じ言葉を同じ声音で、僕に告げた。
僕は唖然として、ただのカボチャの振りをするのも忘れてあんぐりと間抜けにも口を開きっぱなしのままで放心していた。
今まで僕に話しかけるものなど誰一人としていなかった。
そして、初めて僕に話しかけてきたのがこんな奴だとは。
ちらりと男の持っている鞄の中身を見ると、なにやらよくわからないものが詰まっていた。
真っ青で、だいたいソフトボールくらいの大きさのアーモンドみたいな種。
真っ黄色のうごめくマリモみたいなものが入った瓶。
真っ白のクッキーが詰まった巾着袋。
他様々。
しかしなにより目を引いたのは、鞄の中には灰色の苔かカビみたいなものがびっしりと生えていたことだ。
僕は驚きに目をチカチカと点滅させながらじっと鞄を見つめていた。
男はにんまりと笑った表情を崩さずに僕を見ている。
ここまでじっと見てしまうと、何か買わないといけないだろうか。
しかし、僕はお金なんて持っていないし、そもそもこいつがどうして僕に話しかけたのかが分からない。
僕なんかに時間を使うより、まだ他の家を回った方がまだ買ってもらえそうな気がするが。
それでも男はじっと、僕の返答を待っている。
もういちど男の顔を見た後に、鞄を見る。
すると、さっきは見当たらなかった、苗に挿さった枯れ木の枝が目に入ってきた。
僕は衝動的に言ってしまった。
「これ、いいなぁ」と。
男は僕の返答を聞き逃さずに、
「ではこれをお売りしましょう」とにこやかな顔をして言った。
あわてて、僕は
「すみません、僕、お金持ってません」と男に告げた。
男はにこやかな顔を崩さず、
「安心してください。お代は金ではありません。貴方の『不幸』です」と告げた。
僕はまた固まった。
男が何を言っているのかよくわからなかったからだ。
僕が呆けている間に、男は苗を僕の前に置いて、
「では、頂戴いたします」と僕に触れて何か光るものを持って行った。
男は営業スマイルではないような、心からの笑みを浮かべて、
「大変すばらしいものを代価にいただきました。これほどのモノをいただいたからにはこちらもサービスしなければ。これをお渡ししましょう」
と早口で僕に告げ、何か僕の頭の中に突っ込んだ後に早足かつ軽い足取りで向こうへ去っていった。
いったい彼はなんなんだったのだろうか。
僕は頭に疑問符を浮かべて少し佇んでいたが、僕の『不幸』と引き換えにしたらしい苗の存在を思い出してそちらの方を見た。
僕の隣に置かれたソレは、はたから見たらただのガラクタにしか見えないが、僕には言い表せない魅力を、苗から感じた。
幸い、僕の頭の中に入る大きさのものだったので、ひょいと軽く跳んで僕の中に収めた。
ん?今何か変な事をしなかったか?
もういちど僕は先ほどの何気ない行動をはっきりと思い出す。
僕は『跳んだ』のだ。
動けないジャック・オー・ランタンが。
僕はいったい何回マヌケ面を晒せば良いのだろうか。
だけど、僕は歓喜に打ち震えていた。
おそらく、あの男が何かしてくれたのだろう。
あの男が僕の頭の中に突っ込んだナニカは、僕が軽くではあるが動けるようになるものなのだろう。僕が放つ光以外に、柔らかい光が灯っているのを感じる。
僕は周りを見渡し、誰も見当たらないことを確認するとぴょんぴょんと跳ね回った。
僕の中で苗や電球が暴れるが、そんなことは気にしない。僕は少しだけだけど動けるようになったのだ。
わーいわーいと無邪気に喜んでいると、
「あっ」という高い声が僕に届いた。
子供の声だ。
僕は声の方向に目線を向ける。
幼い女の子が、僕の方を見ていた。
目撃された。
子供といえども、カボチャの頭が跳ねている姿を見て、驚かないわけではないだろう。
女の子は魔女の仮装をしていた。
カランッという軽い音を立てて、彼女は持っていたステッキを落とした。
よほど、驚いたのだろう。
僕はそう思い、彼女からどんな言葉が出るのか固唾を飲んで見守った。
「わあ!すごい!カボチャさんがとんでる!」
と叫び、彼女は目を輝かせて僕へ近寄ってきた。
僕は逆に驚かされ、後ずさる。
そんな僕にかまわず、女の子はずんずんと近づいてきて、そして僕を持ち上げた。
「ちょっとおもいけど…うん!カボチャさん、わたしといっしょにいこ!」
僕の返答すらも許さず、彼女は僕をどこかへ連れていく。
彼女の腕の中で跳ねれば、彼女は転んでしまうだろう。
僕は逃げるに逃げられなくなった。
彼女は僕を抱えてどこかへ進んでいく。
流れていく街並みを横目に、僕は抵抗せずに彼女に抱えられていた。
彼女は進みながら僕に色々と話しかけていた。
どうして目が光るの?だとか、なんで顔しかないの?だとか、なんで動くの?だとか。
僕はその一つ一つにしっかり答えてあげた。
黙っていると悲しそうな顔をするからだ。
やがて、ひとつの…形容するならば、本物の魔女の家、とでもいうような所へ辿り着いた。
「おばーちゃーん!ひかってうごいてしゃべるカボチャさんみっけたー!」
彼女はキンキンと響く声で宅内へと呼びかけた。
「光って動く…カボチャ?ジャック・オー・ランタンは動けない種だけども……」
中からは、見た目はおおよそ50、60代だろうか。
ところどころ白髪になった頭をし、肩掛けの小さなポーチをつけている老婆が出てきた。
僕は少し頭を動かし、会釈する。
老婆はその様子を見ると驚き、目を丸くする。
「へえ…面白いねェ…」
老婆は興味深そうに僕を観察する。
舐めるような、それでいて僕の奥底をじっと観察されているようなその視線は、正直言ってとても怖い。
何もかもが見透かされているようで、僕は本能的に、この人に隠し事は出来ない。
と悟った。
そうした僕と老婆とのやり取りを、女の子は楽しそうに、ニコニコと笑いながらそれを眺めていた。
老婆は彼女の方にちらりと目を向けると、にやりと笑ってこういう。
「この子も気に入ったようだし…君には手助けしてやってもいいかねェ……」
老婆はポーチを漁り、中から3センチ程の、とても小さな瓶を取り出した。
瓶は蛍光色の液体でいっぱいに満たされている。
老婆は瓶を彼女に差し出して、「かけてやんなさい」
と彼女に告げる。
「はーい!」
元気よく彼女は返事をし、瓶のふたを開け、ざばっと中身全てを僕に振りかける。
僕の頭頂部は濡れ、なぜか内部にまで液体は入ってきた。
頭の中にある苗に液体がかかったかと思うと、苗は飛び上がるかのように大きく脈動し、僕の中で暴れ始めた。
僕は苦し気な声を漏らしながらもそれに耐え、老婆や女の子の方を見る。
彼女らは僕を見つめているばかり。
こうなるのは想定のうち、という事なのだろうか。
やがて苗は成長を始め、僕の根を伸ばしてくる。
根が僕の体に突き刺さると、ぐんぐんと栄養を吸い上げていく。
目の前で光が瞬き、意識が飛びそうになった。
だがその前に、突如、決して僕を離そうとしなかった彼女が力を抜く。
重力に従って、僕の体は落ちていく。
地面に激突する。
その前に僕は根っこの足で大地を踏みしめた。
僕はまた成長したのか?
気づけば、小さいものの僕には手足が生えていた。
カボチャの蔓と黒い枝が螺旋状に連なり、先端は8つほどに分かれている。
地味に重い僕の頭を支え、なおかつ黒光りして余裕を見せるそれは、相当に強靭なものであることを物語っていた。
僕はこれが、この日そのものが夢なのかと錯覚してしまいそうだった。
きっかけはあの男だろうか。
服屋と名乗りながらも何一つとして衣類のようなものは鞄に入っていなかったが、彼が言うのならば彼は服屋なのだろう。
あの奇妙な男のおかげで僕はここまで変われたのだろうか。
実際、僕は何一つとして事を成していない。
あの男が僕の「不運」を持って行ったから、こうなったのかもしれない。
確かにあれは僕のモノだったけど、全て雰囲気やらなんやらに流されて受動的に行ったものだ。
僕は悲願を達成して、このままでよいのだろうか。
せめて、恩返しか何かをすべきではないのか。
けど、そんな考えは彼女の一言で消し飛んでしまった。
「さ、カボチャさん。いっしょにいこ?あそぼ?」
今は彼女の要望に応えることが優先的だ。
僕は、今度は僕が彼女の手を引いて、光の輝く、町の方へ。
ハロウィーンへ向かっていった。
揺れる人魂のようなもの、酒に酔って正体を現しかけている狼男。
皆が皆喰って騒いでいるところに、僕は向かっていく。
ごちそうを頬張り、楽しみ、踊りあかす。
疲れ果てるまで踊っても、まだ騒ぐ。
朝まで騒ぐよ。“僕”もね。
一応個人としてはちょっと考察要素も入れてみたつもりなんですが……いかがだったでしょうか?
拙作ながらほかの作品も見ていただけると幸いです。